★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

高湯温泉郷

週末を利用して福島市の高湯温泉を訪れた。

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駅から磐梯吾妻山系に向かって路線バスは険しい山道をゆっくりと登っていく。30分ほどで高湯温泉郷に到着。あたりには硫黄の匂いが立ち込める。湯は乳濁質。源泉に近づくと生命の危険あり、という立て札あり。

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創業400年の老舗旅館。現在は17代目だとか。

 

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裏手には立派な薬師堂。

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そして昔懐かしい囲炉裏が迎えてくれる。炭火が優しく温かい。

 

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さてこの由緒正しい旅館に集まってきたのは10名の男たち。到着してすぐに浴衣に着替え、始めたのは部屋での酒盛り。まるで手品のように登場する酒瓶とつまみ。夕食はもちろん正規の酒盛り。終わって部屋に帰るとまた部屋で酒盛り。限界がきて眠くなったものから倒れて布団に入っていくというデス・マッチが深夜まで繰り広げられた。

天罰が下ったのであろう翌朝、外は大雪。

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そして朝から始めたのはやはり部屋で酒盛り。そして露天風呂での雪見酒。さすが会津小原庄助さんの末裔たちだけのことはある。

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やがて男たちは別れを惜しみながら解散。再会を期してそれぞれのいつもの生活に戻っていった。雪の山道を下って福島市内まで戻ってくると、昨日のことがまるで嘘のように穏やかでさわやかな秋が待っていた。

 

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図書館幻想

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その重い扉を開けると薄暗くほこりっぽい館内には果てしなくもなく書架の森が広がっていた。

 


▮第1の森

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左右には高い木が立ち並び小径はやがて狭まって途切れがちな抜け道となっている。それは複雑に入り組んだ草深い道で、草々が両側から触手を伸ばし閉じ込めようとする。旅人はふと道に迷うことを怖れる。そこで近代知の巨人の声を聞く。「森で迷ったときの最もそとに出る近道はひたすらまっすぐ歩いていくことだ。途中で左右へと延びる道がお前を幻惑するだろう。それでも迷わずにまっすぐに歩いていくことだ」

 


 
▮第2の森

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木々の隙間からすれ違うように人影が見え隠れしている。それは寂しげな黒衣の人たちの葬送の列である。旅人は進路を変えてそちらに合流しようとして道ならぬ道を進む。やがて明るい小径に出たときにはすでに葬列は通り過ぎた後で、そこには墓標だけが果てしなく連なっている。ふと生暖かい風が通り過ぎていく。一人残された旅人は累々たる墓標をめぐって各々の墓誌に刻まれている記憶を一つ一つひも解いていく。

 



▮第3の森

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旅人は深く茂った葉の葉擦れの音に無数の人たちの声を聴いた。そこは原生林とは違う然とした秩序に支配されている。時折吹き寄せる風に木々はひとたびは撹乱されるが、やがて静寂が訪れてふと見上げると一段と高度に組織化されている。ここに通底する秩序らしきものの正体は紛れもなく「約束」である。人々の声が怒号へと変わる。生まれ変わるための陣痛のように。

 



▮第4の森

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旅人は1本の樹を見上げる。それは我々を荒野に放擲した禁断の真紅の果実をつけている。大きく時を隔てて、とある人物がこの果実が地面に落下するのを目撃した。そして、大地と木の実の間、そして万物の間に存在する物の摂理を理解した。その瞬間、我々の永い放浪は終わりをつげ、それまで畏怖と脅威の対象でしかなかったこの森と真っ向から対峙する時代を迎えた。我々の関心はさらに無辺の宇宙、矮小な粒子の世界へと広がり続けているが、この深遠な森はその全貌をいまだに明らかにしてはくれない。

 



▮第5の森

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森全体とそれを構成する樹木には古代建造物にも似たシンメトリーが施されている。木の枝、葉たちが織り成すタペストリーには無駄やむらがない。採光も巧妙かつ最適に設計されている。旅人は木の幹を指で触れてみる。どこまでも無機質で生気が感じとれない。この森に充満しているのは調和とそしてそれがゆえの空虚さである。

 



▮第6の森

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この森を支配しているのは目的という言葉。木々は同じ方向を向いてともに活動し、毛根から葉脈にいたるまで常に何かを生み出そうと熱気に満ちあふれている。遠くから生産にあずかる人々の明るい声が聞こえている。これらが向かう先にあるのは幸福な未来。そしてそれは繰り返しをいとわない明快さと単純さで森の地下に潜む底知れない深淵をひたすら隠し通そうとしている。 



