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サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

『アストロ球団』

いつか読もうと思っていた『アストロ球団』であったが、最近、インフルエンザで隔離生活を送ることになったので、その退屈にまかせて一気読みした。

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この作品は当時、少年ジャンプに連載された3000ページを超える野球漫画の超大作である。ちょうど「巨人の星」終了の翌年に連載が開始された。「巨人の星」も全体は3500ページ程度であるからそれに匹敵している。今回読んでみてあらためて驚いたのはこの足掛け連載5年の超大作の中で野球の試合はなんと3試合だけであったことである。

その3試合とは順に、①ブラック球団戦、②ロッテ・オリオンズ戦、③ビクトリー球団戦である。それぞれの試合ごとのページ数を実際に図示してみる。

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なぜ、3試合しかしていないのか。

試合もせずに練習に明け暮れているわけではない。確かに9人のアストロ超人は市井に紛れ込んでいてそれを日本全国から探し出すという苦労話があり、それ相応に紙面も割いてはいるが上図のように、全体183話の中で70%にあたる130話は試合の実況中継である。

とりわけ最後のビクトリー球団戦は80話、1600ページ近い大激戦であった。「巨人の星」を例に取ると、花形率いる紅陽高校と星投手率いる星雲高校の甲子園の決勝戦でさえ50ページ、ラストの巨人・中日戦でさえ70ページだからこのボリューム感は圧倒的である。少年ジャンプの連載期間としてみると、ひとつの試合を1年半にもわたって延々と死闘を繰り広げたことになる。1回の進行に平均9話、つまり約2か月を費やしているのである。ビクトリー球団との決戦は19対18でアストロ球団の勝利に終わるのだが、試合開始は連載一年半前のこと、途中経過を含めて語れる人はこの世にだれもいなかっただろう。

なぜにこれほどまで長い試合になるかであるが、まず、お互いに試合に勝つことに無頓着であることがあげられる。昔からの私怨などから特定の敵を倒すことばかりを考えていたり、みな別な目的をもってそこに集まっている。ましてや点数をとられることなど全く気にしない。そして後先を考えない無謀なプレーで怪我人が多い。試合中に手術なども当たり前のように行われ、その間試合は中断する。そして結果的に4人死亡者が出た。そしてもうひとつが謎の貴公子・球三郎の存在である。彼は一人だけ少女漫画から飛び出たような女性的なキャラクターである。彼の打順になると球場に詰め掛けた女性ファンがバラの花束をいっせいに投げる。バラの花は球三郎にたいしてダッグアウトからバッターボックスへの花道が作りあげられる。枚挙のいとまがないほど、全方位的にスケールが発散傾向である。

このドラマが同じ地球上で起きていることは信じられない。だからアストロであり、そして超人なのである。

当時の巨人軍は高度経済成長期における安定の象徴であり、「巨人の星」は試練の果てに安定へと向かう物語であった。「アストロ球団」はそれとは反対に情念・怨念の象徴であり、生み出すものはすべて発散と混沌であった。そもそも物語の発端ではアストロ球団の真の敵は巨人軍であったはずである。読者は最後にアストロ・巨人戦が待っていると信じていたに違いない。作者たちもそうだったであろう。しかし途中からその伏線は破綻していった。アストロ球団と戦うために巨人軍入りしたはずの選手たちも何もすることなく球界を去っていった。その破綻の理由はほかでもない、超人たちのその死闘があまりに荒唐無稽である上に自己増殖という属性を秘めていたからだ。それも作者たち自身も制御ができなくなるほどに。

さて、「巨人の星」と「アストロ球団」のどちらが昭和時代の野球漫画のレジェンドとして歴史に名を遺していくのだろうか。

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