★Beat Angels

前途は遠かった。でもそれはどうでもいい。道こそが人生だからだ。 - Jack Kerouac

聖夜幻想

むかしむかしクラウスという戦士がいました。

クラウスは精悍で肩幅は広く筋肉はたくましく、髪の毛は編み上げてあり鉄の兜からはみ出して顔の両側に垂れていました。髪の毛と同じように口ひげも金色に輝き、胸当てにまで届きそうでした。

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ある日彼はいつもの道を歩いて泉のある広場に出ました。いつもならば水がめに水をくむお母さんたちと周りを騒々しく子供たちが走り回っているはずなのにその日は誰もいませんでした。どこからか女の人の泣きじゃくる声が聞こえました。クラウスは小屋の戸口から入ってみると女の人がうずくまっていました。胸には真っ赤な血に染めた赤ん坊を抱いていました。

-誰の仕業か?
クラウスが尋ねると母親は、
-軍隊が・・・軍隊がやってきて神の子がエジプトに行くのを止めるため、といって村中の男の子に襲いかかったのです。なんとむごいことを・・・
-ローマ軍か?
-いいえ、ヘロデの親衛隊です。
クラウスは母親に幾枚かの銅貨を手渡し、赤ん坊を手厚く葬るようにいました。

クラウスはすでに墓場のようになったその村をぬけて隣の村まで走っていくとそこではまだ兵士たちが赤ん坊を探し回っていました。クラウスは槍と斧を振り回して兵士たちを蹴散らしてたくさんの子供たちの命を救いました。村はずれまでいくとそこでも槍を持った兵士の一団が男と女を取り囲んでいるのを見つけました。クラウスは怒りに震えてすぐにその場にかけつけ斧を振り回して兵士たちを追い払いました。

やがて落ち着いたクラウスは二人を見ました。男は50才くらい、灰色のあごひげをしていました。婦人の方はようやく少女時代を過ぎたくらいの初々しい女性でした。恐らく15歳を越えていまい、クラウスはそう思いました。肌の色はおどろくほど白く、その輪郭は華麗としかいいようのないものでした。口元はやさしさにあふれ、青い大きな瞳が長いまつげのために陰を含んでいました。彼女は青い肩掛けを羽織っていて胸元にはかわいらしい赤ん坊が抱かれていました。一目見るだけで母親譲りの美貌と認めることができました。クラウスは婦人に言いました。
-行く前にその子の顔を見させてくださらんか。
婦人は赤ん坊を今一度抱き上げました。その子の青い目がクラウスに注がれたときのことです。クラウスはまるで目の前に大きな壁が出現したかのように立ち止まりました。不思議な声が聞こえてきたのです。それは人間の声ではありません。彼の耳に触れる天からの声でした。

-クラウスよ、なんじが余を救ってくれたゆえに汝に告げる。
クラウスは子供をみましたが唇は動いていません。ただ青い目は慈愛と知恵に満ちていてその子が話していることを理解しました。
-なんじは余のために仕事をしてもらわねばならない。
クラウスは子供に向かって声に出していいました。
-分かっています。私は戦士。あなたと、そして人々の平安のために戦い続けることでしょう。私は死ですら恐れることはありません。
-違う。汝は汝の生命とひきかえに幼子の生命を守った。笑う子供たちが汝の良心と愛の美しさをたたえ続けることになる。そしてなんじは永遠にすべての幼子の心に生き続けることだろう。
言葉はそこで終わりました。一人で子供に話しかけるクラウスを老人はあっけにとられてみていましたが、婦人は子供と同様に静かな温かい目で見守っていました。クラウスは二人に別れを告げてエジプトに早く向かうように言い残しました。

それからローマの時代に代わり、クラウスは傭兵隊長となっていました。或る日、クラウスはとある若者の処刑を取り仕切ることを仰せつけられました。処刑の日の朝、総督のピラトは看板をクラウスに渡しました。それには「こやつはこういい張る、われはユダヤの王なり」と書かれていました。それを首元にぶら下げてやれ、という指示でした。