▮第7の森

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この森の奥深くには美をつかさどる麗しい女王が君臨しているという。その威光からかここの木々、大地、空はすべて生き生きと脈動してまるで熱帯雨林のようにその生命力を直接訴えかけてくる。そこには表現という気迫で満ち満ちていて足を踏み入れたもの達を空間的、時間的に幽閉してしまう。旅人は女王を一目みたいと願う。しかしその真の姿をみたものは一人もいない。

 



▮第8の森

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旅人が草むらに足を踏み入れた途端、色鮮やかな蝶の大群が一斉に宙に舞いあがる。それは空を覆うような大きな波となったあとゆっくりと雨のように森全体へと降り注ぐ。そして蝶たちは迷うことなく定められた枝葉を探り当ててそこに収まっていく。静まり返った森には翅を休めた蝶たちが自己主張をするでもなく詩人たちによって摘み取られるのを息を潜めて待ち続けている。

 


 
▮第9の森

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ここは広大で豊饒な森。草花は美しく咲き誇り、大地は起伏に富んでいる。森全体は光に満ちあふれて、鳥たちの声はまるで詩のように響き渡る。うっそうと茂った森の奥に一箇所だけ明るい舞台がありそこに一人の少女が番人として立っている。少女は旅人たちに手を差し伸べて一本の鍵を渡す。受け取った瞬間、少女の姿は消えてそこは断崖が広がる。旅人はその眼下に滔々と流れる大河と、対岸からまた果てしなく続く森が空へと続く山脈にまで連なっているのを見る。

 



▮第0の森

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最後の森にたどり着く。小川が弧を描いて流れていて、それをたどっていくと再び元の場所に戻る。この小川はこの森を囲んで無限に流れているのである。「私は道標」という声を聞く。9つの森の中心にこの森があると信じられてきたが実は9つの森全体を取り囲んでいることにここで気づく。ここは終着点であると同時に出発地点。そこで旅人はこの世のあらゆるものが一斉に反転する錯覚に陥る。

 

 

我に返ると私は再びこの広大な書架の森の扉の前に立っていた。  

 

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血液型の数理(分析編)

現在の日本人の血液型の分布は次の図の通りである。

 

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A、O、B、ABの比率はおおまかに4:3:2:1と覚えるとわかりやすい。血液型の遺伝メカニズムから考えてみると、O型が意外に多いのはなぜか、A型とB型で2倍もの差がつくのはなぜか、などが不思議に思える。

前回記事で行列を用いた解析手法について説明した。

 

taamori1229.hatenablog.com

世代交代による血液型分布の変化は次の漸化式に基づいている。

 

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本式を用いて最初の3世代分を書き出してみる。

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第4世代以降も同様の式で表せる。上の式はx(2)はx(1)(つまり初期値)の2次式となっている。下の式に上の式を代入すると、

 

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x(1)の4次式となり式の複雑さは増大する。X(4)などは考えたくもない。これを繰り返していくと、 

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となり、x(1)の2^n次式(10世代目は512乗)となって手に負えないように思える。しかし血液型行列Bには計算を容易にする以下ような便利な特徴がある。

すでに前回記事でこの血液型行列Bijkについては、2つの規則があることを説明した。

(1)人口保存則

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(2)夫婦交換則

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これらに加えて血液型行列はその最大の特徴である次の関係式が成立する。

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これの説明は難しい。しかしこれを実際に使って再度x(3)を計算してみると、

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となり、x(2)から変化しないことがわかる。同様にして計算を繰り返すと結果的に、

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のように2通りの値しかとらないことが分かる。

血液型は初期の分布でほぼ決定される。一度は世代交代して初期の分布とは異なる分布になるがその後は何世代交代してもそこから分布は変化しない。つまり血液型の分布は未来永劫安定であることになる。この様子をグラフにて示す。

まずは血液型6タイプ版。20世代分計算してみた。

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続いて同じデータに基づく血液型4タイプ版である。

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実際に初期値がなんだったのかはわからない。ここでは現在の日本人の分布状態にできるだけ一致するように適当に調整してみた。グラフのとおり、最初に一度だけ変化するがその後はずっと変化しない。これ以降、何百世代繰り返してもそのままである。

