★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

ハンドパワーZ

その夜、私と会社の同僚のは二人で場末のスナックの前にいた。私たちはその日、とある崇高な決意を秘めていた。

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店の厚いドアを開けて中にはいると女性が近づいてきて私たちは薄暗い店の片隅の4人掛けのテーブルに通された。僕たちはさっそくバーボンを注文して飲み始めた。その女性もそのままそのテーブルに腰を下ろした。僕と彼女が面等向かう形、は女性側の隣に座った。その女性はこういう仕事を始めて間もないと自己紹介した。確かにしぐさや話し方にまだ初々しさが残っていた。Jがさっそくタバコを吸い始めると、その女性は灰皿を持ってきての前のテーブルの上にそれを置いた。

いつもの筋書き通りに私は女性に話しかけた。

-僕ね、実は不思議な力があるんだよね。
-へえ、どんな力ですか?
-実はこの右手。金属を探知できる力があるんだ。見せてあげるよ。コースターを4つ持ってきてくれないかな。

女性は席を外して、やがていろいろな色の布製のコースターを持って戻ってきた。

-同じ柄のがないんですがこれでいいですか?
-うん、それで大丈夫。
 
僕はテーブルの上で4つのコースターを辺の長さが40cm位になるようにして四角形の形に並べた。それから僕は財布から100円玉を取り出してそれをその四角形の中央に置いた。

-じゃあ僕は後ろを向いているからその4つのどれかを選んでその下にこの100円玉を入れてかくしてみて。じゃあ、後ろを向くね。

こうしてその技の披露が始まろうとしていた。名付けて「ハンドパワーZ」。私はこ4つのコースターの上を順に手をかざして順にチェックしていき、これ、と指定するとそのコースターの下にはちゃんと100円玉がある。それを幾度となく繰り返すのだが、100発100中で当てることができたのである。当然、女性は驚いて不思議がってくれる。これはこういう店で人気者になろうと私とが編み出した技であった。私たちはこれを会社の休憩室で練習したこともある。そう、「私と」と書いたことがほとんど種明かしになっているのだか、実はが重要な役目を担っていたのである。

さきに種明かしをしておく。

私はコースターに手をかざすがそれはポーズに過ぎず、実はなにもしていない。この間のどこか安全なタイミングを見計らって一瞬だけの方を盗み見る。はタバコを吸うので手元にタバコを置いてあった。このタバコはコースターの四角形と同じくきちんとテーブルに置かれている。は当然、女性がコースターの下に100円玉を入れるのを横で見ていて知っている。は入れた場所を確認するとタバコの4隅の同じ場所を指あるいは手で触れる約束になっていた。私はそれをみて100円硬貨の場所を知るのであった。それを察知されないように思わせぶりに手をかざしてもったいぶって当てて見せるのだった。

立て続けに当てていると女性は後ろを向いている間に聞こえる小さな音ではないかと疑い始める。私は「じゃあ、トイレに行ってくるからその間に入れておいて」とか持ちかける。それでも当たる。コースターの微妙な角度の変化を疑い始めるので「コースターは自由に位置を変えてもいいよ」、と言う。それでも当たる。さらに10回目くらい当たりが続くころになると何人かの女性はどこにも入れず手に持ったままにする、という手に出る。僕たちはそれも経験的に知っていた。その場合ははどの4隅にも触れない。それをみた僕は手をかざして調べていって「あれ?おかしいな。わからないな。これは降参だ。」などと言い続けているとやがて女性が手に持った100円硬貨を白状するのであった。ここまでくればその女性は術中にはまったも同然であった。

全体を通じての演技が重要なのである。はこの技に関与していないそぶりを見せ続ける。指の微妙な動きを察知されてはいけない。もう一人さらに女性がいてはそちらとの会話に集中していると思わせながら片手間で私に協力しているというのが理想の姿であった。

やがて女性は気が付くことになるのだがたいていはの手の動きが察知されるか、私の瞬間的な目線の動きが見破られるのであった。それでも私たちはつかの間だけでもヒーローになるという目的を達成して満足であった。


さて、その晩のことに話を戻そう。私はいつもようにと結託して100円硬貨の場所を言い当てた。女性はコースターをめくって言った。

-当たりです。どうしてわかったんですか?
-えーとね。実は僕少し前に駅に階段から落ちて手をけがしたんだ。そこでチタンを入れて矯正した。だから僕の手の中にはチタンが入っている。だから100円硬貨と金属同士でひっぱりあう様な微妙な力を感じることができるんだ。
-えー、そういうことがあったんですねえ。手術は大丈夫だったんですか?手を切ったんですよね。見せてください。
-あ、全然外からはわからないですね。きっと上手なお医者さんだったんですね。もう痛くないですか?私も幼稚園の頃に体温計で遊んでいてそれを割って壊しちゃったことがあって、その時に小指にガラスの破片が入ってしまったんです。それでやっぱり手術になったんですが、その跡が今でも残ってしまって。ほら見てください。

私は差し出された小さな左手の小指を見てみたが手術痕らしきものは見つけられなかった。

-でもよかったですね。安心しました。

こうしてその晩の技の披露は1回だけで終わった。私たちはその日、口数は少なく早々に店を後にした。私とは駅までの夜道を歩いた。雨が降ったのか舗道はかすかにぬれて街の明かりをぼんやりと映していた。

-今日はちょっと勝手が違ったな。
-きっとね、チタン云々が余計なんだよ。どこをどうするとそんな話が出てくるんだよ?
-うん・・・ちょっと失敗だったね。
-でも、ああいう娘もいるんだね。まったく疑うことを知らない娘だよなあ。今晩は勉強になったよ。なんだか天使に出会ったみたいですがすがしい気分だ。

それが理由というわけではなかったが、私とはその晩限りでその技を披露することをやめた。そろそろ年代的に卒業ということだったと今になって思う。はその後もしばらくその店に通い続けてその娘と仲良くなったと言っていたが、その後の彼の言に従うと、特に何かが始まったわけでもなくそれは終わったらしい。

その後、は大阪の方に転勤となって会うこともなくなった。こうした夜の店にきてちょっと時間を持て余した時などには、のこと、そして二人で編み出したその技のことを思い出すのである。