★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

アクアリウムの午後

 

透明なガラスの上に
描く夏の日
水色の絵の具で染めた
雨の水曜日

光の泡と戯れ
魚たちが躍る
胸にしまいきれない
言葉たちのように


夏の余熱を残す本の
ページをめくって
あてもなく思い出をたどる
雨の水曜日
時間も忘れて
忘れて

 

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一日警察署長アミちゃん

 アイドル歌手のアミちゃんは一日警察署長という大役を仰せつかって東京郊外にあるその町にさっそうとやってきた。
 

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 朝、駅前広場で就任式が執り行われた。朝早いのにもかかわらず大勢のファンが押し掛けて歓声を上げていた。そこで制服姿でタスキをかけたアミちゃんは挨拶に立ち、署長としての意気込みを堂々と語った。それから駅からの大通りをオープンカーでパレードしながら警察署へと向かった。沿道には多数の市民が並んでいたが、「テレビ見てるよー」と声がかけられるとアミちゃんは笑顔で手を振ってこたえた。
 
 警察署の前にはすでにテレビ局が多数押し掛けていた。アミちゃんはテレビカメラの前に警察のマスコットであるピーポ君と並んで立って、交通事故と振り込み詐欺の撲滅に向けた抱負を語った。その後アミちゃんは警察署の中に入っても署長室の席にのんびり座る暇もなく、交通事故防止に貢献のあった人たちや、犯人逮捕に協力した人たちの表彰式など署長としての仕事を目まぐるしくこなしたのである。
 
 午前中に予定されていた仕事が一通り終わってアミちゃんは署長室の重々しい机に腰を下ろして一息ついた。そこに本物の署長が登場して、
「アミさん、お疲れ様でした。午前中のイベントは終わりました。午後からは交通安全教室で自転車の運転もしてもらいます。きっと疲れると思うので午前中はここでゆっくりしていてください。」
と優しげな声で言った。アミちゃんは大きい椅子に包み込まれるように座って大きくため息をつくと署長に向かって尋ねた。
「署長さんというのは毎日こんなに忙しいんですか?」
署長は笑って答えた。
「普段はこんなことはありませんよ。ただ大きな事件があるとどうしても署をあげてドタバタしてしまいますが。例えばこれです。」
机の上にあった「xx河原幼児殺害遺棄事件」」という調書を指さした。アミちゃんは言った。
「ええ、新聞でみた覚えがあります。時間があるので目を通してもいいですか?」
署長は一瞬驚いた顔をしたが、
「もちろんどうぞ。アミさんは今日一日ここの署長さんですからね。この事件はもう発生から2年になるのに何の手がかりも得られていないんですよ」
 
 署長はドアを閉めて部屋を出て行った。アミちゃんは分厚い調書を開き、最初のページから読み始めた。それから30分ほどした頃、署長がお茶を手にして再び部屋に入ってきた。
「熱心に読まれていますね。ちょっと若い女性には見せたくない写真も多いですよね。」
「いえいえ、今日一日はこれが仕事ですから。」
 アミちゃんは顔をあげてこう言った。
「この事件を担当されている刑事さんと少しお話ししたいんですけど。」
「はあ?」
「ちょっと供述に気になるところがあって。」
「そうですか。わかりました。」
 
 署長は席を外したと思うと眼光鋭い初老の刑事を伴って再びあらわれた。彼はヤマさんと呼ばれるベテランの刑事だった。ヤマさんは事件で忙しいときにアイドル歌手の遊びの付き合いなどやってられないという苦々しい表情をしていた。
 
「あの、この写真を見てください。これは幼児が殺害された河原を橋の上からとったものですよね。」
「それがどうかしましたか。」
「この写真は発見からどのくらいの時間がたっていますか?」
「橋を通りかかった主婦がみつけてすぐに電話してきました。それから我々はすぐさま駆けつけてこの写真をとりました。」
「そうですか。幼児の遺体は川の流れのすぐそばにあって、ちょうどそこは川の流れが少し曲がっていて川岸にはよどみができています。そこにアヒルちゃんの人形が浮かんでますよね。」
 

