★Beat Angels

ディーンは路上放浪には打ってつけの男だ。というのも彼は実際に路上で生まれたからだ。

特撮座標系(スカイツリー編)

前回に引き続き、特撮座標系の話である。

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今回は同じく重力の影響を受けて塔が倒壊するシーンを撮影する。


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スケール比100分の1の模型を使って撮影する。

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この場合の回転角θに関する運動方程式は、塔の重心が高さの2分の1の位置にあるとして、塔の慣性モーメントをIとすると、

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で与えられる。塔を長さRの棒の形状とみなすと慣性モーメントIは、

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であるので、求める運動方程式は、下記となる。

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これを解くのは容易でないので、座標系変換でこの運動方程式がどう変換されるかを考える。
 

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これによると変換後の運動方程式は、R'=NRに注意して、
 

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となり、やはり重力の項が正しくならない。みかけのN倍の重力により現実よりも短時間に倒れてしまう。そこで、次の座標変換系を使う。
 

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この座標系によると、

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となり、現実世界と同じ運動が成立する。つまり、スケール100分の1の模型を使った塔の倒壊シーンを撮影する場合においても10分の1のスローモーションで撮影するのが正しいやり方であることがわかる。

 

特撮座標系(爆走車編)

-今日はラストシーンの撮影だ。
-はい、分かっています、監督。ラストシーンは主人公を乗せた車が爆走して崖から転落するシーンですよね。

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-車のスピードは時速100km。でもこんなシーンは町中では撮れないからミニチュアの模型を使って撮影しよう。
-100分の1のスケールですからこの4cmの車の模型を使いましょう。それに合わせて道幅とかビルの高さも全部100分の1にして製作しました。車の速度も100分の1の時速1kmで動くようになっています。

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-なるほど。本物と同じように撮影できているな。それでは次は崖から車が転落するシーンだ。車は時速100kmでそのまま崖から飛び出すんだ。

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-実物の場合で既に計算してあります。落下の時間は4.5秒、落下する地点までの飛距離は124mとなります。
-この5秒間はとても重要だ。観客も同じ飛翔感を味わうことになるからな。
-では、模型を使って撮影します。

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-あれ?なんだか拍子抜けだな。私には転落にしか見えなかった。映像で見てみよう。

 

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-落下時間はたったの1秒足らず、距離も10mくらいしか飛んでいない。これじゃだめだ。
-おかしいな、車はちゃんと時速100kmで飛び出しているように見えるのに。
-しかたがない。スローモーションで撮影することにしよう。
-はい、時間の流れを10分の1にしてもう一度撮影してみました。 

  

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-じゃあ、映像を見てみよう。

 

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-あれ?確かに車はゆっくりと落ちるようになりましたが、車のスピードもゆっくりになっちゃいました。飛距離も10m程度と変わりません。
-スローモーションにしたんだから当たり前だ。これじゃ自転車の墜落だ。
-じゃあ、車のスピードを10倍の時速1kmにしてもう一度撮影します。 

 

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 -こんどは結構飛びましたね。では映像を見てみましょう。

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-これで一通りクリアできました!
-よし、これで撮影終了だ。ご苦労さん。


さて、このように100分の1のスケールで撮影するとき、車の速度を10分の1にして時間の流れを10分の1の速度にすると重力の影響をきちんと再現できるということはどう説明されるのだろうか?

空間、時間のスケールを変えるというのは座標変換することである。そして、現実世界の物理法則である次の2式、

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が、その座標変換できちんと守られるかどうかがポイントになる。第1式が等速度運動、第2式が重力加速度運動である。

空間のスケールだけをN分の1にした場合は、

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という座標で表される。この座標変換後の運動は、 

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となる。等速運動はN分の1の速度にすればいいが、重力加速度運動の方はどうしてもN倍の重力がかかることになってしまう。車の例でいけば、車が急速に落下するように見えてしまうのはこの見かけの100倍の重力によるものである。これを回避するには重力がN分の1となる状況を再現するしかない。それは地球上で撮影する限り難しい。そこで次の座標系が登場する。 

 

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これで座標変換してみると、運動を表す2式は、  

 

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となり形が保存される。つまりこの座標変換に従えばスケールN分の1の世界で、現実と同じ重力加速度運動が再現されるということである。

月面ヨーヨーの設計

ヨーヨーを設計してみる。

 

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目標はまるで月面で物体を落とした時のようにゆっくりと落ちていくヨーヨーである。

設計条件は下記である。

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ヨーヨーを糸で持ち上げる力、つまり糸の張力をNとする。このNによりヨーヨーが回転させると同時に糸がほどけていきヨーヨーが落下していく。ヨーヨーが失う位置エネルギーの一部はヨーヨーの回転エネルギーとして変換され、それによって運動エネルギーは通常の落下よりも小さくなりそれにより落下の加速度が小さくなる。

