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サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

見えざる敵(ボッカチオ『デカメロン』)

現在、世界中が見えない敵と戦っている。感染防止の外出禁止、自粛のムードの中で読み忘れたまま本箱に放置されていた本を再び手に取る機会も増えてきているのではないだろうか。
 

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100の物語からなる大著『デカメロン』。14世紀ルネッサンスの時代、イタリア・フィレンツェのボッカチオの手による古典的な名作だ。一編ずつ読み進めていたのだが、今回の自宅謹慎処分を機に全編を読み上げることができた。

1,000人を超える登場人物のなんと個性的なことか。誠実な人、敬虔な人、勇猛果敢な人、対極にある卑屈な人。厚顔無恥な人、高慢ちきな人。そして忘れてはいけない人間の本性とでもいうべき愚かで破廉恥ではあるがどこか憎めない人たち。彼らが織りなす古今東西100の壮大な人間賛歌である。

この本が書かれた14世紀はペスト(黒死病)が大流行していた時代である。当時、フィレンツェも壊滅の危機に瀕していた。そこでこの物語の語り部である男女10人は迫りくる死の影を怖れてフィレンツェ郊外へと逃げだし、そこで10日間にわたってこれらの悲喜劇を語り合ったのである。


冒頭で見えない敵、と書いた。当時も同じだったかというと実はまったく違う。現代で見えない、という時にはその原因であるウィルスが存在することを承知した上での話だからだ。当時から考えると顕微鏡が発明されて細菌が存在することが分かるまでまだ300年、そして病気がウィルスを介して感染することが発見されるまで、つまりコッホ、パスツールの時代までさらに200年が必要だった。

14世紀の当時、ペストの猛威におびえる市民は現代のわれわれからは想像を絶する恐怖の中にあったと思う。それを悪魔、魔女の仕業と結びつけることは自然な成り行きであった。そんな絶望的なムードの中で、ボッカチオは人間そのものを見つめ続け、その生そして性の輝きを追い求め文学の形で結晶化させていったのである。

さて、現代を生きる私たちは、その原因がウィルスという人類の敵であることを知っている。人類が協力し合ってこの共通の敵と戦い勝利をおさめる必要がある。でもどこかにその原因を何か別なものの悪意に落とし込もうという心理的作用が働いてはいまいか。そしてそれが人類にとって本当の敵であることは実は14世紀とあまり変わっていない。