★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

おきあがりポロンちゃんの運動解析

おきあがりポロンちゃん。

 

昭和時代に赤ちゃんだった経験をお持ちの方ならば懐かしいと思うのではないでしょうか。体を傾けるとポロンポロンというチャイムのような優しい音色がしてゆっくりと元の姿勢に戻ります。昔は赤いビニール製の服を着ていました。これは体長5cmのミニチュア版ですが動きはまったく同じです。

振動の周期は1秒。速すぎず、遅すぎずまるで赤ちゃんの動作を彷彿とさせる絶妙な設計です。これがどういう原理で動くのか、どういう構造となっているのかを解析してみたいと思います。

   

    

ポロンちゃんを手に持ってみると分かりますが、胴体下腹部に何か重い物体を隠しているようです。上記のパラメータに従って、ポロンちゃんの鉛直方向からの傾きθに関する回転の運動方程式は、

 

となります。これは単振動の方程式であり、Mが十分大きいことからこれが復元力となって振動することが分かります。

この方程式からその周波数ωを求めると、

 

となり、これが1周期=1秒となります。

本解析の目的は、ポロンちゃんの内部に潜む物体の質量Mとその存在位置rの関係式を求めることにあります。

ここでIは物体を含むポロンちゃんの慣性モーメントであり、ポロンちゃんの慣性モーメントIpと物体の慣性モーメントMを用いて、

 

となります。Ipについてはポロンちゃんの材質、形状から概算すると、

 

なので、整理すると、

 

となります。本式ではcgs単位系、つまり長さの単位はcm、質量の単位はgです。重量加速度gもcgs単位系の値980を使っています。

これをrの2次方程式として解いて、その結果にMが十分大きいという近似を用いると、

という関係式が得られます。M=40g、つまり物体の質量をポロンちゃんの重さの2倍とすると、r=1cmとなり、これがポロンちゃんを持った時の感触に近い値です。

みんなが私を待っている

リハビリ施設でたびたび病状が悪化しては病院に緊急搬送される、ということを繰り返していた親父が昨晩亡くなった。施設の担当者から連絡を受けたときは、またいつものことかと高をくくっていたのだが、今回は病院に到着するなり医師から今度は危ないことを告げられた。それから2時間後、親父は意識を戻すことなく86年の生涯を閉じたのだった。

最初に搬送されたのはもう1年以上前のことだ。その知らせを聞いた時には今生の別れか、とある程度覚悟を決めて親父を看病した。なんとか一命をとりとめ、明け方には目をあけてくれたので安心した。私としてはその最初の搬送のときにすでに覚悟は定まってしまっていて、今回自分でも不思議なほど静かな気持ちで親父の死を迎えられたのだと思う。

 

親父はもう20年以上前にお袋を喘息で亡くしていた。親父はそれからほどなくして長年勤めていた会社を定年退職し、それからは趣味の写真に没頭していた。ふと気がつけば行先も告げることなく一人旅に出かけ、しばらくして戻ってくると旅先で撮った写真をさも楽しそうに私に見せるのだった。そしてその翌日からはその写真をパソコンでせっせと整理するということを日課にしていた。

そんなある日、親父は趣味が高じて写真の個展を開くと言い出した。たまたま新幹線の隣の座席に座ったのがプロの写真家の人で、よせばいいのにその人に写真を見せたところいたく褒められたらしい。そして彼から個展を開くといいと助言ざれたらしいのだ。私は勿論、すでに嫁いでいた姉も、またその旦那もその手伝いにかり出されて個展の開催に奔走させられた。親父は親父で一人ほくそえみを浮かべながら展示する写真を前日まで悩んでいた。私にはどれも同じようにしか見えなかったが。

さて、個展の開催の当日が来た。会場に並んでいる写真は、田舎の風景写真ならばそれに徹すればいいのに、駅の写真がでてきたり、鳥だったり脈絡なく並んでいた。一言でいえばまるで節操がない、に尽きるものだった。場所は銀座の一等地にあるビルで入り口には大きな看板も飾ってあったので、通りすがりの人たちはまあまあ、中まで入ってきた。でも入口からならんだ写真を少しみると退屈したのか、見限ったのか、すぐに出て行ってしまうのだった。でそれなり私たちだって開催にこぎつけるまでが大変で開催したあとのことまで頭は回っていなかった。それでも親父は満足げだった。それは個展を開催する、ということが目的だったからだろう。

そんな親父がある日いきなり、合唱団に入ると言い出した。私は幾度かカラオケに一緒に行って親父が藤山一郎とかの歌を歌うのを聴いたことはあったが、直立不動で緊張しながら甲高い声を張り上げて苦しそうに歌うのを見た記憶しかない。決してお世辞でも歌がうまいとは思えなかった。なんでも町内会のイベントで一緒になった人がその合唱団の人でまたまた親父をさそったらしいのだ。下手の横好きとはまさに親父のこと。下手なのにのめりこんでしまう。そして話を大ごとにして家族を、そして周りまで巻き込んでしまい、結果的に迷惑をかけてしまうのだ。合唱はみんなでするものだ。写真とはわけが違うので迷惑の規模も尋常ではないだろう。私は近い将来に起こるであろう不安に震えた。

