★Beat Angels

ディーンは路上放浪には打ってつけの男だ。というのも彼は実際に路上で生まれたからだ。

とんでもおじさんの装置(その2)

前回の続きである。


とんでもおじさんの装置によれば、2本の棒の交点が光を発する。

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落下する棒の角度をうまく調整することで、光の移動する速度を光速とすることが可能である。


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この場合、観測者からみると向かってくる方向の光は棒全体が一斉に発光するように見える。つまり、光の速度が無限大(∞)に見えるということである。
 

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このことは言い方を変えると、観測者から見ると落下してくる棒があたかも水平に落下してくるように見えるということである。つまり、棒があたかも実際よりも回転したように見えるということである。この角度について考えてみる。前回、絶対時間とみかけの時間について、

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という関係式を用いたが、これを使って観測者からのみかけの速度V’を求めると、

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となる。これを用いると、落下する棒のみかけの角度θ’は、

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となる。θに添えた"1"は、観測者に光が向かってくる場合を示している。ここで定義である、 

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を用いることで、

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が得られる。光が通過した後についても同様の計算により、

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となる。実際問題として、高速cvに比べて非常に大きいので、これらθについては、

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が近似的に成り立つ。これによれば、上記の式は、

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と単純化が可能である。

これより、とんでもおじさんの装置は、落下してくる棒を観測者から見てみかけ上、

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の角度で回転させる装置であることがわかる。

最初に示した例で通り過ぎる光が観測者からみてどのように見えるかを示したのが下図である。

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通過前までは棒は水平に落下してくるように見える。やがて棒全体が一斉に発光する。この瞬間、光の速度は無限大である。観測者が向きを変えて前方を見ると棒は突然角度を変えて光の点は光速の半分の速度で進んでいく。

こうして、まっすぐのはずの棒が観測者においては折れ曲がって見える、という事実に遭遇する。
 

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図の右のケースは、後方(右側)の棒の傾きが反転している。この場合、光の列が観測者から見て前方、後方の両方向に遠ざかっていくように見える。

ここでは相対論におけるローレンツ収縮は考慮していない。単に光の速度が有限であることだけからくる当然の帰結である。また、とんでもおじさんの装置に限った話でもなく、普通に運動する物体には共通の内容である。とんでもおじさんの装置は手軽に光速を超える運動を視覚的に模擬できてその不思議な世界観を体感できる優れた教材であることは間違いない。

とんでもおじさんの装置

学生時代の文化祭で僕たちはいきなり見知らぬおじさんに声をかけられた。紺色のブレザーを着て大きなカバンを抱えた初老のおじさんであった。黒縁のメガネと茶色のベレー帽という風貌は学者風にも見えないこともない。「ちょっといいですか?」と彼は言うとこちらの返事も待たずにカバンから書類の束を取り出して僕たちに渡した。

-実は相対論は嘘なんですよ。これにその証明が書かれています。

渡された書類というのは新聞のちらしを集めてひもで閉じたもので、ちらしの裏側にびっしりと数式やら図やらが並んでいる。僕は友人と三人で小一時間、キャンパスのベンチで彼の講義を受けたのだがさっぱり理解できなかった。

-だって、この世界があんなにわかりにくくできているはずはないじゃないですか。相対論を実は誰も内容を分かっちゃいません。それがアインシュタインの陰謀なんです。

結局言いたいのはそれがすべてらしかった。

今にして思えば、彼などがいわゆるとんでも系の人だったのだろう。自分がある理論を理解できないときに、それは実は誰も理解していない、本当は自分の理論が正しいのだがそれが認められないのは陰謀があるからだ、と信じこむ面倒な一団である。おそらく当時は学会や実社会ではだれにも相手されないので学生を相手にすることに決めて文化祭などを廻って説得工作を展開していたのだと思う。

さて、そのとんでもおじさんが相対論を嘘だという説明を紹介する。

一本のどこまでも続く長い棒を考える。そこにもう一本の長い棒を斜めにして落下速度vで落とす。


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斜めなので二本の棒は一点で交わる。交わった点ではその瞬間だけ光を発するような仕掛けになっている。すると、棒のすれ違いに応じてその光の位置は時間とともに移動していく。


