★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

Platonic Rhapsody in Blue

どこかの街角で
最後のランデブー急いでる
タクシー待ちながら
彼女も見飽きたルージュ塗り替えた

クールになれない悪い癖
どうにもならないダメな恋
まるであの日のスクリーン

ジョークにならないひどいヤツ
どうにかならない罪な夜
ため息交じりのラプソディ
よくあることさ


いつものカウンター
不義理な約束をすりぬける
涙の街あかり
素顔にのぞいた弱さ探してた

クールになれない悪い癖
どうにもならないダメな恋
嫌うつもりがラブシーン

ジョークにならないひどいヤツ
どうにかならない罪な夜
似た者同士のシチュエーション
それでもいいのさ


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針金と折り紙と風と(その3)

 

taamori1229.hatenablog.com

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引き続いて、2次元(折り紙)の場合の説明である。

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元の折り紙をxy平面と定義し、折り紙を長さ1の正方形であるとする。切断したり、穴をあけたりしなければ折り曲げ方は自由である。ただし、折り曲げた結果は元の範囲をはみ出さないこととする。

折り紙上の任意の点Aに対応した折り曲げた折り紙上の点をBとし、さらに点Bからxy平面に下した点をCとする。点Aと点Cの対応関係を関数f、gとして定義する。


ここで、今回の問題は、

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となる点(x0,y0)が少なくとも一つ存在することを証明することである。

このことは、一次元(針金)の場合と同様にして、

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という関数F,Gを定義すると、

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となる点(x0, y0)が存在するということになる。

まず関数F,Gの折り紙の周辺の点でどうなるかを考える。関数F,Gはすべての点で、

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が成り立つので、

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となる。それぞれx、yを0から1まで動かす時にどこかで正負の符号が反転する。よって、前回の針金の場合と同じようにして、任意のy(0~1)について、

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となるx1が存在し、任意のx(0~1)について

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となるy1が存在することになる。これをグラフとして表すと、

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となる。二つのグラフ(青色、赤色)は折り曲げの仕方によって様々な形となるが、折り曲げ方の条件から途中で途切れることはないので、少なくとも一点で交差することは確かである。この交差する点(緑色)の一つを(x0、y0)とすると、 

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が成り立つ。これにより2次元(折り紙)の場合が証明された。

3次元の場合(風)についても同じ流れで証明できる。この場合、4次元で考える必要が出てくるので図解することは容易ではないが、証明の最終段においては3枚の曲面の交点として動かない点(無風地点)があることが導びかれる。

誕生日プレゼント

宮崎に在住の友人がいつもこの焼酎を送ってきてくれる。

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今回は誕生日月なので特別だといって送ってきたのが、

 

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チョコレートである。焼酎をゼリー状にしてチョコレートでくるんだもの。芋焼酎の苦みで全体的に甘さが控えめになっている。

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酒樽の形をしていて、さらに細部にもこだわりが。

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針金と折り紙と風と(その2)

 

taamori1229.hatenablog.com

という問題の1次元の場合(針金)の証明である。まず問題を数学的にモデル化する。針金上の点を0~1の実数に対応させる。

 

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針金上の任意の点Aに対応する折り曲げた針金上の点を点Bとする。さらに点Bから最初の針金におろした垂線の足の点を点Cとする。この時、点Cの座標はxの関数であるf(x)で表現されるものとする。

ここで折り曲げた針金は元の針金の範囲を逸脱しないものとする。つまり、

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ということである。さて、今回の問題は、この条件の下で針金を切断することなく自由に曲げた時(数学でいう連続、に相当する)、どんな曲げ方をしても、

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となるx0が少なくとも一つ存在するという問題となる。

これの証明であるが、

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という関数F(x)を導入するとわかりやすい。今回の問題はF(x)について、

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となるx0が少なくとも一つ存在することと同じになる。

針金の両端(x=0,1)についてFの値を求めてみると、

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となり符号(プラス、マイナス)が異なる。これをグラフで表すと下図のようになる。

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 f(x)が連続であると仮定したのでF(x)も連続となる。連続なのでこの両端の点の間で必ず1回はF(x)=0の線分のどこかで交わることになる。下世話な言い方をすると必ずどこかですれ違う、ということである。その点の一つをx0とすると、

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つまり、

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が成り立つことが証明される。2次元の場合もほぼ同様の論法で証明可能である。それはまた次回とする。

きっちんせいじ

長崎市内にある老舗の洋食屋がまもなく51年間の歴史を閉じる。
 

www.asahi.com

 

昨年、この店「きっちんせいじ」を訪れた。長崎の観光スポットである眼鏡橋のすぐ近くにある。

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通り沿いに突然現れる電車。

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店の内部も鉄道愛に満ちている。天井の電灯は蒸気機関車の客車で使われていたものである。

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よくみると自分が座っている椅子も電車内で使われていたもの。

