宮崎に在住の友人がいつもこの焼酎を送ってきてくれる。
今回は誕生日月なので特別だといって送ってきたのが、
チョコレートである。焼酎をゼリー状にしてチョコレートでくるんだもの。芋焼酎の苦みで全体的に甘さが控えめになっている。
酒樽の形をしていて、さらに細部にもこだわりが。
長崎市内にある老舗の洋食屋がまもなく51年間の歴史を閉じる。
昨年、この店「きっちんせいじ」を訪れた。長崎の観光スポットである眼鏡橋のすぐ近くにある。
通り沿いに突然現れる電車。
店の内部も鉄道愛に満ちている。天井の電灯は蒸気機関車の客車で使われていたものである。
よくみると自分が座っている椅子も電車内で使われていたもの。
手作り感が満載であった。
この入り口の扉は電車で使われていた折りたたみ式。開けにくくて幅も狭くて入りにくい。しかし、これでいい気がしてくる。
そしてこれがメニュー。一番人気はやはりトルコライス(900円)。
さっそくそれを注文。
幼いころ、デパートの最上階にあった大きなレストランで母親と一緒に食べたお子様ランチを思い出す。それは懐かしい昭和の味わいである。また行ってみたいと思っていた矢先に飛び込んだ閉店のニュース。至極残念である。
多くの会社では新入社員が入社してから1年目あるいは2年目くらいに発表会が行われることだろう。それは入社して最初に与えられた仕事について取り組んできた経験や成果について会社幹部をはじめとする大勢の社員の前で発表する大切なセレモニーである。新入社員なので発表の場にも慣れておらず内容のストーリーの組み立てで苦労したり発表そのものの仕方などで緊張したりするに違いない。
新入社員の発表というのは世界に誇るような発表内容となることはまれである。だからテーマ自体はさほど大きくなくてもそれを自分なりにどう理解して苦労を重ねながら結果を出していったかを発表する場となる。だからおのずと関心は成果そのものよりもそれに至るプロセス、取り組んできた姿勢などが中心となることが多い。
発表時間は普通15分くらいである。発表のストーリーを決めるにあたっては観客をひきつける発表とはどういうものか、悩むことがあるだろう。ここではそのための一つのガイドラインを紹介する。
沢山の聴衆をある空間に閉じ込めてある時間を占有する芸術を総合芸術と呼ぶが、その代表格が映画である。そして今その世界の映画界を牛耳っているのはご存じハリウッド映画である。ハリウッド映画は通常2時間程度であるが大ヒットする映画にはある決められた時間配分のルールがあるように思われる。
アクション系のハリウッド映画における観客の高揚感の時間的な推移を次のチャートに示す。
最初の30分で主人公はだれでどういう仕事をしているかが説明され、そして今どういう状況におかれていてこれから何をすることが使命かが明確に打ち出されないといけない。これが観客を映画にくぎ付けにする大事なポイントでありそれを失敗してはいけない。しかし、それにあまり時間を要してはいけない。ここまでの時間が長すぎると観客はそこまでで疲れてしまい観つづける気力が失せてしまう。
そこからその使命を達成するためのアクションがスタートする。ここからの1時間が見せ場である。主人公はいくつかの小さな試練を乗り越えて目的に近づいていく。観客も一緒にジェットコースターに乗せられていくようなスピード感が大切である。
小一時間ほどの間それが続いた後でふと流れが止まる。そして最大の試練が訪れ、ここが最大の見せ場である。主人公はその危機を乗り越えて使命を達成する。この解決の爽快感の量は試練の谷の深さに比例しそれが映画全体の印象として残ることになる。従って試練はそれまでの努力を無に帰すような大きな試練であった方が効果的である。
使命達成後は観客の興奮が冷めないうちにエンディングに向かう。ここは後日談だったり、次回作につながる伏線であったりするが決して長すぎてはいけない。10分以上あるのは全体の印象を悪化させて逆効果である。
さて新入社員の発表会の話題に戻る。観客を釘付けにするためにハリウッド映画の戦術をそのまま利用する。発表時間は普通15分くらいなので映画の2時間を同じ比率で配分したチャートを以下に示す。
詳しくは説明しないがハリウッド映画の興奮で観客を引き付けてみたい、というならば活用をお願いする。どんな内容でもこれで成功するというわけではない。映画の成功・失敗はかなりの部分、原作の良さで決まるということもあるので注意が必要である。
とある地方の町で私はある人と夕食を一緒にすることになっていた。待ち合わせの時間まで少し間があったので駅前のカフェで時間をつぶすことにした。
いつものようにアメリカンコーヒーを注文して奥の喫煙室に向かう。扉を開けて灰皿を手に椅子に座って煙草に火をつけようとしたその時、胸騒ぎのようなものに襲われた。いつもと何かが違う、と。それは、目の前のこの表示であった。
しばらく見ているうちにその言わんとすることが理解できた。ここは何でもいい喫煙室ではない。ここは電子タバコ専用の喫煙所であり、紙タバコは禁止である。そして周りを見渡すと確かに奥にもう一つ扉があり、そこには紙タバコが吸えるという表示がある。
なるほど。ご丁寧に喫煙所も2つの部屋に区切られているのである。私はさらに奥の部屋に入りすごすごと紙タバコを吸った。よくみるとこの部屋には電子タバコ禁止の表示はない。電子タバコはどちらでの部屋で吸っても構わないのである。紙タバコ族だけがさらに一段奥に追いやられたということである。電子タバコとの差を見せつけられた気がした。
