あまり名前は知られていないがルネサンスの時代、ドイツにアタナシウス・キルヒャー(1601~1680)という一風変わった科学者・博物学者がいた。一部では奇人・変人扱いもされたが彼本人はいたってまじめであった。聖職者でもあった彼の関心は聖書から始まり、古代エジプトと象形文字、音楽、磁気学、そして中国と無節操なほど幅広く、純粋科学とオカルト、理知的な判断力と非常識、それらの微妙な境界線上を器用に渡り歩き、えもいわれぬ業績を残した。それらは本人の意思とは無関係に荒唐無稽で、後人の安直な評価を拒絶し続け、独自の世界観・宇宙観を構築するに至った。
そんな彼の業績(?)をいくつか紹介していきたい。まずはバベルの塔である。
キルヒャーは『創世記』の一字一句を読み込んでいくつも疑問を投げかけている。
『いったい誰が自然の援助なしにさらに算術、幾何学、光学、機械学、力学などの学問を集めた奇跡的な技術を知ることなしにこのような無謀な企てをしたのだろうか』
とまじめに悩んだ。そして冷徹な科学を武器に二ムロデ王の野心を無謀と断罪する。そのやり方であるが、
『天を衝く高さ、その計画はとうてい首尾よくいくはずがない。もっとも近い天球つまり月に届く高さに届くためには、塔は178,682マイルの高さがなければならない。そのためには300万トンの重量が必要となる。これは経済的に不可能であるだけではない。地球を宇宙の中心地点からはずれてしまう結果となり宇宙の破滅の原因となるだろう』
その解説の図がこれである。
バベルの塔が完成していたら、宇宙のバランスが崩れるのである。つまりバベルの塔が完成しなかったのは、宇宙の摂理、つまり神の意思によるものなのである。当時、地球は宇宙の中心にあり、それが宇宙に平和と安定をもたらすバランスの根源でもあったのだ。
私はこの必要以上に精緻な絵柄が壷にはまった。スケールだけは同時代のダビンチを超えている、と感心すると同時に彼ほど有名にならなかった理由もなんとなく理解できた。それでも私はダビンチと同じくらいに彼を好きになって彼の著作を読み続けたのである。今にして思えば、その心持は敬愛、尊敬というよりは哀惜、あるいは哀愁という言葉に近かったかもしれない。(つづく、かもしれない)
おまけ。これはキルヒャーのとある発明である。さて、いったい何であろうか。