★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

級友、そして球友(後篇)


taamori1229.hatenablog.com


翌日、体育の授業は僕の運命を決めることになる野球の試合だった。


男子が紅組と白組に分かれ5回までの試合をする。女子は審判員と応援団だった。監督も女子がつとめることになり、カオルは僕の属する白組の監督だった。僕はいつもの通り補欠選手なので出番はない。アイツは紅組のピッチャーだった。この野球の試合はアイツがそれを教師に進言して決まったのだ。アイツはスポーツの中でも特に野球が得意だった。僕はアイツがまたみんなの注目をあびたくて言い出したに違いない、と確信していた。

試合が始まるとアイツは我ら白組を相手に三振の山を築いていった。4回が終わるまで全員連続三振だった。白組の監督のカオルは言った。

「だらしないなあ。このままだとパーフェクトじゃない。それも全部三振。だれかなんとかしなさい!男でしょ?」

「あいつはいつもならもう少し手加減してくれるんだけど、今日は本気で投げてくるからあんなの打てっこないよ」

誰かが情けない声で泣き言を言った。


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最終回の5回裏、白組の攻撃は早くもツーアウト。勝敗はとっくに決まっているが、アイツの三振パーフェクトの記録も目前であった。アイツは何を思ったのか、そこでタイムを要求して、マウンドを降りてこちらの監督のカオルのところに行き、何やら耳打ちした。カオルはうなずくと主審のところ向かった。その途中で僕の顔をちらりとみて嬉しそうな顔をした。そして告げた。

「ピンチヒッター、青山君!」

僕は驚いた。でも、どうせアイツが昨日のことの仕返しに僕に恥をかかせようとしてるんだろうと思ったのだが、仕方なくバッターボックスに向かった。


確かにアイツの投げるボールは速すぎて見えない。僕は何もできないままツーストライクまで追い込まれた。カオルが声を出した。「ぼーっと立ってちゃだめー!バントならできるでしょー!」そしてアイツは振りかぶると最後のボールを放ってきた。

「走ってー!」

カオルの声で僕は我に返った。見ると、ボールは前進守備をしていた三塁手の頭上を越えて転がり、三塁手が慌てて追いかけているところだった。僕は無我夢中で一塁を目指して走った。慌てていたのでバットは手に握ったままだった。

「セーフ!」

塁審の女子が叫んだ。白組の全員が「やったー!」と歓声を上げて僕のところに駆け寄ってきた。まるで試合に勝ったような騒ぎが始まり、その中心にこの僕がいた。カオルも駆けつけて来た。カオルはマウンドを降りて歩いているアイツをみて、

「てっきり青山君を最後の打者にして恥をかかせるつもりだと思ったのに、だらしないの。がっかりだわ」

と言った。それから僕の前に立って、

「それにしても青山君、よくやったね。見直したわ!」

と言ってくれた。僕の目からは自然に涙がこぼれていた。それは実は内野安打を打ったうれしさとは違うものだった。


さて、アイツはその後、いろいろと事件を起こして高校を中退してプロ野球の選手になった。活躍につれて明らかになったのは彼がプロ野球選手を目指して幼い時から父親と秘密の特訓をしていたこと、そして針の穴を通すようなコントロールを身につけていたことだった。

そう、あの僕の最後の打席のこと。正直に言うが僕はバントをしようとバットを前に出したとき、アイツの投げるボールへの恐怖心から完全に目をつぶってしまったのだ。アイツはその奇跡のコントロールで僕のバットにボールを命中させた上に、内野安打にまでしてくれたのである。

僕はその日を境に生き方を変えた。学業だけでなくスポーツにも真剣に取り組み、今では彼の足元にも及ばないが、実業団野球の選手として少しは名前が知られるようになった。それもすべて素晴らしい級友、そして球友との出会いがあったからこそである。

その素晴らしい友の名は、星飛雄馬という。

 

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