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そしてこの角度θの値を極限まで0に近づけることは現実的に可能であるので、θの値によっては光の速度Vを光速を超えるようにすることが可能である。一方で相対論は何物も高速を超えて運動させることは不可能である、と言っているので相対論は嘘である、という論理であった。

これはおじさんの初歩的な誤りである。相対論が言っているのは運動する物体を加速させて光速を超えることはできない、ということだけである。おじさんの装置では光の点はみかけ上移動しているように見えるが、実はなにも移動していない。光も棒と棒の交差点における独立の現象が、みかけ上あたかも時間的に連続して動いているように見えるだけなのであり、相対論とはまったく関連性のない事象である。


おじさんとの相対論の話はここまでとして、このおじさんの装置のだけのことについて考えてみる。

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となるので、おじさんの言う通り、この光の列のみかけの運動は角度θをうまく制御すれば光の速度を超えることが可能になる。つまり、

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 とすれば、

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である。これはこれで正しく、みかけだけの事象だとしても非常に興味深い。おじさんの装置の光の動きが光速を超えたときにこれを観測する人の目から見てどのように映るだろうか。

棒の上に立っている人を考える。光は遠方からやってきて通り過ぎ、遠方へと消え去る。棒の上の人の時間をtとして、すれ違う瞬間をt=0とする。彼が観測する光が実際に発せられた時間をt’とすると、tとt’には、

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という関係式が成り立つ。t=0を境界に見え方は大きく変化する。またVの比で見え方は決定される。次の代表的な4つのケースを考える。

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これらをグラフとして表すと、下記となる。

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各ケースでの観測者からの見え方を概説する。便宜的に観測者に光が近づく方向を後方、光が遠ざかる方向を前方と名付ける。t=0は前方、後方の境界である。

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速度が光速に比べて小さい場合は、光は特に違和感なく観測者を通り過ぎていく。

 

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速度が光速に近づくにつれて、後方は速度が速くなっていく。逆に前方はゆっくりとなっていく。実際には光源自体はどんどん速くなっているのだが、 ここでいう速い、ゆっくりというのは実際の光源の速度に比べてそう見える、という意味である。

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やがて光速に等しくなると、後方はすれ違う瞬間まで何も見えず、すれ違う瞬間、後方の棒のすべての点が一斉に光る現象が観測される。きっとまぶしいに違いない。これは下図のように説明される。


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さらに速度を上げる。

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速度が光速を超えると、さらに不思議な現象が観測される。すれ違った瞬間から前方だけでなく、後方にも光は逆行して進んでいく。


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従って後方を見ると、過去をさかのぼっていく映像をみている錯覚に陥る。これはタイムマシンなのか。

これはあくまで見かけ上の話である。繰り返しとなるが、おじさんの装置における光の列は決して移動していない。個々の独立事象の偶然の羅列に過ぎず、因果関係はなんら存在しないのである。

ツルカメ算

子供が算数のツルカメ算を教えてくれと言ってきた。ツルとカメが合計で10匹、脚の数が合計で30本、ツルとカメはそれぞれ何匹か?という例の問題である。


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-どこが分からないの?

-10匹ともツルさんだとすると脚の数は20本。あと10本足りないからツルさんをカメさんに置き換えて2本ずつ増えると置き換えは5回、だからカメさんは5匹、というんだけど、この置き換えというのがよく分からない。置き換えるってどこからカメさんがやってくるの?置き換えられたツルさんはどこへ行くの?元々、ツルさんもカメさんも数は決まっているんでしょ。

