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サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

大井武蔵野館と乱歩の世界

 かつて大井町には大井武蔵野館という不気味な映画館があった。いつでも不思議な映画だけを上映していた。いわゆる邦画系名画座である。私は学生時代であった'80年代初頭からここを訪れるようになり、社会人になっても時々通っていた。

 

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 よく観に行ったのは怪人20面相、少年探偵団シリーズである。すべて50年代に製作されたモノクロ映画であった。俳優陣はまったく有名ではない、登場する子供たちも同様。子役育成の劇団があったわけでないのであの小林少年でさえも、近所の公園で遊んでいた子供を無作為に選んで連れてきただけのでは?と疑いたいほど演技というのは程遠い学芸会のノリであった。おそらく子供たちに見せることを目的に作られていたのだと思う。ストーリーも原作よりかなりシンプルにしてあって残酷なシーンもない。従って映画を見ていると会場ではさほど多くない観客達から随所で失笑がこぼれるという和気あいあいの雰囲気であった。

 

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 俳優でもなく、ストーリーでもない、それならばそれでは何を楽しみにこうした映画を観に行っていたのかというと、実は50年代の東京の風景であった。

 50年代の東京は一部を除いてまだまだ田舎であった。都心とは言っても街灯は少なく夜にもなると真っ暗になる。怪人20面相がどこにも潜んでいそうな気配である。乱歩の世界を表現するには50年代が限界であろう。高度成長期を迎えると東京は急速に工業化していった。町は明るく雰囲気は陽気になっていった。怪人20面相の居場所はどんどんなくなっていったのである。

 大井武蔵野館は1999年に閉館した。

 昨年は江戸川乱歩の生誕120周年であった。大井武蔵野館がまだあったら特集を組んでくれたであろうと残念に思う。