血液型システムは非常に安定的であると言える。初期値を変えて試してみるとほぼ任意の分布で安定させることができそうに思える。

初期値次第で決まって変化がない、というのはあまり面白くないので一つ仮説を立ててみた。このシミュレーションの条件として各々の血液型には有意差がないとしたが、こんな記事を見つけた。

 

kotobank.jp


詳しいことはわからないが、妻がO型で子供がA型、B型の場合の組み合わせ特有の事情らしい。これに限定するわけではないがこのような血液型の組み合わせ特有の事情というのがあった場合それが血液型の分布にどういう影響を与えるかを考えてみる。

この不適合の場合を例にとると、血液型行列の要素の中で対応する個所として、

 

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オレンジ色の部分を多少調節してみてシミュレーションを実行した。実際には「-3%」とした。この操作によってこの行列は血液型行列ではなくなり、世代交代のたびに分布は変化することになる。

まず、血液型6タイプとしては、 

 

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血液型4タイプでみると、

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という結果が得られた。今回の問題の組み合わせの子供:A型、B型とそれに間接的に影響を受けるAB型についてはゆるやかに割合が減少していく。これにより影響を受けないO型の割合が増えていくのである。

現在、日本人ではO型の割合がB型よりも多い。他の国には人口のほとんどがO型というところもあるらしい。このような血液型の特定の組み合わせによる小さな影響が何世代にもわたって影響を及ぼしている可能性はあると思う。そしてこの事情が国や地域ごとに異なることで最終的に異なる血液型分布となっていると考えられる。

またもうひとつの疑問であったA型、B型の割合の差(A型がB型の2倍)についてであるが、上のシミュレーションではある仮説に基づいてちょっとした細工を施している。それはA型、B型の初期値をほんの少しだけ差をもたせたのである(±0.2%)。グラフを見てみると世代を追うごとにA型、B型の差は広がっていくのが分かる。あと100世代も進めば差は圧倒的に広がるだろう。これは初期値のほんのわずかな差が「2^n次式」という非線形の複雑さを受けてその影響が世代を超えてじわじわと拡大、表面化してくるのである。

 

血液型の数理(準備編)

血液型の分布とその変化について数学的に分析してみる。
数学モデルとして次を仮定する。

(1)血液型はO,AB,AA,AO,BB,BOの6タイプを対象とする。
(2) 血液型の割合は男女とも同一である。
(3) 結婚は血液型を問わずランダムに行われる。
(4)一組の夫婦は二人の子供を作ったのち消滅する。
(5)世代交代は全世帯同時に行われ、総人口は一定である。
(6)6つの血液型に有意差はないものとする。

数学的な表現方法としては行列を用いることとする。血液型行列として下記Bを定義する。 

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ここで、3つの添え字i、j、kの意味は、 

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とし、行列値Bijkは、 

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を示すものとする。普通の行列とは違って3次元形式である。この行列の特有の性質としては、次の2つである。

(1) 人口保存則

 任意のj,kに対して、

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子供は必ず6通りのどれかに属することによる。これにより人口は保存される。また夫婦が対等な関係にあることから、

(2) 夫婦交換則
 任意のiに対して、

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という夫婦交換の法則が成り立つ。

世代における血液型分布状態を下記で定義する。

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ここでx1~x6は各血液型(順にO、AB、AA、AO、BB、BO)の分布をしめしており、     

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が成り立つ。以上を用いた血液型分布の1世代交代の漸化式は、

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で与えられる。これが世代交代を分析するために重要な式である。やや複雑な形をしているが、特に問題となるのは右辺がxの2次の形式となっていることである。これは血液型の分布の推移がすべての血液型の分布に影響されることによる効果である。この非線形性により分布の推移は複雑化することが予想される。

この漸化式が血液型の分布状態を保存することを確認する。

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 途中で人口保存則、夫婦交換則を適用した。

参考まで、血液型行列Bの具体的な形を以下に示す。3次元なので通常の6x6行列が6つ並ぶ構成である。この表現の中で人口保存則は同じ行・列にある値6個を足すとすべて1になることに対応する。また夫婦保存則はすべての行列が行と列を入れ替えても不変であること、いわゆる対称行列であることに対応する。

 