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 アミちゃんはオレンジ色のアヒルの人形を指さした。遺体のすぐ横の淀みの部分でぷかぷかと浮かんでいる。
「だからそれがどうしたっていうんですか。」
 ヤマさんは不機嫌な口調で聴いてきた。署長があたふたしながらそれを必死でなだめた。
「遺体を見つけた主婦の供述によると、遺体があったのは橋の上から見て川岸がへこんだところが目印だと言っています。でも、もしも遺体のすぐそばにこのアヒルちゃんの人形が見えていたんだとしたらこのオレンジ色のアヒルちゃんが目印だと説明するはずなんです。」
 
 その瞬間、ヤマさんの目が鋭く光った。ヤマさんはすぐに刑事たちを署長室に集合させてこう言った。
「第一発見者の主婦のアリバイをもう一度洗ってくれ。この主婦は連絡してきたときよりもずっと前に現場にいた可能性がある。それとあの川の上流で犯行時間の頃にアヒルの人形を川に落とした、もしくは流した人物がいるはずだ。おそらく子供だろう。それを見つけてその時間を調べるんだ。」
 
 刑事たちはいっせいに部屋を飛び出していった。誰もいなくなった部屋の中でアミちゃんは大きな茶碗を手にして渋いお茶をのんだ。
 
 さて、午後になると交通安全教室が警察署の駐車場を利用して開催された。集まった子供たちに安全な自転車の乗り方を指導するのである。アミちゃんは駐車場に作られたコースの上できちんと右折、左折を乗りこなして子供たちの拍手喝采を受けた。しかしそれに気をよくしたアミちゃんは片手運転で手を振ってそれに応えてしまい、教官から注意を受けてしまった。安全教室が終わってアミちゃんは署長室に戻ってくるとそこには署長とヤマさんが待っていた。ヤマさんはアミちゃんに尋ねた。
 
「この事件のことなんですが、アミさんは、なぜこの主婦があやしいと思うんですか?」
 アミちゃんは机の上の調書をぱらぱらとめくりながら答えた。
「それは簡単です。この橋の写真を見てください。大きな石ころの砂利道ですよね。この主婦は小さな赤ちゃんをベビーカーで連れていたと書かれています。赤ちゃんを乗せたベビーカーを押しながらこの砂利道を歩いたとしたら赤ちゃんとか自分の足元を見守るのが精いっぱいで、川や川岸の方まで目が届く余裕があるはずがないんです。」
 
 ヤマさんは苦笑いをすると少なくなった髪の毛をかきあげた。さて、アミちゃんはと言えばまた署長の椅子に座って別な事件の調書を読み始めていた。しばらくしてドアがバタンと開いたかと思うと若い刑事が署長室に飛び込んできて大声で言った。
 
「主婦のアリバイが崩れました!そして自供を始めています!」
 
 みんなが一斉にアミちゃんを見た。アミちゃんは何もなかったような涼しい顔をして言った。
 
「あの、今度はこちらの事件の司法解剖調書があったら見せていただきたいんですけど。」
 
「あ、はい!お待ちください。署長!」
 
 そう言い残してその若い刑事はまた部屋を飛び出していった。
 
 こうしてアミちゃんと彼女を迎え入れた警察署の面々にとってあわただしい一日が終わり、翌日からはみんな普段の毎日へと戻っていった。そんな中で一つだけ変わったことがあるとするならヤマさんが生まれて初めてCDショップに立ち寄ったこと位であった。
 

缶ビールの重心定理

 ビールのおいしい季節になった。缶ビールをあけたとき、その重心の高さはほぼ中央の高さにあるだろう。ビールを飲み進めるにしたがって当然重心は下がっていく。どこまでも下がるかというと缶そのものの重さもあるのでそう簡単でもない。完全に飲み干してみると缶の重さに従ってやはり重心はまた中央の高さになっているはずである。となるとビールを飲み干す課程でどこかに重心の高さが最も低くなる場所があるということである。
 この様子を下図に示す。
 