うん。一理ある。

-じゃあ、こうしてみたらどうだろう。すべてのカメの脚を2本切る。

-かわいそう。

-想像の世界の話だよ。考えようによっては置き換えるほうがもっと残酷かもしれないでしょ。

-うん。

-すると10匹全部脚は2本になるので脚の数は全部で20本。元々30本あったのが10本減ったのはカメが2本ずつ減ったからなので、カメは5匹。

-うん、それならばわかる。ありがとう。

翌日、子供はうかぬ顔で帰ってきた。

-動物の脚を切ってはいけないって。

-そうか。じゃあ、こうしよう。すべてのツルに脚を2本加える手術をする。すると10匹全部が4本脚になるので脚の数は合計40本。30本から増えた10本は・・・

-もう、いい。

ルリさん

静かな夜のことだった。その年老いた教授は湖畔の洋館の2階にある書斎でひとり本を読んでいた。教授はその日、窓を閉め切ったままで古い書物の整理をしたので、古ぼけた部屋の中にはほこりが舞っている。それでろうそくの炎はちりちりと小さな音をたてていた。教授はいつものように窓辺に行って窓を開けた。深い闇の中に森が広がっていた。教授は机に戻るとろうそくだけの灯りを頼りに静かに本のページをめくっていた。
 

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ページを照らす明かりが少し揺れたかと思うとルリさんが窓から部屋に入ってきた。教授が壁の掛け時計をみると夜の10時を少し回ったところだった。いつもの時間か、教授は独りごちた。部屋に舞い込んだルリさんはいつもと同じ鮮やかな瑠璃色のワンピース姿だった。スカートのすそには水色の淡い刺繍があつらえてありいつもながらに清楚で愛らしい。

ルリさんは教授の隣に立つと言った。

-今日は一日、口笛の練習をしていたんですよ。

ルリさんの会話はいつでもとりとめがない。教授は立ち上がって窓を閉めた。ルリさんと二人だけの部屋は一段と静けさを増した。

-今夜は何をして遊びますか?私はかくれんぼがいいな。

ルリさんは教授に目をつぶるようにお願いすると壁に近づいて、体を器用に折り曲げるようにしてそっと身を隠した。ワンピースの鮮やかな色は見えなくなった。教授はやがて目を開けて部屋を見回したが、ほどなくルリさんを見つけた。それは教授の仕事柄なんでもないことだった。

-見つかってしまいました。私、かくれんぼはあまり得意でないみたいです。

それからルリさんは黙ってろうそくの炎を眺めていた。教授は本に視線を落としたが、時折ルリさんの愛らしい横顔を見つめた。ルリさんはそれに気がつくとやさしく微笑んだ。老境に差しかかった教授は、ルリさんと会うといつでもみずみずしい甘い果実をほおばっているような気持ちになるのだった。

窓をコツコツと叩く音がした。ルリさんは少し驚いて窓のほうを見つめた。

-あら、誰かいらしゃいましたか?

教授は嫌な予感がした。ルリさんとの時間を誰にも邪魔されたくなかったのだ。教授が窓を開けてみるとその予感が現実となった。突然、するりと何者かが部屋に侵入してきたのだ。

それは薄緑色のタキシードをまとった青年だった。襟には茶色のふちがあり、見事な色合いだった。まるで宝石のヒスイのようだ、と教授は思った。端正な顔立ちと落ち着いた身のこなしは高貴な生まれであることを物語っていた。貴公子とはまさにこれか、と美しいタキシード姿に呆然と見とれていた。

ふと我に返って教授がルリさんを見ると、彼女の視線もヒスイの青年のタキシード姿に釘付けになっていた。感動の余り、声も出せない様子だった。教授はこのヒスイの青年の正体をすぐに見抜いた。教授はそれをルリさんに告げた。

-よく見てごらん。ルリさんは休んでいるとき、きれいなワンピースは見えないように隠すだろう。でもこの青年は同じ休んでいるときにこんな風にきれいなタキシードを見せびらかしているじゃないか。その違いをよく考えるんだ。

ルリさんの耳に教授の声はすでに届かないようだった。ヒスイの青年の美しいタキシードに夢心地の表情で見入っていた。やがて青年が部屋の中をくるくると舞い始めると、ルリさんも同じように舞って青年を追いかけた。若く美しい二人はまるで夢の世界を楽しく浮遊しているようだった。やがてヒスイの青年が窓から闇の中に飛び出すとルリさんもそれを追って部屋からいなくなった。

