★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

みなとみらいのモノリス

みなとみらい駅のある地下からクイーンズスクエアの地上階へと続く長いエスカレーターに乗られたことのある方ならば、きっとこの黒い石板に刻まれた詩のようなものをご覧になったことがあるはずです。この詩はドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーの手によって18世紀に書かれたものです。シラーはベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」の歌詞の作詞者としても有名です。


 

でもこの詩、タイトルがないですね。これは実は詩として書かれたものではありません。これは友人に宛てた手紙に書かれた一節なのです。

この場を借りて書き出してみます。

 

樹木は育成することのない

無数の芽を生み

根をはり、枝や葉を拡げて

個体と種の保存にはあまりあるほどの

養分を吸収する

樹木は、この溢れんばかりの過剰を

使うことも、享受することもなく自然に還すが

動物はこの溢れる養分を、自由で

嬉々としたみずからの運動に使用する。

このように自然は、その初源からの生命の

無限の展開にむけての秩序を奏でている。

物質としての束縛を少しずつ断ちきり

やがて自らの姿を自由に変えていくのである。

 

この少し難解な詩を私なりに解読してみます。

太古の昔、地球上に登場したころの樹木は自分たちの子孫だけに引き継ぐことを考えてそれを繰り返していました。勿論、それだけならば果実などは不要です。しかし、樹木はそれをよしとはせずにさらに繁栄することを考えました。そのためにはどうしたらいいか。その契機となったのは動物の登場です。樹木は動物と共に成長するという戦略を選びました。もしも動物に十分な養分を与えてその数を増やして自由活発に活動させれば、自分の子孫となる種を遠くまで運んでくれます。また、食物連鎖のシステムによって自分たちが育つための養分を地面の中に蓄えることができます。こうして長い歳月をかけて、自分のまわりに動物が集まってくるような魅力的な果実をつけるように少しずつ自分を変えていきました。つまり、樹木は自然界の中に大きなサイクルを作り出し、自分がそのサイクルの中心になるように自らを変えていったのです。シラーという詩人は単なる物質の組合せにしか見えない樹木の中に息づく生命という無限の力を感じとったのだと思います。

原稿用紙半分くらいの短文ではありますが、その中に自然と生命の神秘とそのダイナミズムに対する驚異と畏敬の念に満ちあふれています。実はこれが書かれた当時、進化論のダーウィンはまだ生まれてさえいません。あくまで詩人の直観によるものというのが信じがたいです。話は少し外れますが、最近11世紀のアラブの詩人の書いた詩の中に「星たちよ、お前たちはなぜ遠ざかっていくのか?」という一節を見つけました。宇宙が膨張して星たちが後退していることが科学的に証明されたのはそれから千年も経過したつい最近のことです。私はこうした真実を直観的に感じとる詩人の目の存在を信じます。

さて、シラーの詩に戻りますが彼の目線の先にあるものは人間です。つつましやかに見える樹木にできることが、万物の霊長である私たち人間にできないわけがあるのか?シラーはそう問いかけているのだと思います。

自然を構成する一部である私たち人間、そしてその集まりである企業の活動においてもそうした大きな自然のメカニズムに似たものが備わっていると思います。同じ行動をひたすら繰り返すことは簡単ですが、そこからは大きな成長は望めません。自らの意思で自分を変化させていくことでいろいろな人、いろいろなパートナーが自分の周りに集まってきて新しい集団が形成され、全体として成長していく仕組みができあがってきます。

さて、このモノリスのようなモニュメント、実はジョセフ・コスースという美術家による芸術作品です。モノリスと言えばスタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」にも登場します。

 

映画の中でモノリスは原始の猿たちに道具を使うことを教えて人類への進化を導き、ついには人類を遥か木星への旅へといざないました。作者ジョセフ・コスースはこの芸術作品の製作にあたっては、シラーの詩とこの映画のイメージを重ねていたに違いありません。

みなとみらいのビジネス拠点であるクイーンズスクエアの玄関口にはモノリスがあります。地下からの長いエスカレーターに乗ると広がりゆく視界の中にモノリスがそびえ立ち、私たちの眼前へと迫ってきます。そこには我々人類の無限の可能性をたたえるような啓示に満ちたシラーの詩が刻まれています。ほんの1分間という短い時間ですが、宇宙と生命の神秘を体感することができます。ぜひ、ご鑑賞してみてください。