★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

青春素数小説(ノブヒコの素数)

  ノブヒコという友人と出会ったのは、入社した会社の独房のような寮の中だった。僕が714号室、彼が隣の715号室だった。彼はいきなり部屋に現れるなり、自分は数学科出身だと名乗った。僕も物理学科出身だと話した。入社した会社は電気系の会社だったので理学系は少数派だった。
 出会ったその日の晩、彼は僕の部屋で酒を飲みながら、早速僕に素数ゼミの話をした。その年彼の田舎では13年セミが大発生する周期なのだそうだ。僕は適当に相槌を打って聴いていたが、そうした一連の話の中から彼が2年浪人していることを推論した。それを話すと彼の表情が変わり、 
「お前、さてはオイラーを知っているな。でも俺もまけないぞ。」
と言った。その日以来僕たちは友人になった。

 ある日、ノブヒコは僕の部屋にビールを持ってくるなりこういった。
「おい、俺たちの部屋の番号、714と715の関係って知ってるか?」
「知らない。どちらも素数ではないな。」
「714は、2x3x7x17、715は、5x11x13だから、714×715は、2x3x5x7x11x13x17、つまり最初の7つの素数の積になる」 
 彼はそうまくしたてて、少し落ち着こうとしたのかビールを一口飲んで大きくため息をついた。また、思い出したようにまくしたてた。 
「それに、両方の素因数を足してみろよ、2+3+7+17と5+11+13はどちらも29で等しいじゃないか!」 
僕はビールを一口ぐいと飲んで訊ねた。
「それがどうした?」 
彼は答えずに一口ビールを飲むと、工場実習先でみつけた可愛い女性の話題を切り替えた。

 ノブヒコは酒を飲むと数学、それも素数の話を始めるので会社の同僚の中では変わり者のレッテルを貼られ始めていた。そんなある日、同僚が一同にそろう教育で講師の都合で一時間自習の時間ができた。勿論、だれも自習などせずにわいわい話をしている中でノブヒコは一人、「素数における未解決問題集」という名前の本を読んでいた。退屈に飽かせて、誰かが「賭けでもしようぜ」と言い出した。「この60人の中で同じ誕生日の人がいるかどうか、だ。」
 賭けが始まった。小さな紙が配られてそれに、いるか、いないか、そして自分の誕生日を書いてそれが集められた。それが誕生月ごとに振り分けられていく。「いる」と賭けたのは一名だけ、と発表されると、皆が一斉にノブヒコの顔をみた。そして賭けの結果が発表された。3組も同じ誕生日の組があった。ノブヒコの一人勝ちだった。驚いたことにノブヒコの紙には「3組程度」という書き込みもあった。みんながどうして分かったか?名簿を見たことがあるのか?と訊ねられるとノブヒコは答えた。
「計算したまでさ、ほら。」 
彼は黒板の前で計算を始めた。黒板が見る見るうちに数字で埋まっていく。
「ほら1組ならば97.3%さ。」
途中で昼食を告げるチャイムが部屋に鳴り響いたので、みんなは答えを見る前に食堂に向かっていた。最後まで聞いていたのは僕とコウジの二人だけだった。僕たち3人は儲けた6000円でその晩、飲みにいくことにした。

 ある日の昼休み、僕は食堂でノブヒコを見つけた。彼の現場実習の職場にいるかわいい女の子と一緒にランチを食べていた。僕が隣に座るとノブヒコはやはり素数の話をしていた。その女の子は複雑な表情をしていた。 
「僕は昨日、341個製品をテストして全部合格だった。341ってどういう数字か知ってる?」 
答えも聞かずにノブヒコは続けた。
「341は特別な数なんだ。オイラーテストという素数かどうかを判断するテストがある。それは、a^n-aがnの倍数になっているかどうか、という試験。これで失格したnは絶対に素数じゃないんだけど、合格したものは大抵は素数なんだけどそうでもないものもある。このテストで最初にだまされるのがこの341なんだ。オイラーテストをすり抜ける最初の偽の素数さ。実際に11×31だろ。」 
窓の外には青い空が広がっている。穏やかな春の日差しだ。ノブヒコはよせばいいのにさらに続けた。
「午後はもっとがんばって561個仕上げるぞ。」
「561にはどんな意味があるの?」
女の子あくまで義理で尋ねた。ノブヒコは待ってました!とばかりに、 
「341はまだ甘いんだ。”a”が2のときはだまされるけど、”a”が3のときは割り切れてしまう。その点で561はどんな”a”でも割り切れてしまう。つまり完全な偽の素数なんだ」 
僕は上の空で聴いていたが製品の品質面で何かよからぬことが起きなければいいが、と考えていた。

 とある日曜日、僕はノブヒコと渋谷に出かけた。大阪出身のノブヒコはあまり東京をしらない。彼はどうしても行ってみたい場所があるといっていた。渋谷はもう夏の気配、いろあざやかな薄着の女性たちが僕たちの前を通り過ぎる。そして僕たちはある建物の前まで来て上を見上げた。
 そこには「109」という大きな看板があった。同じく隣でそれを見あげていたノブヒコは、 
「ふふふ、素数さ。」 
そう言って誇らしげに笑った。
 

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