★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

プロビデンス探訪記(第9回)

●Thomas街

 トーマス街は、ラヴクラフトが好んで夜散歩をしたところ。トーマス街はカレッジ・ヒルズではウォーターマン街と名前を変える。ふと立ち寄ったウォーターマン街のアンティークショップでトーマス街の古い絵葉書を購入した。ラヴクラフトが夜な夜な、散歩をした道であり、当時の面影は今でも確かに残っている。

 

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●プロスペクト・テラス・パーク

 プロペクト街のほぼ中心に位置する公園である。ラヴクラフトがここを好んで本を片手に散歩していたらしい。当時はもう少し大きかったらしい。住所はコグドンストリート75番地。

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 断崖の上に立ち、プロビデンス市内を睥睨しているのは、ロジャー・ウィリアムス。ちょうど、リンカーンの時代の人らしい。この像ができたのは、1939年となっているので、ラヴクラフトの死後2年が経過してからである。ラヴクラフトはこの像を見てはいないが、逆にラヴクラフトはこの同じ場所から、街を見下ろす風景を愛していた。

 

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 『チャールズ・ウォード』の中で、彼が幼年時代、乳母車で散歩をしたときに、目に焼きついた光景はまさにこの断崖からのものだったと思う。今では近代都市への道をしっかりと歩んでいるが。 

・・・乳母車は眠ったようなコグドン街を過ぎた。この通りは険しい丘の一段下がった位置にあって東側に並ぶ家々が絶壁の上にテラスを張り出していた。木造小住宅のどれもが長い年代の痕をとどめているのはこの都会の発展初期にこの丘を這い登るようにして街がひらけていった名残である。幼時のウォードは植民地時代の小村が今に伝える古趣をあますところなく吸収した。プロスペクト街までくると乳母は車をとめてそこのベンチで巡査たちを相手におしゃべりを開始した。彼の記憶に残る最初のイメージはこの場所からの眺望だった。断崖の下には西方に向けて屋根、ドーム、尖塔の海が果てるところなく広がっている。そしてまた遠い丘陵のつらなり。冬の日の午後遅く崖ふちの手すり越しに丘陵の屋根を眺めた印象がもっとも鮮烈だった。それは赤、金、紫、濃緑と暗示的な色彩をい燃える落日を背に神秘的なバイオレット色に染まっていた。議事堂の巨大な大理石ドームが力強いシルエットを浮き上がらせ、その頂の彫像が層雲の割れ目からのぞく炎に映え、幻想的な円光をめぐらしているのであった。

           (『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』より引用。)

 

●スワン・ポイント墓地

 一通り歩き終えてホテルに戻って一息ついた私は、大きな目的地のひとつであるラヴクラフトの眠る墓地に出発することにした。午後5時を回ったところだったが、ホテルの窓から見ると風が強くなっているのが木々の枝が大きく揺れていることでわかった。湾から吹き付ける風だろう。

 ホテルでタクシーを呼んでもらう。フロントの女性に行き先を尋ねられたので「スワン・ポイント墓地」と告げると知らない、という答え。タクシー会社に電話してそれを告げるとわかってくれたようだった。

 ホテルから墓地までは20分程度で到着した。市街地から北に10kmほど行ったやはり湾に面した静かな場所にあった。

 

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 墓地というので私は当然、入り口に駐車場があり、入り口の近くに管理事務所があることを想像していた。当然、彼の墓の場所は知るはずもないのでその管理事務所でラヴクラフトの墓の場所を聞こうと思っていたのだ。だが、私の期待は大きく裏切られることになる。

 まず、そこには駐車場がない。墓地の中は公園であり、園内には自動車が走れる道が整備されていて目指す墓の前まで車で乗り付けるようになっていること、そしてこの墓地に墓は全部で600あること、そして最悪なことに事務所は6時ですでに閉まっていたことである。運転手は墓地に入り、園内を走り始めた。そして私に場所を聞いた。勿論、僕は知らないと答えた。彼は名前を聞いたので「ラヴクラフト」と答えると「H.P.Lovecraft!」と名前は知っていた。勿論、彼も墓の場所は知る由もなく、私は昔何かでみた写真を思い浮かべながら車の窓から探したが、墓の形などそれほど大きく変わるものでもないし、生前、それほど注目されていたわけでもない彼の墓が特別大きいわけでもない。

 運転手は幾人かの友達に電話をして場所を尋ねたが、彼の名前自体を知らない、というつれない答えが返ってきた。運転手はあきらめて帰るか?と言い出した。私は絶望的になり、そうしようと言い掛けたとき、向こう側から一台の車が来た。墓地を管理している巡回している車である。運転手はすれ違いざまに尋ねた。白髪で太った運転手だった。彼は一度、周りを見渡したあと、「私についてこい」といった。私の車はUターンしてその車についていった。そして数分後、先導する車は停車。窓から手を出して場所を示してくれた。そしてそれはあまりにもありふれた風景だった。私は彼に礼をいい、タクシーを降りて歩き出した。

 

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 墓碑銘には「I am Providence」とある。Providenceは「神がかり」にかけているという話もあるが、今回の旅を通じて私は彼の素直なプロビデンスへの愛着を示したもの、と信じたい。