★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

最後のミッション

あいつが死んだことをあいつの奥方からの電話で聞かされたとき、俺は驚いて言葉が出なかった。しかし、それと同時に最後のミッションが発動されたことを理解した。

あいつの家で催された通夜の席には懐かしい友人たちの顔もちらほら見えたが俺はそれどころではなかった。1階の居間が葬式の会場だった。僧侶が来て経を唱え始めて、俺は早々と焼香をすませた。あいつの写真は俺に「たのんだぞ」と言っているような気がした。俺は帰る風を装って玄関先まで進み、誰もいないチャンスを伺ってそうっと2階に上った。

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あいつから部屋の場所は聞いて知っていた。2階の廊下の突き当たりの右側があいつの書斎だ。俺はすぐに気が付いた。あいつの部屋はちょうど葬式が行われている居間のちょうど上だ。足音を立てるとすぐに怪しまれる。慎重に慎重を期さなければならない。

おれは真っ暗な部屋に入るとライターの火をたよりに忍び足であいつの机に向かった。そして電気スタンドの明かりをつけた。部屋の明かりをつけると近所から見えて怪しまれるだろうと思ったからだ。そして香典を包んでいた風呂敷を取り出し、電気スタンドを覆うようにかけて光が机の外に漏れないようにした。そしてパソコンの電源スイッチを押した。年代物のパソコンは低い音を立てて動作を開始した。

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立ち上がったパソコンはパスワードを俺に要求してきた。俺はうろたえた。

-パスワードは俺の誕生日だ。

あいつの声が聞こえた気がした。誕生日?冬の季節だった気がするがおぼえていない。もちろん、家族なら知っているだろうが、葬式の席で誕生日を聞くほど失礼な話はない。俺はちょっと気がついたことがあって階下に降りた。葬式の祭壇を見ると右の隅にあいつが死んだ日の隣に生誕の日が小さい字で書かれていた。おれは再び焼香の列にならんで焼香しながらしっかりとあいつの誕生日を読み取った。あいつの誕生日は冬ではなく夏だった。

再び2階に戻った俺はパスワードの入力に成功した。そしてフォルダを眺めて絶句した。100を超えるフォルダが乱雑にならんでいる。ひとつひとつ開けている時間はない。途方に暮れた俺の耳に再びあいつの声が聞こえてきた。

-・・・大切な思い出たちだから・・・

思い出たち。見つけた。確かに「思い出たち」という名前のフォルダがあった。それを開けてみる。その下には数限りない名前が並んでいる。一番最初の「ai」というフォルダを開けてみて俺は思わず苦笑いした。あいつが言ってた通りの内容だったからだ。

俺はすべてのフォルダを選んでいっきに消去した。ゴミ箱もきれいにした。思い出たちというフォルダは残してあげることにした。あいつの生きた証のような気がしたからだ。

パソコンの電源を落としたおれは部屋を出てそっと階下に戻り何食わぬ顔で玄関から外に出た。そして誰もいない家の勝手口に回り、壁に背中をもたれてタバコに火をつけた。

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2年前のことだ。俺はあいつと酒を飲んでいると、あいつは急にこんなことを言い出した。

-もしも俺が急に死んだとしたらお前にお願いしたいことがある。
-なんだ、急に改まって。
-葬式の晩、俺の部屋にこっそりとしのびこんでパソコンから女たちの写真を全部消去してもらいたい。家族に見つかったら大変なことになるからな。
-そんなの今消せばいいことじゃないか。

あいつは遠い目をしてこういった。

-それがなあ、消せないんだよ。俺にとっては大切な思い出たちだから。たのんだぞ。


それが生前のあいつを見た最後の晩となった。

こうしてミッションを完了した俺はタバコを吸いながら星空を見上げると、きれいな冬の星座が広がっていた。馬鹿なやつだったなあ、と思った瞬間不意に涙があふれてきた。あいつの死を知らされてから初めてのことだと気がついた。