★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

京都鉄道博物館

 19世紀末のアメリカでは鉄道網の建設が急ピッチで進められ、それが間もなく完成しようとしていた。そんな時代の話である。そこに鉄道関係者にとっては不穏なニュースが流れる。それはベルの発明した電話による全米電話網の整備開始のニュースである。鉄道関係者は危惧する。もしも遠距離の電話でリアルタイムに話ができるようになるとそれで用件は済んでしまうだろう。あえて時間のかかる鉄道を利用する必要はなくなる。乗客は大きく減ってしまうのではないか、と。そして戦々恐々としながら事態を見守った。

 ところがそれは杞憂に終わった。ふたを開けてみると鉄道の乗客は逆に増えたのである。それはなぜか。

 それは、電話網が整備されたことで実際に赴いて会える約束を取り交わせるようになったからである。それまでは誰かに会うにしても事前に約束はできず、鉄道を使って実際に行ってみるしかなかった。当然、相手は不在のこともある、忙しくて会えないこともある。それが鉄道を利用しようと決意するときの足かせになっていた。電話網が整備されたことでそれがなくなった。出発する前にちゃんと会える確約がとれるようになったのである。

 こうして考えてみると、人というのは常に相手に「会いたい」生き物なのだ。その後、電話網はさらに急速な発展を遂げ、スマートホン、インターネットの時代を迎えている。今、相手がどこで何をして何を考えているかいつでも手に取るようにわかるようになった。それでも人の本当は実際に「会いたい」という欲求はむかしも今もそしてこれからもきっと変わらないだろう。

 そして鉄道はたくさんの人々のそんな「会いたい」を今日も運んでいる。

 

www.kyotorailwaymuseum.jp

 

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K駅への最適アプローチ

いつも利用するK駅とその周辺の商店街は次の図のようになっている。

 

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 大通りを曲がってK駅前の商店街の通りに入る。駅前通りをまっすぐ歩いていくと目指すK駅に徒歩10分で到達する。乗りたい電車は10分間隔でやってくる。駅前通りは直線で平たんなのでK駅の駅舎を遠く見通せて、フェンス越しに電車が駅に入ってくるのを確認することができる。しかし商店街にはぎっしりとビルや店舗が立ち並んでいるので視界は悪く電車が入ってくるのを事前に見ることはできない。従ってこの駅前通りを歩く10分の間に電車が見えたときには時すでに遅くその10分後の電車に乗らなければならないことになる。

 私は電車の時刻表も見たことはなく時計も持たないのでこの駅前通りに差し掛かるタイミングは電車の10分の間隔とは全くランダムの関係にある。通りを歩いているときもはるか前方に見える電車がとても気になる。しかし電車は見えたときにはもう遅いことは知っているので自然に早足となる。だが帰宅時の疲れもあって無駄に走ることも避けたい気持ちもある。

 このK駅へのアプローチで最適な速度のコントロール方法は何だろうか。

 電車の発車時刻はランダムなので同じ手法を用いても待ち時間は日々変化する。従ってある手法の適性を評価するために期待値(平均値)を用いることとする。

 次にコントロールの良しあしを決定する指標を導入する。待ち時間の期待値)は歩行者Aが角を曲がったときから駅に向かい電車に乗るまでの時間と定義される。これは当然小さければ小さいほど良い。そしてもう一つの要素が疲労度)である。すなわち、

 

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 まず待ち時間の期待値(T)について考える。ひたすら歩く場合を考えると、駅まで歩く時間が10分、そこから10分間隔の電車が来るまでの平均時間である5分を加えて、

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 となる。では走った場合はどうであろうか。走る速度を歩く場合の1/α倍(α=0~1)であるとすると、通りを走る時間は10αとなる。駅で電車を待つ時間の期待値はやはり5分なので、

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 となる。歩いた場合は本式のα=1の場合に対応する。

 続いて疲労度(L)の定義について考えてみる。Lは区間すべてを歩いた場合を0とする。そしてLは走る速度とその時間に比例するであろう。速度が変化するような場合を考えると(走る速度-歩く速度)を時間で積分することが妥当と思われる。 