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 手作り感が満載であった。

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この入り口の扉は電車で使われていた折りたたみ式。開けにくくて幅も狭くて入りにくい。しかし、これでいい気がしてくる。

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そしてこれがメニュー。一番人気はやはりトルコライス(900円)。
 

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さっそくそれを注文。

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幼いころ、デパートの最上階にあった大きなレストランで母親と一緒に食べたお子様ランチを思い出す。それは懐かしい昭和の味わいである。また行ってみたいと思っていた矢先に飛び込んだ閉店のニュース。至極残念である。

ハリウッド的新入社員発表会入門

多くの会社では新入社員が入社してから1年目あるいは2年目くらいに発表会が行われることだろう。それは入社して最初に与えられた仕事について取り組んできた経験や成果について会社幹部をはじめとする大勢の社員の前で発表する大切なセレモニーである。新入社員なので発表の場にも慣れておらず内容のストーリーの組み立てで苦労したり発表そのものの仕方などで緊張したりするに違いない。

新入社員の発表というのは世界に誇るような発表内容となることはまれである。だからテーマ自体はさほど大きくなくてもそれを自分なりにどう理解して苦労を重ねながら結果を出していったかを発表する場となる。だからおのずと関心は成果そのものよりもそれに至るプロセス、取り組んできた姿勢などが中心となることが多い。

発表時間は普通15分くらいである。発表のストーリーを決めるにあたっては観客をひきつける発表とはどういうものか、悩むことがあるだろう。ここではそのための一つのガイドラインを紹介する。

沢山の聴衆をある空間に閉じ込めてある時間を占有する芸術を総合芸術と呼ぶが、その代表格が映画である。そして今その世界の映画界を牛耳っているのはご存じハリウッド映画である。ハリウッド映画は通常2時間程度であるが大ヒットする映画にはある決められた時間配分のルールがあるように思われる。

アクション系のハリウッド映画における観客の高揚感の時間的な推移を次のチャートに示す。

 

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最初の30分で主人公はだれでどういう仕事をしているかが説明され、そして今どういう状況におかれていてこれから何をすることが使命かが明確に打ち出されないといけない。これが観客を映画にくぎ付けにする大事なポイントでありそれを失敗してはいけない。しかし、それにあまり時間を要してはいけない。ここまでの時間が長すぎると観客はそこまでで疲れてしまい観つづける気力が失せてしまう。

そこからその使命を達成するためのアクションがスタートする。ここからの1時間が見せ場である。主人公はいくつかの小さな試練を乗り越えて目的に近づいていく。観客も一緒にジェットコースターに乗せられていくようなスピード感が大切である。

小一時間ほどの間それが続いた後でふと流れが止まる。そして最大の試練が訪れ、ここが最大の見せ場である。主人公はその危機を乗り越えて使命を達成する。この解決の爽快感の量は試練の谷の深さに比例しそれが映画全体の印象として残ることになる。従って試練はそれまでの努力を無に帰すような大きな試練であった方が効果的である。

使命達成後は観客の興奮が冷めないうちにエンディングに向かう。ここは後日談だったり、次回作につながる伏線であったりするが決して長すぎてはいけない。10分以上あるのは全体の印象を悪化させて逆効果である。


さて新入社員の発表会の話題に戻る。観客を釘付けにするためにハリウッド映画の戦術をそのまま利用する。発表時間は普通15分くらいなので映画の2時間を同じ比率で配分したチャートを以下に示す。

 

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詳しくは説明しないがハリウッド映画の興奮で観客を引き付けてみたい、というならば活用をお願いする。どんな内容でもこれで成功するというわけではない。映画の成功・失敗はかなりの部分、原作の良さで決まるということもあるので注意が必要である。

針金と折り紙と風と

同じ長さの針金を2本用意する。

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一方を自由な形に折り曲げる。

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切断してはいないがこの写真のように重なりがあっても構わない。

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一つの端(写真では赤色)から同じ速度で点が移動するとする。二本の針金は同じ長さなので2つの点は同時にもう一方の端に到着する(写真ではオレンジ色)。

どんな針金の曲げ方をしても、この移動する間にこの2つの点が同じ位置になるタイミングが必ず一回以上存在する。同じ位置とは次の図による(黄色の点)。

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次にこれを2次元に拡張する。

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2枚の折り紙の一方を適当な形に丸める。

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この時、どんな折り紙の丸め方をしても次のような点が必ず一つ以上存在する。

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紙を丸める前には上下同じ位置にあって、

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紙を丸めた後もきちんと同じ上下の位置にある点、である。

さらにこれを3次元に拡張する。これは具体例を見せることは難しい。

たとえば空気で満たされたある空間を考えて、その中で空気全体を自由に動かしてみる。地球上全体的に風を吹かせるような場合である。そのとき、どんな風の吹き方をさせようとも、地球上には次のような地点が必ず一つ以上存在する。それは・・・

風がまったく吹いていない地点、である。