一人残された教授はためいきをつくと窓によって暗闇を見つめた。二人の姿は見えなった。そしてルリさんにはもう二度と会えないような気がした。そしてこの道ならぬ恋の行方を案じるだけであった。教授は机に座ると黒縁の眼鏡をはずして手元に置いた。そして開いたままだった図鑑のページを静かに閉じた。


ルリタテハ

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ja.wikipedia.org


オオミズアオ

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ja.wikipedia.org





そっちか、トランプ君

こんな記事を読んだ。

www.asahi.com


ジョシュア・トランプ君が妹さんと一緒にトランプ大統領の一般教書演説に招待された。デラウェア州に住む小学6年生である。トランプという名字のせいで学校でいじめにあったとか。


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本当にそうなのだろうか。私は違うと踏んでいる。真の問題はきっと名前のジョシュアの方である。

filmarks.com


映画の方のジョシュア少年はトランプ少年と同じ年ごろ、そして彼にも妹がいたような気がする。ダミアン君ではなかったことは不幸中の幸いであるが。

生命表と年金システム

厚生労働省の発表する統計データの一つに生命表というものがある。個人的にはまずこの「生命表」というネーミングが簡潔で気に入っている。 

おそらくいつものお役所仕事だったら「年齢別生存・死亡関連各種統計一覧表」などという堅苦しい名前になるのだろうが、この生命表という名前は最初にこの統計を立ち上げた人の信念や心意気がひしひしと伝わってくる気がする。

最新の生命表(男)を下表に示す。データはEXCELベースでも公開されており、自由に活用が可能である。

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表の中で定義された関数については丁寧な解説が添えられている。
 

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学術的に明快であり、記号の添え字もなかなかのセンスである。しかしなじみのない関数もいくつか登場している。特に死力、唐突に登場しているが解説がほかの関数に比べてそっけない。ほかの関数との関連性も理解できない。何か陰謀めいたものを感じる。まず「死力」なる関数の実像に迫ってみた。表の数値から逆算した結果である。

生存数(lx)、死亡数(dx)だがこれらは当然、

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という関係にある。これを微分して変形すると、

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となり、ここに登場した、

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が死力の定義であると推察する。この死力を用いると、人口の減少率は、

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と書ける。

つまり、死力とはある人がX歳になったその瞬間、「死」が全体の生存者数のどのくらいの割合を自分の世界に引き込もうとしているかを示す恐ろしい関数である。当然、それは年齢Xが増えるほど高くなるであろう。

60歳、70歳、80歳についてここ20年間の死力の推移を調べてみた。

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長寿命化に伴い、死力も低下傾向にある。特に80歳の低下は著しく、現時点では0.05を下回っている。ということは80歳の方々も死がロックオンしているのは20人に1人程度しかいないということである。

次にこの死力と他のパラメータの関係を考える。生存率は、定義より生存数を用いて、

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であるが、これは死力(μ)を用いると、

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と書ける。

平均余命(e)は、生存率(P)を使って、

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が成り立つ。これを図示すると、下図のようになる。

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年齢の人の平均余命は以上の範囲の面積(黄色)に対応する。これは①②の面積が等しくなるように引いた境界線ととの差に等しい。


さて、この生命表は特に年金システムにおいて非常に重要であろう。

年金システムとは保険料を収入として、それを積み立てた資金を運用して利子を得て、対象者に給付を行うシステムである。これらの収支のバランスをとることがシステムの長期にわたる安定化のために重要である。しかし、生命表のデータの推移が示すように我々の生存・死亡秩序は時々刻々と変化している。その変化に対応して常に年金システムの制御が行われなければならない。その制御はどのようなものなのだろうか。

積立金Gxは、初期の積立金をGo、利子収入をIx、保険料収入をAx、給付金をBxとすれば、

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と表せる。これをxで微分すると、

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となる。年齢の人がその後一生涯受給できるために保有すべき資金の平均値Gxを考える。ここで受給額を簡単のために年間”1”として、利子による資金の増加について、

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となる利力δを導入して計算すると、

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が得られる。利力(σ)が高ければ高いほど、Gxは小さくなり、初期の資金は少なくて済むことを意味する。特に利子の効果がない場合(δ=0)は、Gxは実は平均余命そのものである。 

