★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

ノブヒコサンタ

クリスマスイブのことです。

夕暮れ時のショッピングセンターはプレゼントやケーキの袋を抱えた家族連れや恋人たちでにぎわっていました。そんな中、一人のスーツ姿の男が丸いベンチに座っていました。精悍でがっちりとした体格でいかにもバリバリと仕事ができるという感じの男性でした。でも、顔色はよくありません。じっと動かずにうなだれるようにして座っていました。そして、時折、何かを思い出したように頭を抱えています。彼の前をたくさんの人が通り過ぎていきますが彼の眼には入らないようです。


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彼はふと同じベンチにもう一人の男が座っているのに気が付きました。ずんぐりとしたおじいさんで奇妙な形の赤い帽子をかぶり、柄にもなく派手な赤い色の服を着ていました。杖にあごをのせて、口元には小さな笑みを浮かべてどこか遠くの方を見つめているようでした。彼はそのおじいさんを胡散臭いと思ったものの、それどころではないという様子でまた頭を抱え込みました。

赤い服のおじいさんがつぶやきました。

「愛するんです」

隣の男は顔を上げてあたりを見回しました。おじいさんは知らぬ素振りで遠いところをみているだけでした。彼はただの独り言かと思い、それを無視してまた頭を抱え込みました。しばらくして、おじいさんはまた言いました。

「愛するんです」

男は立ち上がっておじいさんの前にたってこう言いました。

「俺に言っているのか?」

おじいさんは穏やかな表情のまま何も言わず、遠くを見つめているだけでした。

「お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるか。俺は会社でいつだって戦い続けて勝ちぬいてきたんだ」

「愛するんです」

「俺は会社だって愛してきたさ。愛してきたからこそ、会社のために自分を犠牲にしてきた。だからこうして地位も名声も得ることができた。会長だってそれを認めてくれていたはずだ。だからこそ、自分の娘を嫁にもらってくれないかとまで言いだしたんだ」

「愛するんです」

「その娘だって俺を愛してくれていると思っていた。来年の春には結婚式の予定だったんだ。それが・・・それが、たった一度の仕事の失敗だけで会長は俺を見限った。ついさっき、明日からもう会社に来なくていいと言われた。一緒にいた娘もまるで俺を虫けらでも見るような目つきで見ていた。俺は何もいわずに社長の部屋から夢中で飛び出してきたところさ」

そう言い終えると彼はその場でうなだれました。すると、おじいさんははじめてその顔を男に向けてやさしいまなざしでこう言いました。

「愛するんです。すぐ近くにいる人を愛するんです」

彼はそれを聞いてはっとしました。失意のどん底にあった彼の心の奥底で何か温かいものが火を灯すのを感じたからです。そして彼は顔を上げてあたりを見回しました。そして、遠くにある大きなの樹の下で男物のコートを片手に持ち、彼を心配そうに見守っている女性の影に気が付きました。

それはいつでも彼を元気づけてくれていた女性でした。彼にとって彼女はうれしいことも悲しいこともつらいこともなんでも話せる親友のような存在だと思っていました。だから彼は社長の娘との縁談が決まった話も彼女に第一に告げたのです。それを聞いた彼女の流した涙とそしておめでとうと言って見せた精一杯の笑顔をさも当たり前のように受け止めていた愚かな自分に気がついたのです。そしてたった今も、彼が会長の部屋から走り去るのを見て心配になってここまで追いかけてきてくれたことにも。彼がオフィスに置き忘れてきたコートを彼女はここまでもってきてくれたことにも。

彼は無我夢中でその女性のもとに走り出していました。おじいさんは二人が大きな樹の下で向かい合って立っているのを遠くで見ていました。そして彼女が彼にコートを着せてあげているときのことです。おじいさんは突然右手を大きく空に上げました。するとどうでしょう。二人を包み込むような大きな樹にはクリスマスツリーの華やかなイルミネーションが一斉に輝いて、まぶしく鮮やかな光が二人を包み込んだのでした。樹のまわりにいた人たちからは大きな歓声があがり二人を囲むように輪が広がりました。


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彼が座っていたベンチの方に小さな男の子が近づいてきました。男の子はおじいさんを指さして、

「あ、お母さん!サンタさんだよ!」

「なにを変なこと言ってるの?いるわけないでしょ」

お母さんはそういうと男の子の手を引いて歩き始めました。おじいさんが笑って手を振ると男の子もまた手を振りました。不意に男の子は顔に冷たいものを感じて冬空を見上げました。

「お母さん、雪だよ!」

お母さんも周りにいた人たちも皆空を見上げて美しい雪片の乱舞に見とれていました。男の子はまたベンチに目を落としてこう言いました。

「あれ?、サンタさん、消えちゃった!」