かって紙タバコだけの時代から電子タバコが登場し、今のところ喫煙所で一緒に共存している。今後電子タバコが普及していくと電子タバコしか知らず、さらに紙タバコの煙が嫌いな世代が登場してだんだん勢力を拡大してくるだろう。そして彼らはどちらかというと禁煙席側と友好関係を持つのではないか、そちらと連携して紙タバコ族と対立してくるのではないか、そんな不安が脳裏をかすめた。
ただこのカフェのようにふんだんに部屋を設けられるのは地方都市ならではの事情であり、都心部はまだまだ難しいに違いない、と負け惜しみのように思った。
前回、昼と夜の境界線について考察した。
その結果、メルカトル図法上の境界線は、
で表されることを示した。ここで、θは公転面に対すると地球の地軸の傾きであり、1年間を通して、夏至時:66.6°、冬至時:112.3°、春秋の彼岸時:90°と変動する。X、Zはメルカトル地図上での座標でありそれぞれ経度方向、緯度方向に対応する。
ここで昼夜の境界線の傾き、つまり日の出の線の角度をψとすると、
となる。右辺をさらに計算すると、
ここでZ座標の緯度φによる表現である、
を用いてXを消去した。+と-の2つの解があるのは夜→昼、昼→夜の2つの場合に対応している。そして一般に日の出線と日の入り線は傾きが異なることがこれからわかる。
以上より、 次の3つの角度、
について、
という美しい関係式が成立する。
この関係式用いることで日本列島においてある季節にどの場所から朝、夜が始まるかを調べることができる。日本列島の地図と東西南北の最先端地の緯度、経度情報を以下に示す。
①日本の主な都市である、札幌、東京、鹿児島、那覇の日の出線の傾き(ψ)の年間変動と②朝、夜がもっともはやく訪れる場所を整理したものを下表に示す。
日の出線の傾き(ψ)については札幌、沖縄の間でも差は1.6°程度なので、日の出線は日本を通過するときほぼ直線であると考えてよい。つまり東京を代表と考えていいということである。東京における日の出線の傾きを用いて日本地図上で朝・夜の訪れる時間を作図してみた。
その結果、全国で見たとき、朝・夜は最東端の南鳥島に最もはやく訪れると思われがちであるが、最北端の択捉島の方が早くなる場合がある。それは①夏至の日の出、②冬至の日の入である。
4島だけを考えると朝・夜は最東の北海道でもっとも早く訪れると思われがちだが、千葉の房総半島が早い場合がある。それは①夏至の日の入、②冬至の日の出である。よって、新年の初日の出を誰よりも早く見たいという人は北海道ではなく、千葉房総半島に向かうべき、ということ。また、同じ作図の中で冬の時期、札幌と那覇の日の出の時刻はほぼ同時刻であることも判明している。
伊豆高原の一角で秘密の基地が建設されているという噂を耳にしてやってきた。
後編である。
つげ義春風の標識に従って。
迷路はどこまでも続く。
なぜここまでに論評を拒絶するのか。
撮ってきた写真を整理しているとどこが上なのか不明、あるいはどれでもいい、というのが多い。超無重力空間と言えよう。
突然、研究所の看板が。
ここが研究室か。
笑わせたいのか、驚かせたいのか、怖がらせたいのか、教えたいのか。
どれでもないような気がする。
突然の聖徳太子像。大きさは世界最大とのこと。追随者は誰もいないだろう。
そして金剛力士像。
ティワナク遺跡の石像。勿論、レプリカ。
モアイ像が聖徳太子を見下ろしていた。
また、新しい研究所が。
民俗学研究か。ここは案外まともかもしれない。
よく見るとそうでもなくやはり壊れている。
ここが迷宮への入り口。ここ全体は元熱帯植物園を改造したもの。
135号線から見える看板。ほぼ崩壊状態。
ステージの上で旗を振っているのは、セーラちゃん。恐らくこの秘密基地を企画・建設した張本人。正体は不明。
カメラを向けるとポーズ。話をしてみるといたってまじめに取り組むおじさん。決してブレていない。
帰りの電車。
伊豆伊東の海の青さがその日見た一連の悪夢を洗い流してくれるような気がした。
週末を利用して福島市の高湯温泉を訪れた。
駅から磐梯吾妻山系に向かって路線バスは険しい山道をゆっくりと登っていく。30分ほどで高湯温泉郷に到着。あたりには硫黄の匂いが立ち込める。湯は乳濁質。源泉に近づくと生命の危険あり、という立て札あり。
創業400年の老舗旅館。現在は17代目だとか。
裏手には立派な薬師堂。
そして昔懐かしい囲炉裏が迎えてくれる。炭火が優しく温かい。
さてこの由緒正しい旅館に集まってきたのは10名の男たち。到着してすぐに浴衣に着替え、始めたのは部屋での酒盛り。まるで手品のように登場する酒瓶とつまみ。夕食はもちろん正規の酒盛り。終わって部屋に帰るとまた部屋で酒盛り。限界がきて眠くなったものから倒れて布団に入っていくというデス・マッチが深夜まで繰り広げられた。
天罰が下ったのであろう翌朝、外は大雪。
そして朝から始めたのはやはり部屋で酒盛り。そして露天風呂での雪見酒。さすが会津の小原庄助さんの末裔たちだけのことはある。
やがて男たちは別れを惜しみながら解散。再会を期してそれぞれのいつもの生活に戻っていった。雪の山道を下って福島市内まで戻ってくると、昨日のことがまるで嘘のように穏やかでさわやかな秋が待っていた。