ギターの弦を弾いてポロンと鳴らす。
弦の長さをlとして下図のように弦の座標を定め、弦を弾く位置をx=aとする。
音階を作ったのはピタゴラスだといわれている。
ダ・ビンチのフォースター手稿には彼の手による一弦琴の設計図面が記載されている。そこには「同じ素材と太さの弦の振動は弦の張り具合と長さによって変化する」と解説されている。
ギターにおいては6本の弦の張力はほぼ一定になるようにして弦の太さで音程を変えるようになっている。
弦をはじく場所によって基本的な音は変わらないが、音色は微妙に異なることが分かる。それは倍音の含み方による差である。ここでは弦をはじく位置とそれに対応して生成される倍音の構成について解析を行う。
一般に弦の振動は微小な部分の運動方程式から導き出される。
弦の一部Δx部については加速度による力と弦の張力が釣り合うことで、
となる。これにより弦の振動方程式として、
が得られる。これは波動方程式であり、弦の両端が固定されているなどの適当な初期条件によって、その解は、
という複数の振動数成分の和の形で与えらえる。ここで、ω、kは、
である。振動数は基本周波数ωの整数倍であり、Gnが各周波数成分の大きさを表す。これらを音楽の世界では倍音と呼ぶ。実際に弦の振動は、
のような振動の重ね合わせになっている。Gnはそれぞれの倍音の大きさを表す。
さて、ここで弦をはじいたときの振動について考える。弦をはじくのは非常に短時間Δtだけの間だけ働く撃力と考えてよい。
とする。弦を弾くポイントがx=aの完全に1点であると仮定すると弦の振動速度はδ関数を用いて、
と表すことができる。これに振動方程式の解を代入すると、
が得られる。sinknωを両辺にかけてxで弦の区間で積分することで、
となる。定数を無視して比例関係だけを表すと、
となる。ここで、αは弦をはじく位置を弦全体から正規化して0~1で表したものである。
ここで倍音の大きさには弦を弾く力Iは依存しないことに注意を要する。基本周波数であるn=1については、
となり、α=1/2、つまり弦のちょうど中央部をはじいたときに最大の振幅が得られる。この場合の倍音の構成をグラフに表したのが下図である。
この場合の基本周波数の振幅を100とした。基本周波数をド(C)とした場合の倍音の音階を記載している。後ろの数字はオクターブを示している。例えばド(C)の音の3倍音は1オクターブ上のソ(G)の音である。
本図に示すようにα=1/2の場合は、基本周波数の偶数倍の倍音は登場しない。これは、弦の中央部がこれらの倍音の「節」に該当するためである。初期条件としてこの部分が弾かれることによりこれらの倍音の存在条件が除外される。
続いてαの値を変えてみる。
基本周波数の振幅が80程度まで落ちる。同じ理由で基本周波数の3の倍数の倍音が登場しない。
実際のギターでは開放弦に対してにこのあたりをはじくことになる。基本周波数成分はさらに低くなるが、基本音の振幅もまだ70で十分大きいうえに、2倍音(つまり、1オクターブ上)がほどよい大きさになり、音に広がりが生まれる。ギターの形状はこういう設計なのである。
さらにαを値を大きくしてみる。
以上はギターの例で示したがピアノも弦楽器であり、弦を弾くのがハンマーである点は異なるが原理は同じである。ピアノの場合、ハンマー位置は最後のα=9/10のあたりで設計されていて他の楽器よりもたくさんの倍音が聞こえるのはそのためである。
ギターの場合はこの倍音の影響で音はやや無機質でひずんだように響く。これを効果的に使っているのがビートルズの「Revolution 1」のアコギの間奏である。ジョン・レノンはブリッジすぐそばで約2倍の強さでピッキングすることで全体として単調なギターのフレーズに絶妙なアクセントを加えている。
バイオリンの場合については、弦を弾かずに擦り合わせることで音を出すので事情は異なる。弦は弦でも撥弦楽器と擦弦楽器の差である。
ピアノにおいては音の大きさによって倍音の含み方が異なるという報告がある。上記の解析では撃力の大きさによって倍音の構成は変わらないという結論である。この違いの原因としては弦楽器固有の共鳴メカニズムの影響、また弦を弾く位置が1点であるという仮定が撃力の大きさに応じて崩れてくることなどの要因が考えられる。