それからというもの親父は絵に描いたように合唱団、そして歌にのめりこんでいった。毎週の日曜日が練習日と決まっていたので親父はいそいそとそれに出かけて行った。そして家にいるときは発声練習を繰り返していた。私と親父が住む家は町はずれの閑静な住宅街にあった。親父が歌うと近所の犬たちが吠え始める。それも一匹ではない。かなり遠くからも犬の遠吠えが聞こえた。親父の声があまりに甲高いのでそれが聞こえてしまう犬にとっては迷惑な話だったに違いない。

 

 


ところがある日突然、親父は家で倒れた。脳梗塞であった。救急車で病院に搬送された。幸運にも意識には問題はなかったが右半身にうまく動かなくなり、リハビリが必要になった。そこでリハビリ施設のある海沿いの施設にあずけることにした。私は毎週施設を訪問して親父と話をした。親父は行くたびに合唱団のことを心配していた。

-合唱団のみんなが心配だよ。きっとみんなが私を待っているなあ。

私はそれを聞き流した。親父のことだ、きっとみんなに迷惑をかけているだろう。今はしばらく来なくなって静かになったと清々しているのではないだろうか。第一、歌だってうまくない。きっと音程もみんなと合わなくて苦労していたんだろう。誰も親父を待っていたりしないはずだろう。

私は親父にはリハビリに専念して早く自宅にもどってそれから合唱団に復帰すればいい、と言った。親父も少しは心細いところもあるのか私の言うことに大人しく従ってくれた。でも、時折、合唱団のことを思い出して心配になるのか「みんな私を待っている」というのが口癖になっていた。私の方は、また言っているなあ、という程度で聞き流していた。

それから親父はリハビリに専念していたのだが右半身はなかなか回復しなかった。そして施設に入ってから半年すぎた頃に、脳梗塞が再発して病院へ搬送された。そしてその後は幾度も繰り返してとうとう昨晩、亡くなったのであった。

私は親父の死後、葬儀の手配と役所への届け出と家の整理に忙殺された。そして葬儀を翌日に控えた日のことである。親父の部屋で持ち物を整理していると合唱団からの会報が出てきた。表紙には指揮者の女性のあいさつの記事が写真付きで掲載され、ページをめくると合唱団メンバの紹介記事もあった。そこには親父も名前もあった。まだ、団員として登録されているのだ。そういえば合唱団には親父が倒れたときからまったく連絡していないことを思い出した。そして葬儀の前に親父がなくなったことは報告しておこうと思いたった。

合唱団の事務所は隣の駅からほどないところにある小さなビルの一室だった。部屋の中に入ると私は指揮者の方の席まで案内された。そこにはついさきほど写真でみた女性が座っていた。私は親父の名前を出して死去したことを告げ、こう話し出した。

-うちの親父がご迷惑をおかけしました。親父は家にいても自分勝手で、とにかく仕切ってないと気が済まない人でした。決して歌もうまくないくせにしゃしゃり出てきて皆さんにはご迷惑をおかけしてしまったと思います。大変、お世話になり申し訳ありませんでした。

私はそう言って頭を下げた。彼女は大きなため息をついた。そして落ち着いた口調でゆっくりと言葉をかみしめるように話し始めた。

-あなたのおっしゃったような方はうちの合唱団にはいません。でも、その方と同じ名前の方はいるのでその方のお話をしましょう。

彼女は続けた。

-彼は、年配ではありますが声量、声質ともに誰にも負けません。なので、テノールのリーダーを務めてもらっています。リーダーの役割を立派に努めてみんなを引っ張っていってくれています。団員からの信望も厚いし、尊敬され慕われてもいます。大きなコンサートの前などは不安に陥りがちなみんなを元気づけてくれて、何よりもみんなで何かを作り上げよう、というとてもいいムードを作ってくれます。それは私などには到底真似できません。彼はわが合唱団が誇る誰にも代えがたい素晴らしい声楽家なんです。

彼女はさらに続けた。

-その人は2年ほど前から練習に来なくなりました。連絡もありませんでしたからみんなで心配していました。それでも私たちはずっとみんな彼と一緒に歌える日を信じてずっと待っていたのです。そしてこれからもずっと彼を待っていることでしょう。

彼女の声は少しだけ震えていた。私の背中からは部屋にいた女性たち小さくすすり泣く声がいくつか聞こえた。指揮者の女性はまっすぐに私を見ていた。それは悲しみのようでもあり、悔しさのようでもあり、私に対する恨みのようでもあった。私は何も言えなかった。感謝のことばだけを短く告げただけで事務所を後にした。

 


