★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

▮追悼:元阪急スペンサー氏

  アメリカから元阪急のスペンサー氏の訃報が届いた。

 スペンサーと聞いて思い出すのは昭和42年の日本シリーズでの巨人ー阪急の第6戦の巨人・星投手との死闘である。ここで簡単に振り返ってみたい。

 その年のペナントレースの終盤、巨人の星投手は大リーグボール1号を阪神の花形にホームランされた。鋼鉄のバットで鋼鉄のボールを打つという秘密の特訓の結果であった。大リーグボール1号はバットを狙ってボールを投げて凡打に収める変化球だが、花形はそれを逆手に取り、バットに命中した瞬間にバットを振り切るという秘策で挑戦してきたのだった。

 

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 さてその年の日本シリーズは巨人ー阪急の対戦となったが、阪急の西本監督は星投手の大リーグボール1号の攻略法として、秘密裏にとある選手に花形と同じ特訓をさせていた。

 それが他ならぬスペンサー選手であった。自ら志願して決死の特訓を受けたのであった。

 

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 そして、星投手は大リーグボール1号で勝負をかけた。

 

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 星投手はすでにこの花形打法に対抗するための作戦を立てていて伴捕手とともに秘密の特訓をしていた。それは揺れる船の上で釣り糸に垂らした50円玉をめがけて投げるというものであった。

 

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 さてスペンサーとの勝負は?

 

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 星投手はバットの本体ではなく、グリップエンドを狙ったのだった。スペンサーのバットのグリップエンドにはイニシャルの”S"が刻まれている。スペンサーはこの後、素直に敗北を認め、すがすがしい笑顔で勝者である星投手に賛辞を送った。

 昭和42年と言えば半世紀前のことである。スペンサーはこうして残念ながら星投手には敗れたものの、鉄バットの特訓を自ら志願し果敢に和製大リーグボールに挑戦した。筋金入りの本場の大リーグ魂に敬意を表したい。ご冥福をお祈りする。

 

 

田端文士村記念館

 JR田端駅の北側の改札を出て西方向に進む。

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 そして、駅すぐそばの横断歩道を渡る。

 

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 そこに文士村記念館がある。

 

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 かつてこの田端の地に芥川龍之介が居を構えた。それをきっかけに室生犀星菊池寛堀辰雄萩原朔太郎などがここに移り住み、文士村となった。大正のころの話である。

 

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 この記念館は、その中でも特に芥川龍之介萩原朔太郎室生犀星の3人の友情をモチーフとした作品、書簡、エピソードなどを中心に展示している。ちょうどこの日は『水魚の交わり』と題した犀星と朔太郎の二人の友情がテーマの特設展があった。

 当時、田端にあった芥川の家屋の模型が展示されている。

  

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 こんなエピソードがある。

 朔太郎の詩集『日本詩集』の出版記念式が田端の中央亭というところで開催された。その席上でとある詩人がそれに難癖をつけた。犀星はそれを聞きつけて、朔太郎危うしと早合点、会場に馳せ参じ、会場にあった椅子を振り回して突進したという。芥川はその様子を傍で楽しく眺めていた。

 

敬愛する室生犀星よ、椅子を振り回せ、椅子を振り回せ

 ー 『芥川書簡』(T15.5.29)

 

 この3人はおなじ田端で暮らして、互いに尊敬しあい、刺激しあいながらも不思議な三角関係で結ばれていた。そしてそれは朔太郎、犀星の友情の間に割って入ろうとする芥川、という構図に見えてくる。

 そして最も印象深かったのは朔太郎の『芥川龍之介の死』と題した追悼文。

  芥川、室生の3人で田端の料理屋でうなぎを食べた。その時、芥川の顔には悲しげなものがちらりと浮かんだ。それでも彼は沈思し、無言の中に傘をさしかけて夜の町中を田端の停車場に送ってくれた。振り返ってみると彼は悄然と坂の上に一人立っている。自分はわけもなく寂しくなり手を振った。
ーそしてそれが最後の別れになったのである。

 

 最後に、最近の話題。

 この時代の雰囲気と、文士たちの友情関係は時代を超えてクリエーターに刺激を与えているのだと思う。

 

