★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

フェリーの怪

先日、友人たちと房総に小旅行をして、フェリーで東京湾を往復した。

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そこで体験した不思議な出来事である。

それは帰りのフェリーでのことだった。房総発のフェリーは最終便で夜7時過ぎに出発だったので待合室の乗客もまばらだった。それもそのはずその日は平日だった。ゴルフバッグを抱えた比較的年配のグループが何組かいる程度だった。

やがて出発のアナウンスが流れて私たちは乗船した。フェリーは1階が駐車場、2階は半分が室内のソファールームで、半分は吹きさらしの中にテーブルが並んでいる。3階は甲板にテーブルがいくつか並んでいるという構造だった。


フェリーが動き出し始めると、私たちは3階の甲板にあがって東京湾の風に吹かれながら乗船場が遠ざかるのを眺めていた。

 

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あたりはすでに暗く、甲板には私たち以外は誰もいなかった。やがて船着場は遠く見えなくなり、暮れかかった空には房総の山々の稜線がぼんやりと浮き上がっていた。少し寒くなってきたので私たちは2階のテーブル席に移ることにした。

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テーブル席は吹きさらしだったので私たちのほかに乗客はいなかった。大半の乗客は仕切られて温かい船室のソファーでくつろいているのである。


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友人の一人が缶ビールとつまみを買ってきたので私たちはそこで飲み交わし、その日の旅のことを語り合っていた。外はすでに暗く、湾内の遠いコンビナートの灯りが小さく見え始めていた。


フェリーが航路の半分まで差し掛かったときのことだった。突然、天井からガンガンガンと何かが駆け抜けるような大きな音がした。最初は船の前方から後方へ、その次は場所を変えて後方から前方へ、である。よく聞いてみると同時に数箇所から音がする。それはまるで幾人かが甲板ではしゃいで走り回っているようだった。でも人の声は聞こえない。しばらくそれが続いたが、やがて止まった。

ー子供達かな。鬼ごっこでもしてるのかな。

だれかが言う。

ーおれたちはが甲板を降りたときには誰もいなかったな。
ー子供にしては音が大きいな。誰か、見てこいよ。
ー誰もいなかったりして・・・お前見てこいよ。
ーいやよ。

連れの女性がそう答えた。

一人が意を決して3階へと昇っていったが、すぐに戻ってきてぽつりといった。

ー誰もいなかった。

私は手にしていたビールの缶が急に冷たくなったように感じた。不意に風が吹き抜けていく。誰かが、

ー子供たちが別な階段から下りたんだよ。


と言った。私たちは話題を変えようとしたが、そのことが気になって次第に口数は減って入った。それから二度と階上の音は聞こえなかった。

フェリーの中にアナウンスが流れ、目指す対岸に到着が近いことを知らせた。私たちは帰り仕度を終えて出口に向かうとそこにはすでに列ができていた。ゴルフバッグを抱えた大人ばかりだ。子供が一人もいないことはすぐに分かった。その日は平日なのだからあたりまえのことだった。

私たちは列の最後尾に並んだ。一番後ろに並んだ連れの女性が一人がポツリと独り言を言うのが耳に入った。

ーそういえばさっきのあの駆け回るような音、子供の走る速さじゃなかったな。大人にしたって速すぎ。