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 ここでt0は通りを歩くのに要する時間であり、実際の速度に対応して決定される。

歩く速度を基準にして走る速度をその1/α(t)倍であると考える。ここでαは、0~1の任意の値をとる(歩く速度よりもさらに遅くすることは考えない)。こうすると、

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となる。よって、

 

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とかける。α(t)が固定値(=α)の場合には、t0=10αとなるので、

 

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となる。TLは単純な足し算はできないがためしにやってみると、

 

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 となりαに依存しないことになる。これは一定速度で駅まで移動する場合、速く走れば走るほど疲労度が高くなるがその分だけ早い電車に乗ることができてそれが完全にバランスが取れていることを示している。これは計算上の偶然ではあるものの見通しがいいのでこのKを評価指標として採用することとする。

 ここで再度歩行者Aの視点に立ってみる。一定の速度で走るということはAが走行中に見えているはずの電車の到着という情報を活用していないことを意味する。この貴重な情報を活用して速度をコントロールすることでどこまでKを15よりも小さくできるか、それが本稿の解析の目的である。次回以降詳細に議論する。

 

善意の拡散についての考察

 私はとある10階建ての集合住宅に住んでいる。仕事柄、帰宅する時間はいつも遅い。集合住宅のエレベーターは一基しかないので帰りついたときにエレベーターが地上階にないことが多く疲れているのにボタンを押して待つことになる。夜の9時を回ると外出する人はまれであり帰宅する人がほとんどであろう。それならば夜間はいつでも地上階で待ってくれた方が夜帰宅する人には都合がいいはずである。

 エレベーターにはそういった便利な機能もついているのが普通であり、自治会経由で具申してそれを設定してもらえばいいのだろうがここで一つ思いついたことがある。それは自力でこれを定着させられないか、というものである。夜間帰宅してエレベーターを利用して降りる際に、次の深夜帰宅者のために、地上階のボタンを押してエレベーターを地上階に降ろしておく。これが偶然ではなく善意だと気が付いた次の利用者も同じことをする。それが拡散していってやがては完全に定着し、それはいつの日か自分にも戻ってくるはずであろうという性善説に基づく発想であった。

 これを善意の拡散と呼んで数学的に取り扱う。まずモデルを定義する。

 

<善意の拡散モデル>

・N名の構成員からなる集団がある。
・構成員には善人と悪人の2種類がいる。
・善人は一日一善で構成員のランダムの一人に対して善行を施す。
・悪人が善行を施されると善人に変わり、翌日から善行を行う。
・善人は善行を施されても変わらず善行を繰り返す。
・最初の日(t=0)における善人の数を「1」とする。

 

 

 ある日(t)における善人、悪人の数をZ(t)、A(t)とする。計算の容易なA(t)について考える。

A(t)の漸化式は、

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ここで初期条件は、

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である。これを計算する。

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ここで、

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で与えられる全体数(N)に対する悪人の割合を示すA%を導入すると、

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が導かれる。この式を眺めるとtについての指数の指数という形式である。tが大きくなるにつれてA%(t)は通常の指数関数以上の急激さで0に近づいていくことが予想される。

 まず、tが小さい範囲での挙動を考える。Nが十分大きく、tが小さい範囲では近似式、

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が成り立つ。悪人について整理すると式はもう少しすっきりして、

 

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 となる。序盤においては、ほとんどが悪人である。数少ない善人のほとんどは悪人を善化させるので善人の数はネズミ算的に増加していく。しかし、次第に善人の割合が大きくなっていくと善人が悪人に出会う確率も減ってくるので善人の増加は鈍化していく。次に中盤を考える。善人の割合が半分となるのに必要な日数を計算してみよう。そのためには、

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を解くことになる。両辺の対数をとると、

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となる。ここでNが1よりも十分大きいとき、

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という近似が可能なので、

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となりこれより、集団の母数Nに対してその半数が善人化する日数tは、

