★Beat Angels

前途は遠かった。でもそれはどうでもいい。道こそが人生だからだ。 - Jack Kerouac

マリー・ロジェの謎

■はじめに

1841年というから180年近く前のことになるが、ニューヨークでメアリー・ロジャーズという若く美しい娘が暴行の末に殺害され、死体がハドソン河に浮かんでいるのが発見された。メアリーはタバコ店の売り場担当として近所でも評判の看板娘であったのでこの凄惨な事件はニューヨーク中でセンセーションを巻き起こし、警察はもちろん、新聞社、雑誌社の記者たちもこぞって事件の真相に迫ろうと報道合戦を繰り広げた。

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当時、ニューヨークに住んでいたエドガー・アラン・ポーもこの事件に深い関心を寄せた一人だった。

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彼はこの事件をつぶさに調査して『マリー・ロジェの謎』(以下、『マリー』と略す)という作品をリアルタイムで雑誌に投稿し、彼なりの推理を披露した。これがその作品の扉絵である。

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ここでは、この未解決事件の全貌と、ポーがこの事件をどのように推理してどのように事件に絡んでいったかのか、そして事件そのものの真相に迫ってみる。


■小説と事実の関係性

この事件とほぼ同時期にポーは代表作『モルグ街殺人事件』を発表し推理小説作家としての地位を確立していた。『マリー』はその続編という位置づけで書かれたものである。

『マリー』は事件のまっさなかに書かれたものなので固有名詞を使うのははばかられたのか、舞台をニューヨークからパリに移している。事件そのものは事実に即しているが、登場人物や新聞社はすべて架空である。したがって事実と小説の関係性を理解するのに対応関係を示す辞書が必要となる。まず、それを明らかにする。

まず、設定関係の対応を次の表に整理する。

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次に登場人物の対応関係は次の表の通りである。

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そして新聞社・雑誌社の対応関係を次の表に示す。

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なぜ、新聞社などがそれほど重要なのかは不思議に思えるかもしれない。現代でいうと事件の報道などは各社ともほぼ同一の内容なので一紙だけ読めばほぼ事足りると思ってしまうだろう。しかし当時は少し違っていた。当時の記者たちは自らの足で現場検証に赴き、独自に見つけた関係者への事情聴取などを行い、それを事細かに説明するとともに独自の推理を披露していたのである。時には名指しで犯人を特定するようなこともあった。

そしてもうひとつ重要なのはこういう時代背景の中でポーのような著名人が推理を発表するということの影響の大きさである。この事件でもポーの推理は警察の実際の捜査や取り組みの方向に大きな影響を与えた。このことについては今後説明する事件の経過の中で触れていく。


■事件の経緯

それでは本題であるメアリー殺害事件の経緯について説明する。地名、登場人物などはすべて実際の設定(つまり、舞台はニューヨーク)を用いて、調査した事実に基づいてできるだけ詳しく記載した。

1820年
メアリー
がニューヨークで生誕。父親はまもなく死去。母親ナソー街で下宿屋を営んでいた。


1840年
メアリーは陽気で美しい娘に成長。当時ニューヨークでやり手の経営者ジョン・アンダーソンが彼女に目をつけて、タバコ店の売り場担当として採用した。これによりタバコ店は大繁盛した。当時としては画期的な試みだったのでいぶかしく見る向きもあった。実際にメアリーの母親は反対だったが、アンダーソンに押し切られる形だった。


1841年:(この年、ポーは『モルグ街殺人事件』を発表)
1月、メアリーが突然店を欠勤する。行方不明となり警察も彼女を捜索したが見つからない6日後、彼女は姿を現した。そして休養のため田舎の親せき宅にいた、と説明した。しかしこの間、海軍士官の男と一緒にいた、という噂が流れる。それから2,3日後、メアリーは仕事を急にやめた。

2月、メアリーは婚約を発表。相手はダニエル・ペイン、母親の経営する下宿屋の住人の会社員であった。
7月、メアリーは婚約者にブリーカー街叔母の家に行くと告げて家を出た。ダニエルと母親が見送った。しかし、その日も翌日になってもメアリーは戻ってこなかったそれから二日後、ハドソン河ホボケンで死体となって発見された。発見者はクラムリン。叔母によるとメアリーは叔母の家には行っていなかった。死体には激しい凌辱の痕跡があった。顔にも殴られたあとがあり、服は引き裂かれペチコートもなかった。スカートの一部は腰に巻き付けられていた。

警察の捜査が開始され、いくつか重要な証言が得られた。

証言1差出人不明の手紙
行方不明となった日、メアリーを目撃した。ホボケンで船から6名の荒くれもたちと一緒に降りてきた。彼らは楽しそうに笑いながら森の方へ消えていった。それからしばらくすると、3名のきちんとした服装の男たちが小さな船で現れた。そして女性と6人の男のグループが来なかったと尋ね、正直に答えると船でニューヨークの方へ戻っていった。

