-昔、学校の文化祭で君は不思議の国のアリスの英語劇をやったよね。君はたしか主人公のアリス役だった。
-うん。勿論、覚えてるよ。
-青のワンピースがとても似合ってたよ。
-一生懸命練習したんだからね。最後のシーンであなたたちに台無しにされたけど。
ーあれ?そうだっけ?
-うん。最後の場面は、私がチェシャ―猫にやさしく語り掛けるところだった。そのとき、それを客席で見ていたあなたたちからいっせいに大きな笑い声が沸き起こったのを覚えてる?
-うん。
-面白いわけでもないごくごく真面目なシーンなのになんでだろうって。第一、あなたたち英語なんてわからないでしょ。
-うん。全然わからない。
-じゃあ、なんで笑ったの?
-うーん。
-なによ、それ?劇を台無しにしておいてひどくない?その後、あなたたちは生徒指導の先生に叱られてた。あとで先生に聞いたらあなたたちは誰も笑った理由を言わなかったみたいね。
-うーん。
-ねえ、何があったの?教えなさいよ!
僕たちは全員その日、息をのむようにして劇に見入っていた。アリス、つまり彼女の可憐な姿に魅せられていたのだ。そして彼女が最後のセリフを言い終わった瞬間、僕たちは魔法が解けたように我に返って一斉に大きなため息をついてしまった。それも男子ほぼ全員が同時に。一番驚いたのは僕たち自身でお互いに顔を見合わせた。一人がくすくすと笑い出したらそれが起爆剤となり、もう誰も止められない笑いの渦になったというわけだ。でも僕たちはそのことを彼女本人は勿論、他の誰にも口外しない、と固く約束した。
僕は何も言えず黙っていたが。。。
-いいたくないならいわなくていいわよ。でも、先生に叱られてからすぐにあなたたちは喧嘩したのかみんな話をしなくなったよね。私、はらはらして見てたんだよ。でも、少しすると何もなかったように仲直りしてた。ああいうのをみて男の子たちって素敵だなあ、と思った。女の子同士だとそうはいかないからね。
-そうかなあ。
煮ても焼いても食えないようなあの頃の僕たちだったが、百歩譲って彼女の言うように素敵なところがあったとしよう。それでも彼女は知らないはずだ。僕たちをそんな風に素敵にしてくれたのは他ならない彼女自身だったということを。
そして、それも黙っていることにした。