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この行列表現を使って血型の推移について分析した結果を次回以降報告する。血液型の分布はどのように世代で変化していく性質のものか、現在の日本人の血液型の分布である「A型:37%、O型:32%、B型:22%、AB型:9%」とはどう解釈されるか、そして人類創世期における血液型の分布はどうだったか、などを究明することが目的である。

とある修行僧との対話

あてもなく旅を続けていた私は偶然みつけたその山に惹かれるものを感じてそれに向かって歩くことにした。その山のふもとまで来てみるとそこに「登り口」と書かれた道標があった。その道標の写真を撮っていると、道の反対方向から一人の年配の修行僧が現れた。
  

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僧はまさにその登り口から続く険しい山道に入っていこうとするところだった。私は僧を呼び止めた。そしてその山のことを僧に尋ねた。僧は落ちついた声で言った。

これは霊験あらたかな山です。私は春と秋の彼岸の日に修行としてこの山を登ることにしています。私は朝6時に夜明けともにここを出発してちょうど夕方の6時までちょうど12時間をかけてこの道を登っていきます。この道は頂上まで続いている一本道です。頂上には小さな寺と宿坊があってそこに泊まらせてもらって明日帰ってくるのです。ちょうど太陽が空にいる間だけ山道を歩くということです。

山を見上げると僧のいう一本の山道が紆余曲折を経ながら頂上までつながっているのが見えた。

かなり険しい山道ではありますが12時間ずっと歩き続けるというほどの距離ではありません。私はその途中で、木陰で休憩したり、道端の草花をめでたり、道祖神にお参りしたりと自由に時間を使ってちょうど夕方の6時に頂上に到着するように登っていきます。

僧は続けた。

翌日、つまり明日ですが同じく朝6時に頂上の宿坊を出発します。同じ道をこんどは下っていく訳ですがこちらも同じように気の向くままに自由に時間を使って夕方の6時にちょうどこのふもとの入り口に戻ってくるというわけです。

私はこの修行僧に別れを告げた。修行僧はしっかりとした足取りで険しい道を進んでいった。私は少し山から離れて山がきれいに見える場所を探した。そしてそこからその山を見上げてみた。するとその中腹あたりに山道を登っていく小さな人影が見えた。それはまさしくあの修行僧であった。話してくれたように時折立ち止まっては再び歩き出す、ということを繰り返しているようだった。私はそこから写真をとった。

翌日も同じように私はその山を見上げるその場所にいった。やがて山道にそって僧の姿が見えた。下りの山道は登りよりも速足になるようだった。しかしその分、ゆっくりと花などを愛でながら降りてくるのが見えた。私はまたそこで写真をとった。

私はふもとの登り口で僧を待っていた。僧はぴったり午後6時に戻ってきた。私を見かけると驚いて、あなたも物好きな方ですね、といって笑った。私はその夜その僧を誘って近くにある小料理屋に行き、二人で酒を酌み交わした。私は僧にとった写真を見せた。僧はしばらくの間、カメラを手にして上りと下りの2枚の写真を見比べていた。そしてこんなことを言った。

この2枚の写真には共通点がありますね。

私はそういわれて写真を眺めてみた。そして気が付いた。そういわれれば上りと下りの差はあるものの、偶然ちょうど山道の同じ場所であった。それを伝えると、僧はいった。

共通点はそれだけでしょうか?

私はそういわれてまた写真を眺めてみた。写真をみてもそれ以外は特段変わったことはなかった。しかし右下に表示される時刻の情報をみて気が付いた。写真をとった時刻もぴったりと同じだったのである。

この偶然をどう思われますか?

上りと下りで方向が違うのに同じ時間、同じ場所に偶然いるというは滅多に起こらないことだろうと思って僧にそれを伝えた。すると僧は大きな声で笑いだした。

そうでしょうか。都会で毎日時計に追われながら暮らしているあなたにわからなくて私のような者が理解しているということがあるのですね。実は、同じ場所に同じ時間にいるというのは決して珍しいことではありません。毎回起きているのです。

しかし、毎回上りも下りも時間などは気にしないで自由気ままに歩いたり休んだりしているはずである。それなのに、時間と場所がぴったりと一致するというのがそんなに頻繁に起こるはずはないと思った。いぶかし気な私をみて僧はこう語った。

あなたには見えていないことが私には見えています。私はこの修行をしているときに常に自分と向き合っている。上るときでも明日下っているもう一人の自分のことを考えているんです。二人の自分がいて一人が上って、一人が下ることを考えてみてください。同じ時間に出発して同じ時間にふもとと頂上にいるわけですから、二人は必ずこの山道のどこかですれ違うんです。すれ違うことってわかりますか?同じ時間に同じ場所にいるということです。ちょうど今のあなたと私のように、です。

 

日本人は何人いたのか?