この原理を利用してあたかも月面にいるときのような落下速度を体感するのがこの月面ヨーヨーの目的である。

質量Mの物体の落下に伴う運動方程式、並びに慣性モーメントIの物体の回転の運動方程式は下記となる。

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下に向かう方向を+としている。この2式の関係をつなぐのが支柱の働きである。落下速度と回転速度について、

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という関係があり、これより、落下の加速度と回転の関係は、

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となる。これを用いて、Nを消去すると、ヨーヨーの落下加速度aは、


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となる。ここまでの過程で運動が下方向という条件を入れていないので、この結果はヨーヨーが落下するときだけでなく最下点で跳ね返って上がってくる時も共通である。この式が示すように落下速度を決めるのはRrの比のみである。逆に言うと、質量M、ヨーヨーの厚みH, Lは任意であって落下速度に影響しない。つまり自由に設計していいことになる。ここで、

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というパラメータを定義すると、落下加速度aは、

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と表わされる。これをグラフで示したのが下図である。

 

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R
に対してrが小さくなるに従って、ヨーヨーはゆっくりと落ちていく。これと同時にヨーヨーの回転数は大きくなっていく。R=rという支柱のない寸胴型のヨーヨーの場合ではa=2/3gとなる。また、r→0(β→∞)の極限においてはヨーヨーは初速度を維持したまま等速で落下していき(a=0)、位置エネルギーは全て回転エネルギーに変換される。

さて、問題の月面ヨーヨーについては、

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が成り立つことが条件であるからβ=5の場合であり、

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とすればいい。以上に基づく月面ヨーヨーの設計結果を下図に示す。

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ボーリング、ボールの軌跡を追って

ボーリングでボールをレーンに沿って真っすぐ投げると両端のピンだけが残るいわゆるスプリットになりやすい。

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そこで、ボールを投げる際に回転を加えてカーブさせて1番ピンと3番ピンの間くらいに到達するようにするとストライクが取りやすいらしい。


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どの程度、ボールに回転を加えて投げたらこのようにできるのかを解析する。


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レーンの方向をx軸、レーンに垂直な方向をy軸とする。図のようにx軸を中心とした回転をつけて速度vでまっすぐに投げた場合を考える。

回転によってレーンとの間に摩擦が生じる。その摩擦による力はy軸方向となる。これによってボールは次第に左に曲がっていく。


y軸方向の運動方程式は、

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ここで、fyy軸方向に生じる摩擦力であり、次の形にかける。

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一般に動摩擦力はこのように接触面の速度に依存せずに応力のみで決まり一定である。これらを解くと、ボールのy軸方向の位置は、

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となる。x軸方向の位置xは、初速度v0で等速度運動であると仮定すると、

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であり、これら2式から、ボールの軌跡として、

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を得る。つまり、ボールは放物線の軌跡を描いてピンに向かう。

続いて、ピンに到達するタイミングでの角度θを計算する。レーンの長さをL、レーン方向の速度をv0で一定とすると、ボールがピンに到達する時間t1は、

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なので、この時点のy軸方向の速度である、

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を用いると、ボールの突入角度θは、

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となる。前述したようにy軸方向へ曲がる原因はレーンとの摩擦力であるがそれがボールの回転速度ωに依存しなのでこの結果にも速度ωは登場しない。摩擦力が発生するようなレベルにさえなっていればきちんとボールは曲がるということである。またそれ以上どんなに早く回転させても効果はない、ということである。

本式を用いて突入角度θを計算で求めてみる。v0はプロボーラーのボールの速度の相場である時速30kmを用いる。レーンの長さLは20m、摩擦係数μはレーンに塗られたオイルの効果を期待して、μ=0.05として計算すると概算で、θ=8°という結果が得られる。


ボールに与えられた回転数ωは摩擦力の影響を受けて次第に減少していく。やがて回転は停止する。回転がレーンの途中で停止してしまうとy軸方向の摩擦力自体もなくなりそれ以上ボールは曲がらない。この回転数減少の様子を解析する。

ボールの回転に関する運動方程式は、ボールの慣性モーメントをIとして、

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となる。球体の慣性モーメントは、半径a(=約0.1m)として、

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であるので、ピン到達の時点での回転数ωは初期の回転数をω0として、

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となる。

第2項がボールの回転数の減衰量である。これを実際の値を用いて計算すると、約4.3回転/秒となる。したがって、突入角度8°を実現するためにはボールを投げる際に5回転/秒以上の回転を加える必要があることが分かる。

さて、実際のレーンではピンに近い一定のエリアはオイルが塗られていない。そのため、ボールがオイルが塗られていないエリアに入ると摩擦係数は大きくなり角度が突然変化する。映像などでピンに当たる直前でカクっと曲がるように見えるのはこのためである。この影響は無視できないのだが、上記では計算容易化のためにこの影響をあえて無視しているので注意されたい。