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 本稿では、ビールを飲んでいく過程で重心位置が最も低くなるビールの液面の高さx0とその時の重心の位置h0を求めることとする。
 
 缶ビールにおけるビール(満杯時)の質量をM、缶の質量をmとする。缶ビールの形状を理想的な形を想定すると、ビールの液面のxと重心位置hは下図のようになる。

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 缶だけを考えると質量はmで固定であり、重心は高さ50%の位置にある。ビールだけを考えるとビールの高さxに対して質量はxM/L、重心はその中央x/2の高さ位置にある。これらの2つからなる全体の重心位置hを加重平均から求めると、
 

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となる。これは、

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とおくことで、

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と整理できる。この式を分数展開してx微分すると、 

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となる。これを0とするxの値x0の時に重心の高さhは最小値h0となる。実際に計算してみると、

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が得られる。具体的な例で計算する。缶の質量を35g、ビールの質量を350gとすると、α=0.1なので、

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約23%注いだときに重心はもっとも低くなる。この時の重心の高さh0数値計算で求めると、

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となり重心の高さも23%に位置する。この2つの23%という一致は偶然であろうか。意外なことに、これはどんな場合でも必ず一致する。実際にx0の式をhの式に代入して最も低い重心位置h0を計算してみると、

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という美しい式が証明される。これより、缶ビールの重心に関する次の定理が得られた。

 

▮缶ビールの重心定理:
缶ビール全体の重心の位置が最も低くなるところまでビールを注いだとき、その時の重心はちょうどビールの液面の高さの位置にある。

 何気なく飲んでいる缶ビールであるが、その缶とビールの間にはまるで示し合わせたような美しい協調関係が成立していたのである。
 

駅のホームから覗く深淵(『バベルの塔』展)

 その晩、私はとある地下鉄の駅のホームにいた。すでに終電に近い時間だったのでホームには2,3人連れの酔客たちが何組かいてその話し声が響いているだけでとても静かだった。その駅のホームにはクリーム色のホームドアが両側に設置されていたのでそれに仕切られたホームはまるで小さなホールのように明るい空間となっていた。私は階段の下にあるホームドアの前で電車を待っていた。
 

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 するとホームの階段から駆け下りてくる一団の気配を感じた。その中には駅員もいる。その一団は私の前のホームドアのところにやって来た。どうやら乗客の一人が何かを線路に落としたらしい。マジックハンドを手にした駅員はポケットから鍵を取り出してホームドア横の上のふたをあけて鍵を回して、手動でホームドアを開けた。駅員は注意深く線路を覗き込んだ後で、財布らしきものを手際よくマジックハンドで拾い上げてそれを乗客に手渡した。乗客は駅員にお礼を言って何かを話しているようだがその間、私は一つだけぽっかりと空いて暗闇が広がるホームドアの扉の前に立っていた。
 
 そこではクリーム色の柵の合間から深い暗闇が広がっている。普段開いてはいけないもの開いている。このままドアが閉じないままの状態で電車が来たらどうなるのか、それはとてつもなく危険なことのように思え私は一人狼狽していた。でも考えてみれば少し前まではホームドアなどは設置されていなかった。となるとその場合はいたるところが危険だったとも言える。でもその時には存在せず、感じなかったはずの闇、そして深淵が今、目の前に確かに出現しているのである。
 