心霊写真特集のような記事やテレビ番組をみていていつも気になることがある。それは①外国人の霊が少ない、②裸体の霊が少ない、③古代人の霊が少ない、ということである。

①については地縛霊というだけあって霊は土着する傾向があるということなのであろうか。あるいは霊は海を越えるのが苦手ということか(ひょっとして塩分?)。②は肉体:霊魂という構図で考えたときに常に服を着用しているというのは不自然な気がする。意外にも霊は礼儀正しいということか。③については霊にもまた寿命があるということなのか。もしも霊魂が不滅ならば縄文人とか平安美人とかの霊が現れてもおかしくない。しかしそれは物珍しさが先行してあまり怖くない。もしもそれらが②の原則で当時の服を着用しているとしたら古代服飾研究のいい材料になると思うのだが。このあたりには何か大人の事情のようなものがあるのかと勘ぐってしまう。

③についてもう少し考えてみる。霊魂が不滅だと仮定すればこれまでこの世に登場して去っていった人たちはすべて霊、もしくはその候補となる。果たしてそれはどの程度の人数になるのだろうか。範囲を地球全体とするか日本だけに限定するかであるが①の原則に基づけば日本だけで考えても構わないと思う。これは霊の話を超えて過去から現代にいたるまで日本人は何人存在したか、という問題である。

西暦0年、つまり日本では弥生時代から現代にいたる人口の推移を次のグラフに示す。

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グラフに示す通り、弥生時代の日本の人口は59万人。ほぼ現在の鳥取県くらいの規模であった。それからの日本は戦乱に明け暮れたため人口の伸びは鈍かったが、幕藩体制が確立した江戸時代から増加が始まり、明治維新を過ぎて爆発的な伸びを示し、現在のピークを迎えている。昨今騒がれているようにこれから日本の人口は急速に減少していき明治維新のレベル(約3千万人)まで落ちてそこで安定するのではないかという予測もある。

このグラフで人口の推移はわかるのだが登場した人の数を算出するためには平均寿命のデータが必要である。時代別の日本人の平均寿命は次の通りである。

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弥生時代の平均寿命は30歳であったがこの2千年の間に3倍近くまで伸びている。特に第2次世界大戦後から70年間で平均寿命は30歳近く伸びている。私は平均に基づけばあと30年生きることになるが、今後もこのペースで平均寿命が延びるとするとその30年の間に平均寿命は13歳伸びる。それからの13年の間に平均寿命は6歳伸びる。これが永遠に繰り返されて私は決して死ぬことはないことが証明される。

さて、この日本の人口推移のデータと平均寿命の推移から西暦0年から現代までに登場した人間の数、つまりいわゆる過去を含めた日本人と言われる人の総数を計算すると、

 西暦0年から登場した日本人の総数:約7億人


となった。西暦0年からとしているが紀元前の石器時代縄文時代などはさらに人口は少ないのでほぼこれを日本人の総数とみていい。これは現在のインドの人口と同じ程度であり、予想よりもかなり小さい数字である。その理由は人口が大きくなったのは最近の100年間だけのことであり、さらにその間平均寿命が大きく延びているためである。

この7億人の中には、聖徳太子織田信長徳川家康、などの有名人の他、現代を生きる1億2千万人の我々も勿論含まれている。我々は総勢7億人で長い歳月をかけてこの国を育んできた。そしてこの国の未来は現代を生きる我々に託されている。言い方をかえると我々は過去7億人の人々の夢と希望を背後霊のように背負って生きているといえるだろう。いつの世、いつの時代でもそうなのだが、現代を生きる者たちが歴史という名の壮大な駅伝大会のアンカーに他ならないのである。

仮設トレコン

こんな夢を見た。私は大観衆の中、ホールの一番後ろの席に座っていた。

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仮設トイレコンテスト。 なぜコンテストなのかというと登場の前に「エントリーナンバー5番、橘ルミ、オーロラ3人娘!」というアナウンスが聞こえたからである。