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このようにして、生命表の統計データの変化、利率の変化などに対応して、保険料、給付金などがバランスよく運用されていると思われる。

最近、新聞をにぎわしている賃金統計の不正は年金システムにどのような影響を与えるだろうか。保険料に対しては平均賃金統計から配賦率が定められて、それで実際の徴収がが行われていると思われる。となると当然、不正な賃金データに基づいて算出された配賦率は正しくなく、結果的に徴収額は誤っていることになる。

厚生労働省のすべての統計に不正があるとは思わない。この生命表が最初に公表されたのは1902年のことで、すでに100年以上の歴史がある。生命表という名前に象徴される誇りと伝統に立ち返って襟を正していただきたい、と願う。

里山合戦記

当時小学5年生だった僕と両親は、父の実家のある里山の村にしばらく身を寄せることになった。理由は父が事業で失敗したからだ。というのは実は大分あとから知ったことだった。里山は僕の住んでいた町からはるか遠く離れたところにあり、海を渡り、汽車に乗り、その終点からバスを幾度も乗り継いだところだった。元気のない両親とは裏腹に、僕には目にするものすべてが新鮮でピクニック感覚で一人はしゃいでいた気がする。

バスを降り立った僕の目の前に里山はまさに春であった。


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父の実家には父の兄にあたる叔父夫婦と兄と妹の二人兄弟が暮らしていた。叔父の家につくと、玄関先にあらわれた叔父は父に向かって優しくこう言った。「ここでしばらくゆっくりするといい。そうしたらまた次の仕事をやろうという気もおきるだろうよ」僕たちが玄関先で話をしていると、家の奥の方で騒がしい音が聞こえたかと思うと台所への入り口と思われるところから二つの顔が飛び出した。叔父があきれた顔で言った。「お前たちはあいさつもできないのか。タケシ君を見習ってちゃんと挨拶せい」兄妹二人がやっと玄関まで出てきて並んで僕たちに頭を下げた。マサジは僕よりも一つ年上、坊主頭で大柄なわんぱく少年という感じだった。妹はまだ幼稚園生だった。

両親と僕は離れの部屋に通された。両親はそこで荷物の整理を始めていたが、マサジがドアのところにやってきて僕に出てくるように手で合図した。僕はマサジに連れられて家の外に出た。妹も大きなサンダルを履いて僕たちのあとをついてきた。マサジは「俺たちの秘密基地を教えてやる」と言って山道をすたすたと登って行った。道端には小川が流れ、都会では見たことのない春のきれいな黄色い花が咲いていた。

僕たちは小高い山の頂上まできた。
「俺たちの家はこの東の里山のふもとにあるんじゃ」その里山は東山と呼ばれているらしかった。里山というだけあってさほど高い山ではなく子供達でも簡単に登れるようななだらかで小さな山である。東山の頂上は広場になっていてそこでは子供たちが何人かでサッカーのボールをけって遊んでいた。広場のはずれには大きな木があってその真ん中の高さくらいに小屋のようなものが見えた。それがマサジのいう秘密基地だった。

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マサジは仲間たちを呼び集めてその梯子を上って基地の中に入った。「ここが俺たちの秘密基地じゃ」そこにはお菓子やリンゴ、大人の雑誌なども無造作に置かれていた。マサジは僕を仲間たちに紹介した。そしてリンゴをかじりながら基地の窓に立って隣の山を指さした。ちょうど同じくらいの里山が見える。「あれが西の里山、西山じゃ」そして二つの山のちょうど中間のあたりにある白い建物を指さして、「あれが俺たちの学校じゃ。明日の朝一緒に行こ」

翌朝、学校に行くと先生は僕を紹介した。学校は小さくて生徒数も少ないので高学年、低学年の2つのクラスしかない。1クラスは10人余りである。この学校には先生も二人しかいないのである。僕は高学年組で学年が違うマサジと同じ教室で勉強することになった。先生は僕の紹介が終わると僕の席は教室の一番後ろだと説明した。