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彼は十字架を背負わされ、茨の冠をかぶらされて群衆の見守る中、丘を登っていきました。そして処刑は滞りなく執行されました。まじかで見ていたクラウスは最期の瞬間、若者が天を仰いでこういうのを聞きました。
-これで終わりです。父よ、今こそ我が御霊を御身のお手にお返しします。
そして茨の冠をつけた頭ががくりと前に倒れました。
クラウスは震えていました。これが人間が犯した間違いであることに気が付きました。この若者は美しく、人間ではない、神の子なのだ、と。すると彼の耳に立て続けに鐘の音が鳴り渡りました。その中に、言葉が混じっていました。
-クラウス、汝は遠き昔、凶漢に襲われんとした幼子に憐れみをかけた。余を覚えているか?
-エジプトへの逃避行に手を貸したあの幼子ですか?
-そうだ。汝の役目はまだ終わっていない、始まってもいない、クラウス。汝の力が必要になったとき、世は汝を呼び寄せ、汝はその声を耳にするだろう。それを待つのだ。

クラウスは深々と十字架に向かって頭を垂れました。そして、十字架の下に落ちていた板を手にするとおもむろに足で踏みつけて割り「われはユダヤの王なり」とだけになったものを十字架にくくりつけました。警備していた兵士たちはそれを取り押さえようとクラウスのまわりに群がりました。その瞬間、暗雲が陽光を閉ざし、丘の上はまるで夜のようになりました。そして豪雨とともに稲光と雷鳴がとどろきました。人々は一目散に丘から逃げて行きました。この日からクラウスは反逆者としてローマから追われる身となったのです。

ある村を通り過ぎたとき、大きな地揺れに襲われました。白壁の家並みがくずれ道をふさいでいます。突然、大きな女の悲鳴が聞こえました。みると女が倒れています。壊れた家屋から落下した木材が彼女の脚をとらえて敷石の上に抑え込んでいました。まだ地揺れは続いていて塵埃が舞っています。クラウスは木材をはねのけ、女を抱きかかえると小さな広場へと運び込みました。まだあどけなさを残す少女といったかわいらしい娘でした。
-確かに私は娼婦でした。そして恐ろしい病気にもかかっていました。それで今日、わたしはあの恐ろしい処刑の日、主のお顔を拝しして治療を求めに参ったのです。
-で、治療は受けられたのか?
-はい、このように治癒いたしました。重い十字架を背負った主が通りかかられたとき、私は主に声をお掛けし、慈悲を願い出ました。すると主は片手の指をただ天にお向けになりわたくしをじっと見据えられました。私はその瞬間から病気のことを忘れ、汚れない身にもどったのです。ほら、私の肌はまるで乙女のように清らかでしょう?
-わかったから、行きなさい。
-でも、足が折れていて歩けません。私の住まいまでどうかお手をお貸しください。
クラウスは言いました。
-だめだ。お前の相手をしていた男たちに世話をやいてもらればいい。
クラウスがまとわりついていた彼女の手をふりほどいた時のことです。また、耳の奥に依然聞いたことのある懐かしい声がしました。
-女をさげすむものではない。余は彼女に慈悲をたれた。汝もそして余も彼女を必要とするのだ。彼女を汝のものとせよ。
クラウスは声に従うことにしました。
-名はなんと申す?
-ユナです。
-ユナよ、われは汝を妻に迎えたい。
ユナは小さな叫び声をあげてこう言いました。
-なんということでしょう。彼は刑場へ向かう途中、重い十字架を背にされながら私に微笑みながらこう告げられたのです。「女よ、お前の願いはかなうだろう」と。私はてっきり病気のことだと思っていました。でも違いました。もっと素晴らしいものでした。クラウス様、私はあなたを遠くからお姿を拝見したときからずっとお慕い申し上げておりました。奴隷として買っていただけたら、と願っていたのです。それが、妻だとは・・・
ユナは泣き崩れました。
-主も汝を必要だとされた。汝は何ができるのだ?
ユナは涙にぬれた美しい顔を上げて微笑んでいいました。
-私は織物が得意なのです。どんな布地でもすてきな飾り物に仕上げることができます。

