ウメは若くして両親を亡くし下町にある古びた一軒家に暮らしている。そしてその家の近所にある小さな小料理屋を両親から受けついで細々と営んでいる。年の割に落ち着いているね、ウメはみんなからそうよく言われる。その日も早起きして家と庭先の掃除をすませたところだった。
2階からばたばたと階段を下りてくる音がしたかと思うと、スカートの裾をひるがえしてサクラがこたつのある居間に入ってきた。サクラはウメの年の離れた妹である。ウメは両親との死別後、サクラを母親代わりに女手一つで育ててきた。
外で車のクラクションの音がした。
ウメは縁側にでてみると家の玄関先に赤い車が止まっていた。テニスのラケットをもって家を出ていこうとするサクラにウメは声をかけた。
-サクラちゃん、今晩は店を手伝ってくれるって約束したじゃない。
-お姉ちゃん、ごめんね。急にテニス部の合宿が入っちゃって。それから今日は帰らないからね。
-それに先週来たひとと違う男の人じゃない。
-それじゃあねー。
サクラはさっそうと家を飛び出していった。サクラは華やかな女子大生、開放的な性格でどこか匂い立つような色気がある。
走り去る車の音がしてまた家はいつもの静けさを取り戻した。ウメはこたつで一人お茶を飲みながらほっと溜息をついて、サクラを嫌いになりそうな自分に気が付きハッとして心の中でそれを打ち消した。そしてとなりの家に住むご隠居から自分に舞い込んできた縁談のことを次に考えていた。その相手というのは奥さんを亡くし、大学生の子供がいる年配の人でウメの店の常連客でもある。
-春はまだかしら・・・
ウメは一言そうつぶやいて、今晩の店の献立のことに頭を切り替えていた。