小銭を整理しながら

 先日、家の整理をしていたら、たくさんの貯金箱と膨大な小銭が見つかった。

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枚数を数えてみると、合計で約3,600枚。金額にして1万5千円を超えていた。

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これを見ていて気になったのは、10円、5円、1円の実金額がすべて2,500円ほどで近い数字になっていることである。単なる偶然であろうか。

財布の中にある小銭の総額は0円から999円まで均一に分布して変化すると考えられる。このときの平均枚数を計算してみた。

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枚数の最大値は15枚、これは金額999円に対応する。硬貨別の枚数の平均値を計算すると下記のようになる。

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この財布の中の小銭から一定の確率で貯金箱に入れられていくとすると、だいたい枚数はこの表のような割合になるはずである。すなわち、10系列(1円、10円、100円)、5系列(5円、50円、500円)は系列内でほぼ同数、そして10系列は5系列の約4倍の枚数になるはず、ということである。

これと比較してみると、1円と5円の比率は約5倍でこの割合に一致していると考えられる。1円と5円の総額が近くなるのはこれが理由であろう。ところが10円は1円と同数レベルになるはずが極端に割合が少ない。


貯金箱に小銭が蓄えられていくプロセスを考えてみる。


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財布の中の小銭はたとえば500円、100円などの高額な硬貨は貯金されずに還流、すなわち再利用される可能性が高いであろう。硬貨の種類ごとに貯金:還流の割合が異なることが予想される。

そこで1円硬貨の還流率を90%(貯金率:10%)であると仮定してみる。その場合の他の硬貨の還流率(貯金率)を計算してみた。結果は次の通りである。

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50円以上の硬貨はほとんどが再利用される。一方で5円、1円はかなりの割合で貯金される。10円はその境界線上にある。それでも10円の貯金率は5円、1円に比べてほぼ一桁ほど低い。

さて、逆にこれだけの小銭がたまるのに必要な買い物の回数を算出してみた。

その結果、約13,900回であることが分かった。仮に1年に買い物をする回数を250回とした場合、約60年近い歳月が必要となる。実際にそれに近かったのではあるまいか。遺された膨大な小銭の山から在りし日の暮らしぶりが偲ばれた。

順序保存係数

バス、電車、駅では階段とエスカレータを使い、ビルに入ったらエレベータを利用してオフィスへと向かう。ありふれた通勤風景である。いろいろなものに乗り合わせるわけだが、バスとか電車は先に乗った人は車内の奥へと向かうので降りるときは後になる。その点、階段やエスカレータは先に乗った人が先に降りることができる。しかし2列のエスカレータでは一方は歩いてのぼることが多いのでちょっとその規則は乱れるだろう。エレベータは空いていれば順序関係はランダムに近いのだがある程度混雑してくると後から乗った人が先に降りる傾向が出てくる。

以上のような入り口と出口があって入る順序、出る順序が定義可能な物理空間においてそれらの番号がどの程度保存されるかについての評価方法とその考察についてである。

個体数をnとして、それらの入る順序、出る順序をai, biとすると個体iの動きは、

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という組み合わせで表される。この対応関係をグラフで示すとこのようになる。

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この例のように右上がりの場合は、順序が保存される傾向があることを表す。逆に右下がりだと順序が反転する傾向になる。今回、議論したいのは、このaiとbiの相関関係の評価である。統計学における一般的な相関係数は、

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で与えられる。これをそのまま順序保存係数Fとして適用することが可能となる。

F>0では順序が保存される傾向、F<0では順序が逆転する傾向であることを示しており、特にF=+1.0が完全な順序保存、F=-1.0が完全な順序逆転、F=0は順序がめちゃくちゃとなる状態を示す。

今回のケースは一般的な相関に対して、あくまで順序のみに着目している。ai, bi1~nの数字に対応して重複欠落がないことを利用して、もう少し計算が可能である。

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などを用いて、個体数nの場合の順序保存係数Fnは、 

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となる。特にn=10の場合は、

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である。

さて、これを用いてエスカレータにおける順序保存の事情を解析する。エスカレータが一列の場合は、入りと出の順序は完全に保存され、F=+1.0である。

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では、2列構成で片側は歩いて上るエスカレータの場合はどうなるか。一例を下図に示す。 

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エスカレータの右側だけ、左側だけに着目すれば一列の場合と同様に順序は保存されているが、両者をミックスすることで順序関係は乱れる。この場合のFを計算するとF=+0.62となる。

それ以外のケースについてこの順序保存係数Fの概略を示したものが下図である。

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F=+1.0となるのは、一列のエスカレータ、それと適正に先入れ先出しが徹底管理された場合の商品在庫、そして窓口などでの待ち行列などである。