その後もローマ軍はクラウスを追い続けました。クラウスとユナはたった二人で追っ手から逃げて北へ北へと向かう長い旅が続きました。

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そして二人はバルト海の岸辺にまで達しました。そこにはいくつもの谷が輪のように取り囲んでいるところです。しかし人々はそこに近づこうとしません。そこは地中に住む小人が一族が支配していると噂されていました。それというのも小人たちは魂を奪われた代わりに魔法と不死を与えられていてずっと生き続けるといわれていたからです。

クラウスとユナが馬を進めているとその途中で小袋を背負って悲し気な歌を歌って歩く小人たちの行列に出くわしました。クラウスは馬を止めて声をかけました。
-お前たちはどうしてそんな悲しげに旅を続けているのか?
-私たちは隠棲する場所を探して旅をしているのです。
先頭を歩いていた小人の王が答えていいました。
-昔から暮らしていた村で急に悪魔呼ばわりされ、パンもミルクもくれなくなりました。私たちは善行を行ってなかよく暮らしていました。でも、最近その善行を必要としなくなったのです。その挙句には私たちの悪行だけを言いふらして、私たちの姿を見ると追い立てるようになりました。

この話を聞いてクラウスは自分たちと同じ境遇だと同情しました。クラウスはこう尋ねました。
-お前たちは隣人である彼らに善行を施そうという気持ちは変わりはないか?
小人の王はいいました。
-もちろんでございます。それ以上の喜びはありません。私たちは、木と石と金属の細工については誇るに足る技術を身につけています。木を材料に使わせたら私たち以上に素晴らしい形を作り出せるものはおりません。ですが、僧侶たちに知恵をつけられた人たちは誰も私たちの贈り物など受け取りはしないでしょう。

そのときクラウスはたくさんの鈴の音を聞きました。そして懐かしい声が彼にささやきかけてきました。
-クラウス、なんじはこの小さきものたちの手助けが要る。いっしょに歩いていくがいい。
クラウスは王に声をかけました。
-そうだ、私といっしょに安らぎの地で暮らさないか。そこで子供たちに喜ばれる品物を思う存分作ってみないか。
王はいいました。
-将軍さま、そのお言葉が本当でしたら私はあなたの命に従います。私ばかりではありません。これなる一族こぞってあなたのしもべになりましょう。

そのあと、小人たちは宝の蔵から黄金ででき橇(そり)を運び出しました。小さな橇でした。4対のトナカイが橇に結び付けられました。王が魔法の呪文を唱えると橇は全員がのれるほど大きくなりました。そしてバルト海の波間を抜けて天を指して駆け上っていきました。クラウスはいいました。
-トナカイが止まりたいところに着くまで思う存分走らせるのだ。
橇は地上のはるか上空を飛び、やがて氷原深く進んだところでトナカイたちは足を止めました。彼らはそこに太い丸太と厚い壁の家を建てました。中央の広間にはいつも火が燃えさかる暖炉と煙突を作りました。そして大きな広間を囲むようにいくつかの小部屋が作られ器用な小人たちはすぐに金属でおもちゃを作り始め、鉄を鍛える槌の音が鳴り響きました。また、ある小人は木を使っておもちゃを作り始め、またある小人は漆喰と陶器で人形を作り、ユナの指導のもとで織物で服をつくり人形を飾り立てました。やがておもちゃは山のようにたまっていました。

生誕祭の前日のことです。クラウスはおもちゃの山を橇に積み込み、口笛を吹いてトナカイを呼び寄せると天にとび立ちました。魔法の橇なので、生誕祭の朝を告げる朝の光が差し込む前に世界の子供たちを喜ばせる贈り物をどの家にも届けることができました。

クラウスは家に戻ると、彼の帰りを待っていた器用な小人たちと妻ユナとともに豪華な宴を催し、世界中の子供たちの健康と幸せを祈りました。

むかしむかしクラウスという戦士がいました。

彼の剣はどこかの城壁の中で錆び付いているでしょう。なぜならば、ベツレヘムへおもむく途中で聴いた預言に従った彼には武器などは必要ではなかったのです。そして現代、彼をまつる祭壇は世界中のどこにも存在しません。でもクラウスは今も生きています。彼は隊長でも戦士でもありません。そう、彼は幼い子供たちを温かく守護する聖者、サンタクロースなのです。そしていまでも毎年何十億人の子供たちが彼の訪れを心待ちにしているのです。