★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

九時半の男たち

 身内に不幸があり故郷に帰ったとき、昔の同級生たちが集まってくれた。彼らの誘いで地元の飲み屋で酒を酌み交わした。僕を入れて6人、懐かしい思い出話に花を咲かせた。

 

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 もう40年以上も前の話だ。どんな話が飛び出したかというと・・・

 

ー学校の休み時間でみんなでわいわい話をしていると、聞き耳を立ているわけではないんだけど、好きな子の声ってなぜか、耳に入ってくるんだよね。あの時もそうだった。その子は友達と何時に風呂に入るかを話していたと思う。その子は「九時半」と答えているのが耳に入ってきた。それから僕も毎晩九時半に風呂に入ってたなあ。今でもときどき意味もなく九時半に風呂に入ったりしてるよ。(56才、PC販売店勤務)

 

ー夏休みに同級生で集まってお寺の境内で花火をした。みんなで丸くなって花火をしてたんだけど、ふと後ろの暗がりをみたら白い影のようなものがぼーっと浮き上がるのが見えた。それは同級生の女の子Mだった。内またをに刺されたんだと思うけど、スカートの裾をたくし上げてポリポリ掻いてて、脚が白く見えてたんだ。しばらくそれを見ていたらその子に気が付かれてものすごい形相で睨まれた。それは女の子たち全員にすぐに伝わってそれ以来、誰も口をきいてくれなくなったなあ。(56才、牛乳販売店勤務)

 

ー俺、飼育係だったの覚えてる?今でいういきものがかりだね。ある日、クラスで飼ってた鳥の餌をやるのを忘れて朝来たら鳥が死んでた。それ以来、お前たちからはトリゴロシというあだ名で呼ばれてた。でもやっと最近、念願のペットショップを出したんだよ。こんな田舎だからそれほど繁盛はしていないけどなんとかやってるよ。見直してくれたかな?(56才、ペットショップ店長)

 

ーこないだ同級生の女の子Nに街角でばったり出会った。久しぶりだったから喫茶店でお茶を飲んで話をしてた。そしたら卒業式の話になって僕は聞いてみたんだ。「卒業式のあと、体育館で謝恩会があったのになんで来ないで帰っちゃったの?」Nは全然覚えてなかった。そして逆に聞かれた。「あ、ひょっとして私のこと好きだったんだ」って。「うん」て思わずうなずいちゃった。ちょうど日も暮れてきたから飲みに行こうと誘ったら「旦那がおなか空かせて待ってるから。それに私、お酒一滴も飲めないんだ」だってさ。ははは。(56才、学校教師)

 

ーなんだかふと急にある言葉が頭に浮かんでその意味が分からない、ってことないかな?俺の場合はそれが「イアン・ミッチェル」という名前らしきもの。そしてそれを思い出すとイヤーな気分になる。それが繰りかえされててずっと不思議に思ってた。本で調べても誰だかわからなかったから。最近になってやっとネットで検索してみたらその正体が分かった。'75年頃に活躍したイギリスのロック(?)バンド、ベイシティローラーズのギタリスト。でも半年しか在籍していなかったので全然有名じゃない。なぜその名前を憶えているか、そしてそれを思い出すとイヤーな気分になるかを推理してみると答えは一つしかない。『九時半』が言っていたようにやはり学校の休み時間の出来事だと思う。そのころ女の子たちは平凡とか明星とか芸能雑誌を学校にもってきてそれを見ながらアイドルたちの話をしていた。当時、ベイシティローラーズも同じくアイドルの一つとして見られていた。恐らくその子がこういうのを僕は聞いたんだと思う。「私、イアン・ミッチェルが好き!」それが深層心理として刻み込まれてたってわけさ。(56才、電気販売店勤務)

 

・・・・

 

 地球を乗っ取ろうとたくらむ異星や地域の方々がいたとしたら、手始めにテレビ・新聞で現在を理解し、過去の調査のために人類の歴史書の解読を始めるだろう。そこには偉大な人々、そしてその逆の極悪人たちの累々たる名前が並んでいる。さて、果たしてそれで地球の人類を理解したことになるのだろうか。

 人類の90%はこの夜の居酒屋に居合わせた九時半の男たちのようなフツーの人たちで構成されている。小さいこと、意味のないことにいつまでもこだわり続けたり、くよくよしたり、悩んだり笑ったりしている愛すべき小市民である。そして何よりも気落ちしているであろう僕のためにこうして集まってくれて精一杯いきがって元気づけようとしてくれる素晴らしい友たちでもある。

 異星や地域の方々が調査の結果、地球を宇宙にとって危険な存在と判断しそれを滅ぼそうと来襲してきたときには、僕はこの九時半の男たちの所業を明らかにすることで説得にあたり、彼らの誤解を解いてあげようと考えている。