 この深淵の不安、恐怖の根源は何なのかを考えてみた。ホームドアを設置する前にこの深淵がすでにあったともなかったともいえない。しかし安全のために作った柵が、そしてドアが同時にこの深淵を作り出してしまったのである。それは言い方を変えると本能的に安全を追い求める人間の本能がこの深淵を作り出したとも言える。光を求めようとする我々の所業が同時に闇を作り出してしまうとはなんと皮肉なことか。そしてその所業は我々人間の本能に根差すものであるからこれからも止むことはない。つまり、我々人間はずっと自らが作り出す闇におびえ続けていく宿命にある、ということである。そしてさらにたちの悪いことに人間は向上心なる悪徳をも備えていて、いつでもその上を、その先を目指してしまう。こうして愚かしくも人間の悲劇・喜劇は未来永劫拡大していく訳である。
 
 以上がバベルの塔』展に赴き「バベルの塔」の壮大な絵の前で私が抱いたとりとめもなく、愚ともつかない感想である。私が絵を前にして聴いたのは描かれた1,400人もの愚かしくも愛すべき人間たちへの人間賛歌、そして哀歌の声だったのである。
 

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休日カレー

 休日にカレーを作りました。材料は近所のスーパーで買ってきました。

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 後方に並ぶ小瓶の列に御注目。スパイスにもこだわりました。市販のカレールーにカレーパウダーを加えて味に深みを与えます。玉ねぎ2個をみじん切りにしてその半分はしっかりと油で飴状になるまで炒めます。パプリカは信号機の3色と色にもこだわっています。

 そして、料理のBGMはサイモンとガーファンクル

 

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 なかなかおいしくできあがりました。今回購入したハーブ4兄弟はこれです。

 

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 実際には料理には使いませんでした。この並んだ記念写真を撮りたかっただけです。

 - Parsley, Sage, Rosemary and Thyme

 つまり、これです。

 

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 このフレーズは古いスコットランド民謡の中にあり、去っていった恋人が戻ってくるための妙薬とか呪文であるともいわれています。

いつもの朝の向こう側には

 最近、休みの朝はできるだけ早く起きて家の近所のファミレスで過ごすことにしている。そこでトーストとコーヒーの簡単な朝食をとり、持ってきたノートとペンでとりとめないことを書き記してのんびりと休日の午前中を過ごすのである。そのファミレスは1階が駐車場になっていて客席は2階にある。店内には20席ほどの喫煙エリアも用意されていて、そちらは比較的空いているし、子供を連れた家族連れなども座らないので落ち着いて物書きに集中できる。そこには自分と同じように一人で来ている人たちが多い。静かに本を読んでいる人もいる。パソコンやタブレットを持ってきて仕事らしきことをしている人もいる。その空間はそれぞれがそれぞれのことをして静かに時間を過ごす場所となっていた。
 

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 ところがいつもそうとばかりも言ってはいられない。つい先日のことである。とあるグループがその喫煙エリアに集結してきた。不幸にも私もそこに居合わせてしまった。彼らと挨拶を交わしたわけでもないので本当にどういう人かははっきりしない。でも普段はあまり見かけない類の人たちなのは確かであった。ここでその日のことを書き記しておく。
 
 その日、私はいつものように2階の喫煙エリア室の片隅の2人掛けの席に座ってタバコをくゆらせながらペンを走らせていた。喫煙エリアは全体で30名ほどが座れるスペースがあったが、客は私を入れて4人だけだった。私の席は窓ガラスのそばにあり、2階のエントランスに向かって上ってくる客がよく見える場所だった。朝8時をまわるころになると喫煙エリアは少しずつ客で埋まり始めた。これまでも早朝の野球練習を終えてから店に立ち寄るグループとか朝まで遊び疲れた大学生たちなどのいろいろな集団も見かけていたので少しくらいは変わった人がいてもあまり驚かないつもりだった。でもその日はどこか違っていた。
 