僕が席に向かって歩き出したとき、マサジが立ち上がって言った。「タケシは俺のいとこだから、いじめたら承知せんぞ」僕は机の間を歩いていく途中で足元の何かにつまづいて転んでしまった。マサジは大きな声で言った。「おい、サヨコ、何する?」サヨコと呼ばれたおかっぱ頭の女の子が言った。「しらね、勝手につまづいたんじゃろ」サヨコはマサジと同じ学年で僕よりも年上だった。ズボンをはいて上下を黒ずくめで、男の子と言われても信じてしまうほどがっちりとした体格だった。マサジはサヨコをにらみつけていたがサヨコはどこ吹く風と横を向いて相手にしていなかった。


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学校が終わると、マサジと僕と仲間たちは東山の基地に集合した。10人ほどである。マサジの話によると、子供たちは家の場所によって、東山と西山に分かれて対立している。どちらも10人ほどで、こちらの大将はマサジ、西山の大将はサヨコ。こちらは男の子が多いが向こうは女の子が多い。そして毎日、捕虜ごっこなる遊びで争っているのだそうである。「説明するよりも実際に見るのが一番じゃ」マサジはそう言って、みんなを連れて西山に向かっていった。山道をくだってまた登っていく。ほどなく西山の頂上に近づいた。そこに3人の男の子がサッカーをして遊んでいた。

マサジは指を口元に立てて静かに近づくように仲間たちに伝えた。「いけー!」マサジが号令をかけた。仲間たちは奇声を上げて草むらから一斉に飛び出した。西山の子どもたちはいっせいに逃げ出した。僕は立ち尽くして見守るだけだった。やがてマサジは向こうの男の子の一人を捕まえた。みんなは追いかけるのをやめて集まってきた。そしていやがるその男の子を東山へと連れ帰った。基地の下までくると、みんなはその男の子の服を脱がせて裸にした。そして4人がかりで手足を抑え込むと、マサジが出てきて、裸の男の子に向かってあろうことか放尿を始めた。それが終わると男の子は解放され、服を片手にして今来た道を逃げ帰っていった。みんなはそれをみて、笑いながら勝どきを上げた。

僕は茫然とそれを見ていただけだった。マサジがこう説明した。「これはな、昔、ここの氏神様がこうやって悪霊を退散したという言い伝えからきたシンジじゃ」僕はマサジに「シンジって?」と尋ねると「神様に代わってやってあげてる良いおこない、ということじゃ。次はお前も相手を捕まえるんじゃ」マサジはそう言った。

次の日、学校に行ってみると、サヨコが怖い顔で睨みつけていたが、教室では捕虜ごっこの話を口にするものもなく、かと言って先生に告げ口するものもなく一日が過ぎた。

学校が終わると僕たちはすぐに基地に集合した。マサジがその日の作戦を説明した。サヨコたちは昨日の復讐を計画するために集まっているはずだ。でも、こちらが昨日続いて攻撃してくるとは思っていないのできっと油断しているはずだ。そこを狙うんだ、ということだった。僕たちはすぐに西山に向かった。

西山の頂上には木がないので、東山のような基地は作られていない。意に反してサヨコの仲間たちは草むらでみんな輪になって楽しそうに話をしていた。輪の真ん中にいるのがサヨコであった。西山の子どもたちは女の子が多かった。僕たちは草をかいくぐりそうっと近づいていった。やがてマサジは叫んだ。「それ行けー!」女の子たちはすぐに逃げ始め、僕たちは追いかけた。僕も一緒に飛び出したものの、どうしていいか勝手がわからない。ふと見るとすぐそばの岩場で小さな女の子が影に隠れていた。ミキという名前の下級生である。僕は
うしろからそっと近づいて抱き着いた。女の子は怖がっているのか身動きもしなかった。僕は慌てて「捕まえたぞー」と自然に声を出していた。仲間たちが集まってきた。