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で与えられることがわかる。これを具体例で数値計算してみる。N=100の場合、t=約5日、N=10,000の場合、t=約12日、N=1,000,000の場合、t=約18日。地球の全人口である74億人で計算すると、t=約31日つまり地球規模でもたったの1か月で半数が善人となる。

 さてこの考察によれば構成員約100名からなる私の住む集合住宅においては10日間もすればほぼ全員が善人化されて私が深夜帰宅してもエレベーターは地上階で待っていてくれるはずであった。ところが現実は何年経過してもそんなことにはなってくれない。おそらく善行そのものに気が付かないので善人に変わりようがない、という基本的なところに誤りがあった。こうして報われない善行は今後も果てしなく続いていくであろう。 

 ちなみにこの推論は善(Z)と悪(A)を反転させてもまったく同じく成立する。 

<悪意の拡散モデル>

・N名の構成員からなる集団がある。
・構成員には善人と悪人の2種類がいる。
・悪人は一日一悪で構成員のランダムの一人に対して悪行を施す。
・善人が悪行を施されると悪人に変わり、翌日から悪行を行う。
・悪人は悪行を施されても変わらず悪行を繰り返す。
・最初の日(t=0)における悪人の数を「1」とする。

 

 風評被害とか、伝染病の感染がこれに当てはまる。悪事千里を走る。こちらの方がはるかに現実味を帯びているように思えてしまうことが悲しい。

木枯らし紋次郎に必要なものはすべて人生から学んだ。あ、逆か。

 小学校の夏休みの宿題に「動くおもちゃ」というテーマの自由工作があった。それは回転運動を直線運動に変換するいわゆるカムの原理を応用したおもちゃであった。僕は楕円型の円盤を回し上に載ったサーフィンの人形が上下に波乗りをするというものを製作した。回転軸を楕円の中心から微妙にずらすことで、不規則で優雅な波の動きを演出した自信作であった。夏休みが終わってみんなは風呂敷に包んだ宿題を片手に登校してきた。

 教室に入ってみると同級生のアキヒロの席にみんなが集まって騒いでいる。僕も同級生たちの背中越しに覗きこんでみた。アキヒロの机の上には彼の作った工作の宿題が乗っている。そしてアキヒロによる実演。同級生たちから歓声があがった。僕もあっけにとられた。そして完全に負けた、と思った。それはどんなおもちゃだったかというと、

 

 

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 浴衣の帯の一端が水車に固定されている。水車に取り付けられた把手を回すと浴衣の帯が水車に巻き付いていく。人形はくるくると転がりながら、浴衣がはだけていき最後は裸になってしまう、という大胆なものだった。

 このアキヒロのおもちゃは教師(女性)の知るところとなり、すぐに没収されて職員室の奥深くに消え去った。それがその後どういう運命をたどったかは定かでない。

 このおもちゃの意味するところを知らないで単独の作品として評価したらそれは確かに変態へのプロセスに見えることは間違いない。他の子どもへの悪影響を考えると没収は適切な処置であったと言える。しかしこのアキヒロのおもちゃはそんな単純なものではなかった。

 

 小学6年生の当時、僕たちのヒーローはまさしく木枯らし紋次郎であった。それまでのヒーローと言えば、怪獣や悪人を退治する正義の味方だった。僕たちは紋次郎の「あっしには関わり合いのねえこって」というクールな生き方と決して恰好がいいとは言えない太刀さばきに新鮮なあこがれを抱いていたのである。

 アキヒロのおもちゃは紋次郎の「夕映えに水車は軋んだ」という回のラストシーンを忠実に再現したものであった。その回の中で紋次郎は女(ゲスト:大原麗子)の着物の帯が風に揺れているのをトレードマークの長い楊枝を吹き飛ばして水車にくくりつけたのである。おもちゃの方の帯は虫ピンで水車に取り付けられていた。虫ピンは紛れもなく紋次郎の長い楊枝を模したものである。

 

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  僕の作った波乗りの工作はクラスで金賞を受賞した。だがアキヒロの幻の作品の真価を理解し、惨敗を感じ取っていた僕にはさほどうれしいものではなかった。むしろ負けるべくして負けたことに対する心地よい爽快感の方がそれに勝っていた。