 彼らはみな一人ずつ集ってきた。お互いは顔見知りのようなのだが距離を置いて座り、挨拶も会話もない、なんとなく必要最小限しか話をしないように見える。店員が注文を取りに来ても「まだいい」とみな一様に答えるだけ。そして風貌もさまざまであった。屈強な体格の人もいる。まるで病気のように痩せている人もいる。そして共通なのは注文するわけでもなく、またテーブルで何をするでもなくただ座っているだけなのである。なんとなく喫煙エリアには不思議な空気が漂い始めた。店員たちもこそこそと何やら相談めいたことをしている。やがて喫煙エリアは満席に近づいてきた。私のように先にきていた客の一人は4人掛けのテーブルに一人で腰かけて本を読んでいたが、あらたに現れたその一行と思しき客が彼の前に何もいわずに当たり前のように座った。彼は不穏な気配を感じとったのか、本をかばんにしまうとそそくさと帰って行った。同じように朝からいた客はすべて帰ってしまい、残ったのは私とその不気味な一団だけとなった。
 
 私のいたテーブルの向かいにもまた別の一人が座りこんできた。彼は小さな声で申し訳ありません、と私に挨拶をしたのだが、始終周りをぐるぐると見渡していて落ち着きがない。私はなんとなく帰るタイミングを逸してしまった。しかし、そのムードの中で一人黙々とペンを走らせる勇気を持ち合わせていたわけでもない。ノートとペンはかばんに入れて厭な予感の中でタバコをくゆらせながら手持無沙汰にコーヒーを飲んで事態を見守るだけだった。
 
 そのエリア内でちょっと気になることがあった。ほぼ中央にある2人掛けのテーブルが誰も座らずに残っているのだ。なんとなくみんなは示し合わせてそこを誰かのためにキープしているという感じだった。誰かの電話をする声が聞こえてきた。「あにさん」と呼んでいるのが聞こえてきた。「高速を降りてすぐです」このファミレスの場所を電話で教えているのだ。彼は電話を切ってみんなに向かい「今から来ます」と告げるとエリア内にはあきらかに緊張が走った。タバコを吸っていた人たちが一斉にタバコを消した。そして私も無意識にそして本能的にそれに従った。またキープしてあるテーブルをきちんと定位置に戻すものも現れた。別の一人は店員のところに走っていって何かを告げていた。
 
 そして私が窓に目をやると一人の客が階段を上ってきた。年のころならば40歳くらいか。グレーの上下のスーツ姿に身を包み整髪もきちんとしている。長身で痩せていてどう見ても申し分のないビジネスマンスである。彼はやがて喫煙エリアに登場した。私を除いた全員が一斉に立ち上がり「ご無沙汰しています」と声を合わせて挨拶した。彼は中央に空けてあった2人掛けの席の壁側ではない方に座った。そしてまわりのみんなに声をかけ始めた。彼はどこか礼儀正しく話ぶりも上品であった。決してこのメンバの最年長という分けではないのだがおそらくインテリ系としてみんなに一目置かれているのであろう。そしてその場は少し和んだ雰囲気に変わり会話が聞こえ始めた。耳にはさんだ会話の内容から推察すると彼らは塀の中で一緒になったことのある人たちであり、これはいわゆる同窓会であったのである。だから「いつ入った」とか、「いつ出た」とかそういう話題で満載だった。私はその程度の事務的な会話ならばいいのだがあまりリアルな内容は聞ききたくない、と心の中で祈っていた。
 
 それから30分ほどした頃か、また一人が電話していて誰かに店の場所を教えていた。今度は前のように1回ではわからなかったようでその後5分ごとに電話がきて同じことを何度も伝えていた。電話の先の人は「おやっさん」と呼ばれているようであった。やがてやっと1階に到着したという連絡が入ったようで、再びエリアは緊張感に包まれた。そうであった。まだ中央の壁側が最後の席として一つ空いているのだ。男たちが5名ほど店を勢いよく飛び出して階段を走って降りていった。「あにさん」と呼ばれた男も立ち上がってスーツの襟を正して到着を待つ態勢が整ったようだった。さあ、いよいよラスボスのご降臨である。
 