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待ち行列においては図で示したような割込み者が登場するとFの値は低くなる。


F>0となるのは、階段、2列のエスカレータ、スーパーの商品、飛行機などである。

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スーパーの商品の順序性を乱す要因の一つは、賞味期限を厳しくチェックしてできるだけ新しいものを選ぼうとする主婦層の知恵と努力によるものである。飛行機は高いクラスから搭乗して降りるのでこのような形となる。しかし、大多数を占めるエコノミー席の乗客の中は乗り降りの順番はランダムになるのでFの値はさほど高くない。


F=0
の例はトランプのカードシャッフル操作である。ランダムになればなるほど値0に近づくであろう。

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F<0
となるのは電車・エスカレータの場合で、やや逆転の傾向がある。いずれも混雑してくるとFの値は小さくなる。

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F=-1.0、つまり完全逆転となるのは自動車の後部座席、コンテナ船などの積荷などである。

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書店の平積みの本も下から順に積んだものとすれば逆転に近い。ただ一つ例外があるとしたら一番上の本は皆が手にするだろうから上から2冊目を買うことにしている友人T君の小市民的な行動による影響である。これによると10冊の本が平積みされている場合、Fの値はそうでない場合の-1.0から-0.45へと大きく変動してしまうのでぜひ厳に慎んでいただきたい。


ベンとルーシー、再び。

Lesson 15:再会

マディソン市郊外の湖のほとりの遊歩道でベンとルーシーが久しぶりに顔を合わせた。

Ben :あれ?ひょっとしてルーシー

Lucy:あら、ベンじゃない?

Ben :結婚してマディソンの町から出ていったとディックから聞いてたんだけど。

Lucy:そうなの。今週は休暇で帰ってきているのよ。あなたは結婚してるの?

Ben :まだ気楽な一人ものさ。

Lucy:あら、アンディを連れてるのね?

Ben :いいや、アンディはかなり前に死んでこれはその子供のクレアだよ。

Lucy:まあ、女の子なのね?でもあの頃のアンディにそっくり。あなたの家の家族構成は、お姉さんのアリス、お兄さんのトム、そして犬のアンディ、とわかりやすかった。

Ben :君にだって、妹のメイもいたし、お父さんはパイロットだもんね。今でもあの頃のことを思い出すよ。この湖で夏はみんなで泳いだり、冬はスケートをしたりしたね。

Lucy:そうね。一年中楽しかった。ところでグリーン先生はどうしてる?いつも緑色の服を着ていたけど。

 

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Ben :もう先生の仕事は引退してのんびり本を読んで暮らしてるみたい。後任の先生はエレン先生というんだよ。

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Lucy:確かに瞳は青いけど、顔立ちは今風の日本人女性みたい!

Ben :彼女もグリーン先生の教え子の一人で、今でも彼女を尊敬してるから服は緑色に決めているんだって。

Lucy:・・・あの頃、私たちは確かに主人公だったと思う。でも、あなたとの距離はずっと微妙なまま。あなたとの最初の会話だって「こちらがルーシーです。彼女は生徒です。彼女は先生ではありません」、て当たり前すぎない?

Ben :君だって「こちらがグリーンさんです。彼女は先生です。彼女は生徒ではありません」と続けていたよ。お互いにぎこちない会話だよね。

Lucy:あの頃、あなたはどこかはっきりしないところがあった。ちょっとデートして二人の気持ちが近づいたかと思うと、次のセクションでは感嘆文ばかり言ったり、形容詞の活用に凝ったかと思うと、堅苦しい関係代名詞を並べたり。でも、あなたは肝心なことを話してはくれなかった。

Ben :うん、あの頃僕はどうかしていたかもしれない。きっと何かの枠の中で流され続けていたんだと思う。誰かが書いた筋書きに踊らされていただけだった。だから君ともまっすぐに向き合えなかったんだと思う。

Lucy:そうね。私もあの頃、見えない力に何かに操られていたのを感じていた。自分らしさなどは表現する余地がなかった。私も結局あなたと同じだったのかもしれない。

Ben :今、君と初めて会話らしい会話をしたような気がする。やっと本当の気持ちを伝えられるような気がしてきた。でも、君はもう。。。

Lucy:私、実はさっき一つ嘘を言ったわ。休暇で戻ってきてるんじゃないの。実は夫とは離婚してこの街に帰ってきたの。

Ben :そうだったんだ。ねえ、僕たち、もう一度やり直せるかな?

Lucy:いいえ!私たちは現在進行形ではなくて、過去完了形よ!
             "not A but B"という構文で理解してね!



◆なぜかマッターホルンを背景にしたベンとルーシー('1975年頃)

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険しい山岳を越えてルーシーにかけよるベン。それをぜんぜん見てないルーシー。
この悲しい結末は表紙の時点ですでに予言されていたのかもしれない。