「初めての合戦で捕虜をつかまえるとはなかなかやるな」マサジがそう言った。僕たちはミキを連れてまた東山まで凱旋した。マサジは「俺たちが押さえててやるから昨日の俺と同じようにやるんだ」僕は引くに引けなくなってしかたなくマサジの言うとおりにした。びしょびしょに濡れたミキはすぐに解放されて、服を抱いて泣きながら走り去っていった。マサジたちは指をさしながら笑い転げていたが、誰かが僕にこう教えてくれた。「あれは、サヨコの妹だ」僕は初日から大変なことをしでかしてしまった、このままでは済まないだろう、そしてこれからどんな運命が待ち受けているのだろうかと不安になった。

翌日、学校に行くとサヨコがいて僕をにらみつけるように見ていた。何も言わなかったが逆にそれが恐ろしかった。

それからも捕虜ごっこは延々と繰り広げられた。しかし僕は仕返しを恐れてあまり積極的には参加しなかった。転校生ということで遠慮もあるのか僕をあまり狙っていないようだった。ミキのこともおそらく忘れてくれたのだろう、と勝手に考えていた。



里山に夏が来た。

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村には夏祭りの日がやってきた。学校の校庭には盆踊りのやぐらができていて、片隅にはテント小屋も建てられていた。盆踊りが始まる頃にはこの田舎町にこんなに住んでいたのか、と驚くほど大勢の人が集い、みな我を忘れて踊っている。僕がいつも参加していた団地の盆踊りとは全く違う熱気に満ちていた。僕はといえばテント小屋が気になっていた。そこで曲芸師が芸を披露し、面白い見世物小屋が並んでいるらしい。でもそこに入るには入場料を取られるのだとマサジが教えてくれた。

「裏からこっそりと忍び込もう」僕とマサジはテント小屋をぐるりと回り、裏側に向かった。テントの中には明かりがともり、中を動き回る人たちの影がテントに映っていた。時折、中の人たちから歓声や笑い声が沸き起こっている。きっと曲芸師が何か芸を披露しているのだろう。マサジは言った。「俺がここで見張ってるから、ここから入るんじゃ」僕はどきどきしながら腰を低くしてテントの裾を持ちあげて開けて入ろうと頭を入れた。すると、テントの中には見張りの人がいて「駄目じゃ、駄目じゃ、そんなところから入っちゃ」僕はテントの外に押し出された。マサジは「こう、やるんじゃ」と言って、テントの裾に尻を向けてあとずさりする形で尻からテントの中に入っていった。またテントの中から見回りの男の声がした。「駄目じゃ、駄目じゃ」僕はやっぱり見つかったかじゃないか、と思った。しかし「駄目じゃ、そんなところから出ちゃ」そう声がして、マサジの体は魔法のようにテントの中に吸い込まれていった。

残された僕は同じことをする勇気もなかったので、その場を離れて盆踊りの会場に向かった。その途中でいつも通りのズボン姿のサヨコとすれ違った。僕を少しにらんだけで何も言わなかった。祭りが終わって家に帰るとマサジはテント小屋のことを僕と妹に得意げに話をした。そこにはヘビ女という薄気味悪い女がいてそれがサヨコそっくりだったらしい。



里山に秋が来た。

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里山は綺麗に色づいた。僕たちの里山での捕虜ごっこは相変わらず続いていたのだが、この華やかさの中でとうとう僕が捕虜になってしまう日がやって来た。

その日、僕たちはいつものように捕虜ごっこのために西山に向かって山道を歩いていた。すると、草むらから黒い影が一斉に飛び出しかと思うと僕をめがけて取り囲んだ。完全に不意をついた奇襲だった。あきらかに狙っているのは僕だけだった。マサジたちはさっさと逃げ出していった。僕は手を縛られて囲まれるように西山の基地に連行された。縄を持っていたのはサヨコの妹のミキだった。僕は逃げようともがいたが、サヨコは「大人しくしろ」と言って僕の股間をぎゅっと握ってきた。女の子とは思えない怪力だった。僕は悲鳴をあげて反抗をあきらめた。西山に到着すると僕はすぐに丸裸にされてしまった。

それから両腕、両足を4人に固定された状態にされると、サヨコはミキに向かって、
「さあ、復讐だよ」と命令するとミキは僕の上にまたがった。僕は悲鳴をあげた。ミキは僕の上でもじもじするだけだった。そして困ったような顔で「出ないなあ」とつぶやいた。女の子たちはみんなで笑い転げた。「じゃあ、私がやってやる」ひとりだけ笑っていなかったサヨコはそう言ってズボンを下すと僕の上に脚を開いてまたがった。「わー!」僕はおもわず悲鳴を上げて目をつぶった。


