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サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

生命表と年金システム

厚生労働省の発表する統計データの一つに生命表というものがある。個人的にはまずこの「生命表」というネーミングが簡潔で気に入っている。 

おそらくいつものお役所仕事だったら「年齢別生存・死亡関連各種統計一覧表」などという堅苦しい名前になるのだろうが、この生命表という名前は最初にこの統計を立ち上げた人の信念や心意気がひしひしと伝わってくる気がする。

最新の生命表(男)を下表に示す。データはEXCELベースでも公開されており、自由に活用が可能である。

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表の中で定義された関数については丁寧な解説が添えられている。
 

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学術的に明快であり、記号の添え字もなかなかのセンスである。しかしなじみのない関数もいくつか登場している。特に死力、唐突に登場しているが解説がほかの関数に比べてそっけない。ほかの関数との関連性も理解できない。何か陰謀めいたものを感じる。まず「死力」なる関数の実像に迫ってみた。表の数値から逆算した結果である。

生存数(lx)、死亡数(dx)だがこれらは当然、

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という関係にある。これを微分して変形すると、

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となり、ここに登場した、

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が死力の定義であると推察する。この死力を用いると、人口の減少率は、

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と書ける。

つまり、死力とはある人がX歳になったその瞬間、「死」が全体の生存者数のどのくらいの割合を自分の世界に引き込もうとしているかを示す恐ろしい関数である。当然、それは年齢Xが増えるほど高くなるであろう。

60歳、70歳、80歳についてここ20年間の死力の推移を調べてみた。

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長寿命化に伴い、死力も低下傾向にある。特に80歳の低下は著しく、現時点では0.05を下回っている。ということは80歳の方々も死がロックオンしているのは20人に1人程度しかいないということである。

次にこの死力と他のパラメータの関係を考える。生存率は、定義より生存数を用いて、

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であるが、これは死力(μ)を用いると、

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と書ける。

平均余命(e)は、生存率(P)を使って、

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が成り立つ。これを図示すると、下図のようになる。

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年齢の人の平均余命は以上の範囲の面積(黄色)に対応する。これは①②の面積が等しくなるように引いた境界線ととの差に等しい。


さて、この生命表は特に年金システムにおいて非常に重要であろう。

年金システムとは保険料を収入として、それを積み立てた資金を運用して利子を得て、対象者に給付を行うシステムである。これらの収支のバランスをとることがシステムの長期にわたる安定化のために重要である。しかし、生命表のデータの推移が示すように我々の生存・死亡秩序は時々刻々と変化している。その変化に対応して常に年金システムの制御が行われなければならない。その制御はどのようなものなのだろうか。

積立金Gxは、初期の積立金をGo、利子収入をIx、保険料収入をAx、給付金をBxとすれば、

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と表せる。これをxで微分すると、

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となる。年齢の人がその後一生涯受給できるために保有すべき資金の平均値Gxを考える。ここで受給額を簡単のために年間”1”として、利子による資金の増加について、

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となる利力δを導入して計算すると、

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が得られる。利力(σ)が高ければ高いほど、Gxは小さくなり、初期の資金は少なくて済むことを意味する。特に利子の効果がない場合(δ=0)は、Gxは実は平均余命そのものである。 

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このようにして、生命表の統計データの変化、利率の変化などに対応して、保険料、給付金などがバランスよく運用されていると思われる。

最近、新聞をにぎわしている賃金統計の不正は年金システムにどのような影響を与えるだろうか。保険料に対しては平均賃金統計から配賦率が定められて、それで実際の徴収がが行われていると思われる。となると当然、不正な賃金データに基づいて算出された配賦率は正しくなく、結果的に徴収額は誤っていることになる。

厚生労働省のすべての統計に不正があるとは思わない。この生命表が最初に公表されたのは1902年のことで、すでに100年以上の歴史がある。生命表という名前に象徴される誇りと伝統に立ち返って襟を正していただきたい、と願う。