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 ここまでくると開き直った気分で、もうどうとでもしてくれと私が思ったその瞬間から窓ガラスの向こうが騒々しくなってきた。やがて一団が円陣を組むような形で誰かを囲むように階段を一段ずつゆっくりと上ってくるのが見えた。私の目にはそれが祭りの神輿のようにも映った。そしてその一団が階段を上り詰めたところで円陣は魔法のように解かれた。そしてその中から現れたのがラスボスで・・・・それは杖をついた小柄でよぼよぼのおじいちゃんだった。誰かがささえてあげないと一人では歩くことはできない様子である。やがて「おやっさん」はみんなに抱えられるようにして中央の壁側の席、つまり「あにさん」の対面にやっとのことで腰を下ろした。彼は何も言わずすぐに震える手でタバコに火をつけて吸い始めた。彼の風貌だがたとえて言うならば柴又帝釈天の住職・笠智衆の中の人という感じで彼を一回り小さくしたようで、どことなくのようなものを漂わせていた。「まだタバコ吸ってるんですか?」みんなは口々に言って笑いあった。彼はもごもごと口を動かして何か答えたがまったく聞き取れない。それでまたみんなは大笑いしてエリア内には和気あいあいとした雰囲気が出来上がった。「おやっさん」はみんなの顔や名前を覚えているような感じではなかった。みんなの方も「おやっさん」のご尊顔を拝することができただけで満足であり、それ以上会話しようとしていないのもよくわかった。つまり「おやっさん」という存在は仲間みんなの偉大なるアイコンに他ならなかったのだ。こうして全員がそろったところで、店員が3人もやってきて一斉に注文をとった。意外なことに一行の注文は飲み物だけ、それもコーヒーか紅茶であってアルコール類はなかった。その店は実はいわゆるドリンクバーのシステムであり、原則自分で飲み物を取りに行くことになっているのだが、なぜかこの時、このエリアだけは店員が飲み物を運んできてくれた。
 
 こうしてその日、いつも通りのはずだった私の朝は意外な世界に変容したわけであるが、いまだに謎なのはそういう方々が時々同窓会で旧交を温めるのはいいとしても、なぜ日曜日の朝、そして場所がファミレスなのかである。またお会いする機会があったらその時にはぜひお尋してみたい。その時までラスボス、お達者で。

カナディアン・スナイパー

 少々物騒ではあるがこういうニュースが流れた。

www.bbc.com

 カナダスナイパーが3.5km先にいる標的に命中させたという。
 

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 狙撃距離3.5kmは渋谷駅と新宿駅の間の距離に相当する。かの有名なスナイパーゴルゴ13でも最大狙撃距離は2kmと言われているから現実世界はそれをはるかに超えている。当然、弾道は放物線を描くことになるがその途中においてどの程度の高さまで上がるのだろうか。それを計算で求めてみることにした。
 記事によると山岳地帯から狙ったようだがここでは地表から地表に向かって発射する場合を考え、空気抵抗、風の影響などの変動要因は無視するものとする。初速度v0、角度θで発射されたライフルの弾道は、水平、垂直方向の座標をx、yとすると時間tをパラメータとして、
 

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と表される。これらの式から再度地表に戻る時刻とその時の水平距離をt0、x0として解くと、 

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となる。今回の事例では、 

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ということらしいのでこれを代入してv、θの連立方程式として解くと、 

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が得られる。続いて弾道が描く放物線の最大高度を求める。垂直方向の式である。最初に掲げたyの式を変形すると、 

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 となる。第一項はちょうど中間地点で最大の高度となることを示しており、第2項がその時の最大高度y0に対応する。 

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 これを実際の数値で計算すると122mとなる。つまり30階建てのビルの高さに相当する。

 以上を整理すると、このスナイパーは発射速度1,285km/時のライフルを用いて角度7.9度で弾丸を発射、弾丸は5sec後に最大高度122mに達する放物線を描いたのち、発射から10sec後に3.54km先の標的に命中した、ということになる。