J・P・ホーガンのSFの名作「未来の二つの顔」はスペースコロニーを舞台とした壮大な実験の物語である。
その実験とは人工知能を持ったコンピュータは人類と共存できるのか、はたまた破滅へと導くのかというテーマである。場所はヤスヌと呼ばれるスペースコロニー。それは最悪の事態を想定して宇宙空間に建設されたのであった。その中で人類の未来をかけたコンピュータとの手に汗握る頭脳戦が繰り広げられる。
◆ヤヌス全体構造図
ヤヌスとはローマ神話に登場する二つの顔を持つ神である。ヤヌスの最大直径は約2.4kmであるから全周7.5km。地球を忠実に再現しており、農業・工業から商業・レジャー施設まで地球上のあらゆる産業が集約された自給自足型の社会を形成している。ロッキー谷という地区(上図の左側)にはスポーツ施設が並んでいるがその中の一つにゴルフ場がある。
ヤヌスは自転することで擬似的な重力を生み出している。回転する座標系の中で動く物体に対しては遠心力のほかに「コリオリの力」というやっかいな見かけの力が働く。小説では人々はそれと対抗するようにしてゴルフを楽しんでいる、と書かれているが具体的な説明はない。
本稿ではコリオリの力がゴルフのプレイにどのように影響するのかについて考察する。
まず、コリオリの力の一般的な説明とその影響について考える。
回転速度ωで回転する地球の上で速度vで移動する物体に対して、
という式で表される力が働く。これは見かけ上の力であって「コリオリの力」と呼ばれる。この力による事象の一つ台風がある。台風が北半球では左巻きのようになるのはこの力の影響である。
速度vでなめらかな平面上を運動するゴルフボールを考える。ボールにはω、vのいずれにも垂直な方向に力が働く。緯度をθとすると、ボールの描く円の半径rとの関係式は、
となる。これを整理すると半径rは、
で与えられる。
このようにコリオリの力の影響は回転速度に比例する。またそれは北極点で最も大きい=ボールは曲がりやすく、逆に赤道付近では半径が無限大=ボールは全く曲がらない。
具体的な数値を用いて計算してみる。
回転速度ωはヤヌスの実際の回転速度と同じである。また速度vについてはゴルフのパットの場合の標準的なボールの速度とした。
この場合の軌道円の半径を計算すると、
という地球上では考えられない値となる。これはヤヌスの自転速度の大きさによるものである。ヤヌスは自転させることで疑似的な重力を作り出している。この回転速度は地球の自転の回転速度と比べると1,000倍を超えるかなりの猛スピードであり、コリオリの力の影響は大きい。
これをもとにヤヌスのロッキー谷のゴルフ場でパターの際にどの程度の角度φをつけてボールを打たないといけないかを求めてみる。
この図に示すように北半球においては左に曲がる傾向があるのでやや右方向に打つことになる。上図の作図に基づいて、
となるので、パットの距離を10mとしてこれを計算すると、
が得られる。
参考まで地球上においてはこのφは0.01°程度であり、気にかける必要は全くないのはゴルファーにとって幸いなことである。