★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

とある修行僧との対話

あてもなく旅を続けていた私は偶然みつけたその山に惹かれるものを感じてそれに向かって歩くことにした。その山のふもとまで来てみるとそこに「登り口」と書かれた道標があった。その道標の写真を撮っていると、道の反対方向から一人の年配の修行僧が現れた。
  

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僧はまさにその登り口から続く険しい山道に入っていこうとするところだった。私は僧を呼び止めた。そしてその山のことを僧に尋ねた。僧は落ちついた声で言った。

これは霊験あらたかな山です。私は春と秋の彼岸の日に修行としてこの山を登ることにしています。私は朝6時に夜明けともにここを出発してちょうど夕方の6時までちょうど12時間をかけてこの道を登っていきます。この道は頂上まで続いている一本道です。頂上には小さな寺と宿坊があってそこに泊まらせてもらって明日帰ってくるのです。ちょうど太陽が空にいる間だけ山道を歩くということです。

山を見上げると僧のいう一本の山道が紆余曲折を経ながら頂上までつながっているのが見えた。

かなり険しい山道ではありますが12時間ずっと歩き続けるというほどの距離ではありません。私はその途中で、木陰で休憩したり、道端の草花をめでたり、道祖神にお参りしたりと自由に時間を使ってちょうど夕方の6時に頂上に到着するように登っていきます。

僧は続けた。

翌日、つまり明日ですが同じく朝6時に頂上の宿坊を出発します。同じ道をこんどは下っていく訳ですがこちらも同じように気の向くままに自由に時間を使って夕方の6時にちょうどこのふもとの入り口に戻ってくるというわけです。

私はこの修行僧に別れを告げた。修行僧はしっかりとした足取りで険しい道を進んでいった。私は少し山から離れて山がきれいに見える場所を探した。そしてそこからその山を見上げてみた。するとその中腹あたりに山道を登っていく小さな人影が見えた。それはまさしくあの修行僧であった。話してくれたように時折立ち止まっては再び歩き出す、ということを繰り返しているようだった。私はそこから写真をとった。

翌日も同じように私はその山を見上げるその場所にいった。やがて山道にそって僧の姿が見えた。下りの山道は登りよりも速足になるようだった。しかしその分、ゆっくりと花などを愛でながら降りてくるのが見えた。私はまたそこで写真をとった。

私はふもとの登り口で僧を待っていた。僧はぴったり午後6時に戻ってきた。私を見かけると驚いて、あなたも物好きな方ですね、といって笑った。私はその夜その僧を誘って近くにある小料理屋に行き、二人で酒を酌み交わした。私は僧にとった写真を見せた。僧はしばらくの間、カメラを手にして上りと下りの2枚の写真を見比べていた。そしてこんなことを言った。

この2枚の写真には共通点がありますね。

私はそういわれて写真を眺めてみた。そして気が付いた。そういわれれば上りと下りの差はあるものの、偶然ちょうど山道の同じ場所であった。それを伝えると、僧はいった。

共通点はそれだけでしょうか?

私はそういわれてまた写真を眺めてみた。写真をみてもそれ以外は特段変わったことはなかった。しかし右下に表示される時刻の情報をみて気が付いた。写真をとった時刻もぴったりと同じだったのである。

この偶然をどう思われますか?

上りと下りで方向が違うのに同じ時間、同じ場所に偶然いるというは滅多に起こらないことだろうと思って僧にそれを伝えた。すると僧は大きな声で笑いだした。

そうでしょうか。都会で毎日時計に追われながら暮らしているあなたにわからなくて私のような者が理解しているということがあるのですね。実は、同じ場所に同じ時間にいるというのは決して珍しいことではありません。毎回起きているのです。

しかし、毎回上りも下りも時間などは気にしないで自由気ままに歩いたり休んだりしているはずである。それなのに、時間と場所がぴったりと一致するというのがそんなに頻繁に起こるはずはないと思った。いぶかし気な私をみて僧はこう語った。

あなたには見えていないことが私には見えています。私はこの修行をしているときに常に自分と向き合っている。上るときでも明日下っているもう一人の自分のことを考えているんです。二人の自分がいて一人が上って、一人が下ることを考えてみてください。同じ時間に出発して同じ時間にふもとと頂上にいるわけですから、二人は必ずこの山道のどこかですれ違うんです。すれ違うことってわかりますか?同じ時間に同じ場所にいるということです。ちょうど今のあなたと私のように、です。