その時である。大きな掛け声とともに草むらからマサジたちが一斉に飛び出してきた。それが反撃の始まりだった。そして大混戦となりその果てにマサジはとうとう大将のサヨコを捕虜にすることに成功した。「とうとう大将を捕まえたぞ!」マサジたちは勝どきを上げた。そして僕たちはサヨコを後ろ手に縛りあげた。サヨコを基地まで連行すると僕たちはまわりを取り囲んだ。
「さあ、脱がすぞ」マサジはそう言って、サヨコの着ていたセーターとズボンを脱がした。サヨコはあきらめたのかおとなしくなっていた。びっくりするほど大きな胸がみんなの前にあらわになった。

「大きい胸じゃのう。さあ、タケシ仕返しするんだ。もんでやれ」マサジは僕にそういった。僕は断ることもできず恐る恐るサヨコの胸に手を伸ばそうとしたときだった。「う、腹がつっぱる」サヨコが急に腹を押さえて身もだえ始めた。苦しそうな顔をして崩れ落ち、膝立ちの姿勢になった。僕たちは驚くだけでそれを眺めていたが、突然マサジが「わっ!」と叫んで飛びのいた。僕の目にもサヨコの白い内またを赤いものが伝って流れ落ちているのが見えた。みんなもあとずさりした。マサジは、「お、俺じゃない。タケシが悪いんじゃ」そう言い放つとマサジは逃げ去っていき、他の子どもたちも悲鳴を上げながらマサジの後を追って山を下りて行った。

そこには僕とサヨコだけが残された。サヨコは動かずにそのままの姿勢でいた。僕は草むらに放り捨てられていた黒のセーターを拾い上げてサヨコに着せてあげた。
「ありがとう。大丈夫だから」サヨコはそう言ったが一向に動こうとしない。あたりは暗くなってきた。僕は「早く帰ったほうがいいよ。じゃあね」とだけ言い残してその場を立ち去った。

その出来事以来、僕たちは捕虜ごっこの遊びを自然としなくなった。



里山に冬が来た。

 

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校庭を囲むように植えられた樫の木の葉もすっかりなくなった。そのころ、父の仕事に支援を申し出た人が現れて、父はもう一度事業にチャレンジすることが決まった。こうして僕たち一家はまた町に戻ることになった。

出発の朝、マサジの一家は駅まで見送りに来てくれた。「また遊びに来いよな」マサジは汽車の窓からそう言った。

その時である。駅舎の入り口からおかっぱの娘がひょっこりと顔を出したのが見えた。サヨコだった。サヨコは後ろ手に何かを隠すようにして少し恥ずかしそうにして僕たちの方に駆け寄ってきた。そしてマサジを押しのけるようにして窓の前に立つとその紙の袋を僕に差し出した。サヨコは顔が心なしか赤く、僕に目を合わせないように下を向いたままだった。「これ、食べて!」サヨコが言ったのはそれだけだった。僕に袋を渡すと一目散にかけ去って駅舎の中に飛び込んで見えなくなった。

「なんだ?あれ」マサジはあっけにとられて見送っていただけだったが、しばらくしてぽつりと言った。「あれ、あいつスカートはいとらんかったか?初めて見たな」

汽車は動き出した。僕は窓から身を乗り出してマサジたちが小さく見えなくなるまで手を振った。僕の前の席では父と母はここに来る時とは別人のような明るい顔でこれからのことを話し始めた。僕はサヨコから受け取った紙袋を開けてみた。そこにはまだ色づいていない青いミカンがたくさん入っていた。

当時の僕にはまだ理解できなかったのだが、今ではサヨコの気持ちが少しはわかるような気がする。今でも青いミカンが八百屋の店先に並び始めるのを見ると、あの美しい里山の四季とそれに包まれて過ごした夢のような日々のことを懐かしく思い出すのである。


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