斜面上を転がる物体の運動は力学の初歩として勉強しました。
ここで斜面Mは地面に固定されて動かない、という前提に立っています。もしも、斜面Mが地面に固定されておらず、自由に摩擦0で動けるとしたらどうなるでしょうか。
この場合、斜面Mと物体mの間に生じる抗力の作用で斜面Mが物体mと反対方向に押し返されて加速度運動をすることが予想されます。本稿ではその挙動を解析してみようと思います。
下図のように、座標軸を定めます。便宜的に斜面上の座標x,yと地面上の座標v(垂直)、h(水平)を定義します。
斜面M、物体mの運動方程式は、次のようになります。
斜面Mの水平方向の加速度をAh、物体mのx,y方向の加速度をav,ah、斜面Mと物体mの間に働く抗力をNとしています。これを解くことになりますが変数が4つに対して式が3つと一つ足りません。足りないのは何でしょうか。それは物体が常に斜面に接しながら転がる、という条件です。それは次のような式となります。
これを束縛条件と呼びます。以上の4つの式を解くと下記が得られます。
これらを注意深く見ると次の関係式が成り立つことが分かります。
これの意味するところは何でしょうか。これは加速度の式ですがこれを2回時間で積分するとさらに分かりやすい原理が見つかります。それは、
左辺は斜面Mと物体mの重心に対応します。よってこれら二つの重心は水平方向に移動しない、ということを示しています。物体mには重力が働きますがそれが影響を与えるのは垂直方向のみです。斜面Mと物体mの全体として考えると水平方向の力は働きません。抗力Nが存在しますがそれらの合力は0となります。
この事実はすでにニュートンのプリンキピアに記述があります。有名な運動の3法則の4番目の系として記述があります。
物体mの垂直、水平方向の加速度は下記となります。x,y表記に対して角度θだけ回転させたものとして計算されます。
これは、物体mが地面まで到達する時間などを計算するのに便利です。また、この表記方法から物体mが実際に地面に到達するまでの角度が計算されます。
必ずφ>θが成り立ち、斜面Mが固定されている時よりももっと手前で物体が地面に到達することが分かります。その距離の差は斜面と物体の質量の比だけで決まります。斜面が地面に固定されるケースはM=∞の場合に相当し、その時、θ=φとなることも容易に理解できます。
この運動をエネルギー的に考えてみます。斜面M、物体mが獲得する運動エネルギーの源泉は物体mの重力に対応した位置エネルギーです。物体mの失う位置エネルギーが二つの物体の運動エネルギーに変換されることになります。
この位置エネルギーはこの二つにどのように分配されるのか考えてみます。一般に等加速度運動の運動エネルギーは、時間の関数として、
と表されるのでこれを用いて位置エネルギーの水平運動への転換率Tを求めると、
となります。斜面が地面に固定されている状態はM=∞、α=0となるのでT=0となり、物体Mの位置エネルギーはすべて物体mの運動エネルギーに変換されます。このように変換率Tは質量比α、斜面の角度θの関数となります。これを図示します。
分かりにくいのである角度θ=30°における質量比αに対するエネルギーの変換率を下図に示します。
グラフはαが大きくなるのに従って緩やかに0に収束します。物体mの質量が小さければ(α~0)斜面Mの加速度が小さくなります。そして物体mの質量が大きいときも(α~∞)斜面Mの加速度は大きくなりますが相対的に物体mのエネルギーの比率が大きくなります。こうしてエネルギー変換率Tを最大とする質量比αが存在します。変換率Tを最大とするαはTの式をαで微分することで、
となります。この時の変換率Tの最大値は、
となります。
次に斜面Mに外力Fが働いた場合を考えてみます。
外力Fはこのように水平方向だと仮定します。上図はF>0の場合、つまり右方向に引く力、F<0の場合は左方向に押す力を示します。この場合の運動方程式、並びに束縛条件は、
となります。これらを解くと、下記が得られます。
これを基にFの大きさによる挙動が解析可能となります。まず、F>0の場合、ayの式から、
を境界として挙動が変わります。
これよりも大きな力で斜面を引くと、物体mは斜面を登り始め、斜面Mは力の方向に向きを変えます。次にF<0の場合は式Nに着目します。この場合は押す力が、
を境界として挙動が異なります。
これよりも大きな力で押されるとN<0となり、これは物体mが斜面Mから離脱することを示しています。