親父の葬儀は近所の小さなセレモニーホールでごくごく小さく営まれた。翌日、集まったのはこの付近に住む身近な親戚が数名だけだった。簡単な式が終わってみんなが帰ろうと立ち上がって歩きだしたときのことである。会場の窓の向こう側から澄んだ歌声が聞こえてきた。窓のそばによって見下ろしてみると、ホールの玄関先に30人を超える人たちが列を作って並び、そして歌を歌っていた。こちらに背を向けて指揮をしているのは昨日の女性であった。曲はモーツアルトのレクイエムである。私がなぜこの曲を知っているのか。それはかつて親父が誰かの葬式で歌うと家で練習していたことがあるからだ。親父はいつになく真剣な表情をしていた。私はなぜ親父の合唱にかけるひたむきな情熱にまっすぐに向き合えなかったのだろうか。レクイエムを歌う親父の顔を思い出しながら、私は不意に涙をこぼした。親父が死んでから初めての涙だ、いや、そもそも親父のために流す涙は生まれて初めてなのではないか、そう思っ至った。合唱団のレクイエムはまだ続いている。私はその物悲しい歌声が高い秋の空に吸い込まれていくのをだまったまま見つめていた。

 

あらためて2次方程式の解の判別式

■はじめに

実係数の2次方程式、


が実数解をもつかどうかは、


を調べればよく、これを判別式と呼ぶと習ったと思います。元の方程式は、この判別式を用いると、


と書けます。

さてここで、Dの代わりにこの式の右辺に現れた項(D/a)を判別式としたらどうなるでしょうか。


 

係数aの正負で場合分けなどめんどくさい、と全国の中学生たちから猛反発を食らいそうです。しかし、実はこれが判別式の一般的な表現方法なのです。それは変数の数をxの1個だけではなく、もっとたくさんあった場合も考えると自然にこれが導かれる、ということです。以下、それを説明します。

■問題

まず、x、yの2変数の場合を考えます。この時、2次方程式は、

というようにxyの項が出現します。このような多変数の2次方程式において、実数解(x,y)が一つでも存在するか、まったく存在しないかを判別する式Dを求めることが目的です。

一般的なn変数の場合の2次方程式は、

 

となります。少し式が煩雑なので行列、ベクトル、内積を用いた表記だとこういう形になります。

これをいきなり解くのは難しいのでまず、簡単な場合でウォーミングアップしてみます。


■ウォーミングアップ(2変数)

まず、2変数の場合でさらにxyというクロスの項がない場合を考えます。つまり、

 

です。この場合はx、yがきれいに分かれるので、1変数の場合と同様に、

 

という形に変換できます。右辺をそのまま判別式にすると、

 

元の方程式は、

 

となります。これをよく見てみると、

 
であることが分かります。最後は少し説明が必要かもしれません。

 
と変形して、a11が正、a22が負の場合とします。すると右辺はDがどんな負の大きな数だとしても、右辺を正とする十分大きい実数yが存在します。そうするとそのyについて右辺は正となりそれに対応する左辺の実数xが存在します。a11, a22の正負が逆の場合も同様です。

■多変数2次方程式の判別式

それでは、さらに変数の数が大きく、xyなどのクロスの項も存在する場合について、線形代数の力を借りて次の一般的な2次方程式の判別式を求めます。

どうやってもわかりにくいと思うので、一気呵成に行きます。読み飛ばして結論だけ見てもらえればそれでもいいです。

まずは、xyなどのクロスの項の存在が面倒なので行列Aを直行行列Tで対角化します。つまり、

 

ここで行列Lは対角化行列となります。この行列Lを用いると、方程式は次のようになります。

 
ここで、次の記号を使いました。

 

この対角化によってxyなどの項は除去されました。ただ、次はx’の項が邪魔なのでそれを除去したいです。そのために座標シフト(平行移動)を行います。実はこれが2次方程式の平方の形に変形することに相当します。具体的には、

 
とシフトすると、

 
となります。ここで、

 
であることから、両辺の逆行列をとれば、

 
であることより、方程式は対角化と座標シフトにより最終的に、 

 

となる。よって判別式は、

 
となる。これを用いた実数解の存在の判定は、行列Aの固有値をλ1~λnとして、

 
となります。この固有値がすべて正、全て負の行列はそれぞれ、正定値行列、負定値行列などという名前で知られていることを用いると、以上の結果は次のように整理されます。

 

 


これを最初の1変数の場合に立ち戻ってみます。その場合、行列Aは1行1列のaという要素だけを持つ行列です。そのその逆行列は1/aだけを持つ1行1列の行列になるので、
 
であり、判定条件は、

 

となります。一変数の場合は不定値行列とはなりません。また、1変数の場合に限ってこの条件は、

 
という式に統合されます。そこで、判別式を

 
とすると、判定条件もD>0に単純化できる、という理屈になります。こうした簡単化は1変数の場合だけであってあくまで例外だということです。