類数列

 数学の話題でと言えば、Wikipediaによると、

▮類(クラス)

集合論及びその応用としての数学におけるクラスまたは類(るい、英: class)は、集合(または、しばしば別の数学的対象)の集まりで、それに属する全ての元が共通にもつ性質によって紛れなく定義されるものである。「クラス」の正確な定義は、議論の基礎となる文脈に依存する。 

 

 などであるがここでいう『類』とは吉田類のことである。

 

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www.bs-tbs.co.jp

 

 '17年8月の時点で彼が廻った居酒屋の数は793にものぼる。その再放送を見ながらそれを録画しているのだが、私の観ているチャンネルでは過去の番組をランダムに選んで再放送しているのですべての番組を順番にきちんと録画できているわけではない。録画を始めた頃は快調に録画数が増えていったのだが次第にすでに録画済の同じ番組を繰り返し録画することが多くなってきた。特に半数の約300を超えたあたりから録画数はやや頭打ちの閉塞状態に陥っている。

 いったいいつになったら全部録画できるのかという疑問、言い換えれば不安であるが、それがこの解析の出発点となった。

 

 番組の総数が3つの場合で説明する。再放送はこの3つの番組からランダムに選ばれて放送されるものとする。このランダム性によっていろいろなケースが登場する。まずは最短でライブラリが完成するケースは、

 

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 である。次のように、多少の重複があって完成するケースもある。

 

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 次のようにいつまでたっても終わらないケースもある。

 

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 全体の番組数をN、再放送数をn、それに対応したライブラリ数の期待値Y(n)とする。再放送数nに対するライブラリ数Y(n)の期待値は数列として与えられるが、イメージをつかみやすいように曲線としてあらわしたのが次の図である。

  

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 当然のことであるが1回目の再放送は重複する可能性がないので、すべてのNについて、 

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 が成り立つ。nが増えるにしたがってY(n)も単調に増加してNに向かって収束していくがY(n)自体がNに近づくにつれて重複発生の確率が高くなりその傾きは次第に鈍化していく。この様子をY(n)の漸化式で表すと、 

 

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 となる。これを整理すると、

 

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 となり、等比数列に似た形となる。ここで、 

 

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 となるV(n)(未整備のライブラリ数)を定義すると、

 

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 というきれいな等比数列となる。さらに未整備のライブラリ数のNに対する割合V%(n)を定義すると、 

 

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 というシンプルな式が得られる。これを用いて吉田類のケース(N=793)で数値計算を行う。ライブラリが99%まで整備されるまでに必要となるnの値を計算してみると、n=3,649回が得られる。一日1回再放送があったとしてちょうど10年かかる計算である。なるほど道は遠いはずである。

 

 さてここまでは番組総数Nが決まっている場合を考えてきたが、番組数も増えていく中で(例えば1回/週)、再放送もランダムに同じペース(例えば1回/週)で行われた場合を考えるとどうなるであろうか。

 

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 これは上述の式の中で、 

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 とした場合に他ならない。この場合においては、一度重複が発生してしまうとそれは取り返しがつかないロスとなる。なぜならば上の図において白いの数は単調に増加していくからである。よってライブラリの整備率は100%ではないある確率に収束することが予想される。これを計算してみると、
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 この式は未整備率を示しているので、整備率としては約63.2%に収束することになる。意表をついてこんなところにオイラー定数:eが登場した。居酒屋世界の深遠なる超越性を示しているとでも言えるだろうか。

 

段々広場

こんな夢をみた。

 

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観光地らしいところに5~6人のグループで遊びに来ている。とある扉をあけるとそこには段々の舞台があってずっと下まで続いている。前にベレー帽をかぶったおじさんがいて赤い欄干を飛び越えるとストンと下に落ちた。びっくりして駈け寄ると下には梯子があっておじさんはそれを器用に手も使わずどんどん下に降りていく(顔も前の方向を向いたまま)。

あ、そうするのかと思って同じことをやってみようとするが遥か下まで見通せて怖くなりそれもできない。('10.1.24)