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 ちなみにこの記念館、入場料は無料。

秋の転調

▮冬枯れて記憶舞い飛ぶ岸辺かな

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 汽車の中で私の前の席に静かに座っていたその人は小雪の舞う最上川を眺めながら涙を一筋流した。
 そして今日、その人のいた席に私が座っている。

 

▮永訣の予感、初雪予報聴き

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 急を知らせた病院へと向かうタクシーの中、ラジオで天気予報を聴く。季節は冬へと舞い戻る。

 

▮虚ろなる部屋に冬陽の所在なさ

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 少しばかりの荷物を運び出し終えて。主なき部屋は冬の訪れを静かに待つのみ。

 

 ▮歩を止めて木立侘しき秋時雨

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 斎場付近の河原の道を散策。懐かしい風景に立ち止まっていると不意に雨。
 遠くに鉄橋を渡る列車の警笛の音、上りの列車の時間が近づいている。

 

ノブヒコと口座振込

 ある日、ノブヒコは口座振込のために郵便局にいた。振込みの依頼書には次のように記されていた。

 ・振込額は10万円であるが、振込料金は振込先である相手の会社が負担する。
 ・振込額の10万円から振込料金差し引いた額を振込んでほしい。

 というものであった。ノブヒコは窓口の女性に尋ねた。

 -つかぬことをおたずねするが、振込料金は振込額によらず一定かな?
 -いいえ、振込額によって振込料金は少し異なります。こちらをご覧ください。

 

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 今回はこの表の「窓口」の場合になります。そして今回、振込額は10万円で、5万円を超えていますから、振込料金は864円となります。実際にはこれを振込額から差し引いて振り込んでいただくことになります。

ーこれは異なことを。振込額で振込料金が変わるとなるとこの話は簡単ではない。
ーいいえ、簡単だと思いますが。。。
ー今回の金額ならば問題はないが、例えば振込額が5万円だったとする。
ーはい。
ーその場合の振込料金はどうなるかな?
ーはい、この表のとおり864円です。
ーそうじゃな。じゃあ、それを差し引くとどうなるか。
ーはい、49,136円です。
ーうむ。じゃあ、その額を振込もうとしたら振込料金はどうなるかな?
ーはい、この表のとおり、安いほうの648円になりますね。
ーじゃ、私の支払いは振込料金を加えても、49,136 + 648 =49,784円となる。最初の50,000円よりも低くなるではないか。
ーはあ。そうかもしれませんが、今回は額が10万円ですので・・・
ーもう少し詳しく説明しよう。

 ノブヒコはそういうとスーパーの特売のチラシをガサガサと取り出し、その裏側にさらさらとグラフを書き始めた。

 

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ー振込料金を一度決めてから差し引いてしまうと、振込額が変わり振込料金そのものに影響を与えてしまう場合が出てくる。具体的にはこのグラフが示す通り、当初の振込額が50,000円から50,864円の間の場合である。
ーはい。ですが今回は・・・
ー念のため、相手先にこの点をどう考えているか聞いてみてもらえるかな?

 

 窓口の女性はしぶしぶと電話で相手先に問い合わせた。話が終わって電話を置くと、


ーはい、相手先の方はその通りで構わない。どちらかといえばどうでもいい問題だとおっしゃいました。
ーさようか。お手数をおかけした。それでは。

 ノブヒコは振込手続きを完了すると「正義」という言葉をかみしめながら立ち去っていった。窓口の女性店員はその後姿を見送ると小さくため息をついて、冬の淡い日差しを浴びた枯葉たちが煉瓦の歩道の上で小さく乱舞するのをぼんやり眺めていた。

 

九時半の男たち

 身内に不幸があり故郷に帰ったとき、昔の同級生たちが集まってくれた。彼らの誘いで地元の飲み屋で酒を酌み交わした。僕を入れて6人、懐かしい思い出話に花を咲かせた。

 

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 もう40年以上も前の話だ。どんな話が飛び出したかというと・・・

 

ー学校の休み時間でみんなでわいわい話をしていると、聞き耳を立ているわけではないんだけど、好きな子の声ってなぜか、耳に入ってくるんだよね。あの時もそうだった。その子は友達と何時に風呂に入るかを話していたと思う。その子は「九時半」と答えているのが耳に入ってきた。それから僕も毎晩九時半に風呂に入ってたなあ。今でもときどき意味もなく九時半に風呂に入ったりしてるよ。(56才、PC販売店勤務)

 

ー夏休みに同級生で集まってお寺の境内で花火をした。みんなで丸くなって花火をしてたんだけど、ふと後ろの暗がりをみたら白い影のようなものがぼーっと浮き上がるのが見えた。それは同級生の女の子Mだった。内またをに刺されたんだと思うけど、スカートの裾をたくし上げてポリポリ掻いてて、脚が白く見えてたんだ。しばらくそれを見ていたらその子に気が付かれてものすごい形相で睨まれた。それは女の子たち全員にすぐに伝わってそれ以来、誰も口をきいてくれなくなったなあ。(56才、牛乳販売店勤務)

 

ー俺、飼育係だったの覚えてる?今でいういきものがかりだね。ある日、クラスで飼ってた鳥の餌をやるのを忘れて朝来たら鳥が死んでた。それ以来、お前たちからはトリゴロシというあだ名で呼ばれてた。でもやっと最近、念願のペットショップを出したんだよ。こんな田舎だからそれほど繁盛はしていないけどなんとかやってるよ。見直してくれたかな?(56才、ペットショップ店長)

 

ーこないだ同級生の女の子Nに街角でばったり出会った。久しぶりだったから喫茶店でお茶を飲んで話をしてた。そしたら卒業式の話になって僕は聞いてみたんだ。「卒業式のあと、体育館で謝恩会があったのになんで来ないで帰っちゃったの?」Nは全然覚えてなかった。そして逆に聞かれた。「あ、ひょっとして私のこと好きだったんだ」って。「うん」て思わずうなずいちゃった。ちょうど日も暮れてきたから飲みに行こうと誘ったら「旦那がおなか空かせて待ってるから。それに私、お酒一滴も飲めないんだ」だってさ。ははは。(56才、学校教師)

 

ーなんだかふと急にある言葉が頭に浮かんでその意味が分からない、ってことないかな?俺の場合はそれが「イアン・ミッチェル」という名前らしきもの。そしてそれを思い出すとイヤーな気分になる。それが繰りかえされててずっと不思議に思ってた。本で調べても誰だかわからなかったから。最近になってやっとネットで検索してみたらその正体が分かった。'75年頃に活躍したイギリスのロック(?)バンド、ベイシティローラーズのギタリスト。でも半年しか在籍していなかったので全然有名じゃない。なぜその名前を憶えているか、そしてそれを思い出すとイヤーな気分になるかを推理してみると答えは一つしかない。『九時半』が言っていたようにやはり学校の休み時間の出来事だと思う。そのころ女の子たちは平凡とか明星とか芸能雑誌を学校にもってきてそれを見ながらアイドルたちの話をしていた。当時、ベイシティローラーズも同じくアイドルの一つとして見られていた。恐らくその子がこういうのを僕は聞いたんだと思う。「私、イアン・ミッチェルが好き!」それが深層心理として刻み込まれてたってわけさ。(56才、電気販売店勤務)

 

・・・・

 

 地球を乗っ取ろうとたくらむ異星や地域の方々がいたとしたら、手始めにテレビ・新聞で現在を理解し、過去の調査のために人類の歴史書の解読を始めるだろう。そこには偉大な人々、そしてその逆の極悪人たちの累々たる名前が並んでいる。さて、果たしてそれで地球の人類を理解したことになるのだろうか。

 人類の90%はこの夜の居酒屋に居合わせた九時半の男たちのようなフツーの人たちで構成されている。小さいこと、意味のないことにいつまでもこだわり続けたり、くよくよしたり、悩んだり笑ったりしている愛すべき小市民である。そして何よりも気落ちしているであろう僕のためにこうして集まってくれて精一杯いきがって元気づけようとしてくれる素晴らしい友たちでもある。

 異星や地域の方々が調査の結果、地球を宇宙にとって危険な存在と判断しそれを滅ぼそうと来襲してきたときには、僕はこの九時半の男たちの所業を明らかにすることで説得にあたり、彼らの誤解を解いてあげようと考えている。