証言2乗合馬車の御者アダムズ
マリーが肌の浅黒い立派な身なりの男とホボケンの船着き場から降りてきた。二人は近くの宿屋に入った。

証言3:宿屋の女主人ロス
二人連れは宿屋で休息後、森の方へ向かった。それからしばらくして森の中から悲鳴を聞いた。森はいかがわしい場所であり、それ自体は珍しくないので気にしなかった。

その後捜査の進展は思わしくない。ただ、メアリーは荒くれものたちの犠牲になったのではないか、という見方が警察の内外で広がっていた。しばらくして新たな発見とある出来事があった。

9月、ホボケンの森で遊んでいた子供が行方不明だったペチコートを発見、またMRのイニシャルが縫い付けられたハンカチも見つかる。そこには争った跡があった。
同月、この発見の直後、メアリーの婚約者ダニエルはこのホボケンの森で服毒自殺した。


▮新聞各社の見解

事件に対する各社の見解を以下に示す。ワイドショー的に言いたい放題である。

NY・ブラザー・ジョナサン紙:
メアリーはまだ生きている。ハドソン河で見つかったのは別人。理由は3日間で死体が浮かびあがるはずないからだ。死体発見者のクラムリンの証言も信頼性に乏しい。さらに彼は死体を親せきに合わせないようにしていて怪しい。真犯人かもしれない。

NY・ジャーナル・オブ・コマース紙:
彼女は家を出たというが本当なのか。彼女は町中の人が知っている有名人だ。誰も彼女を見ていないことはありえない。犯行現場は意外に自宅かも知れない。

フィラデルフィア・サタディ・イブニング・ポスト紙:
遺留品が発見された森を見に行った。スカートの一部分が灌木の高さ1mくらいのところに引っかかっているのを見つけた。凶行が行なわれたのはそこだと考えて間違いない。

NY・コマーシャル・アドヴァタイザー紙:
某紙が死体が浮かび上がる時間が短かすぎるから別人だと言っているが、3日で浮かび上がった例は5,6例もある。死体はメアリーで間違いない。

NY・エクスプレス紙:
今回の失踪の前にも、メアリーは失踪したことがある。その時は1週間ほどで戻ってきたそうだ。今回もあと1週間くらいでまた戻ってくるはずだ。

NY・イブニング・ポスト紙:
投書を幾通か受け取った。それらは同じくメアリーはニューヨーク近郊を荒らしまわる悪党集団に殺害されたのだと言っている。本社の見解もそれを全面的に支持するものである。


▮ポーの推理

『マリー』の中で探偵デュパンが語るポーの推理はこうだ。

森の中で争った形跡があること、彼女の顔に暴行の後があることは犯人が単独であることを示している。もしも集団であったならばそんなことをしなくても簡単に威圧できたはずだ。スカートの一部が腰に巻き付いていたのは死体を運ぶ手段だったと考えられる。犯行現場は遺留品が見つかった森であり、犯人は「肌の浅黒い立派な身なりの」海軍士官に違いない。動機は暴行であり、騒がれたため殺害に及んだのだ。

こうしてポーが『マリー』を発表するとポー犯人説が浮上した。この肌の浅黒い立派な身なりの男というのがポーに他ならない、というわけだ。荒唐無稽としかいいようがないが、当時、推理作家として大きな名声を得ていたポーの推理は実際の捜査においても大きなポジションを得ていて、この推理が真実であると思われていた節がある。警察もこの推理を無視することができなくなっていたのである。

1849年、事件発生から8年を経過してポーが死去する。警察はポーの推理の通りに犯人と思われる海軍士官の特定を進めたと思われるが、結局それは果たせずに事件は迷宮入りとなって現代に至る。


▮その後から現代へ

ポーの死後、彼の全集が刊行された。当然この『マリー』も代表作の一つとして収録されているのだが、ポーはこの作品にいくつか脚注を追加している。その中の一つがこれである。

*この作品が発表されてからずいぶん後になされた二人の人物(そのうちの一人はこの物語のドゥリュック夫人である)の告白が単に結論だけにとどまらず、また、その結論へと到達するための重要な細部の仮説をも十分に裏書していたということはここに記録して置いて差し支えないであろう。

事件自体は全く解決していないというのにこの自慢げな言いっぷりは気に入らない。ここでいうドゥリュック夫人とは、宿屋の女主人ロスである。それにしても彼女はどんな告白をしたのだろうか。もう一人の告白とは誰でどんな告白なのだろうか。それ以上になぜ、ポーはそれを詳しく紹介しないのだろうか。

これがずっと気になっていたのだが、最近この告白に関する文献を入手した。それを読んだところ驚くべき事実が判明した。

まず、もう一人の告白者というは店長のジョン・アンダーソンである。彼自身も事件発生当時から警察の事情聴取を受ける重要参考人であった。なぜなら当時、彼がメアリーに多額の金を渡していたことが判明したからだ。警察はメアリーとの関係を追
したが、彼は否定した。その点は告白においても変わっていなかったが、彼は事件発生当時から精神に異常をきたし、晩年亡くなるまでメアリーの幻影、つまり亡霊におびえて暮らしていたというのだ。

そして女主人ロスの告白。彼女は当時、もぐりで堕胎稼業をしていた。そして告白したのはメアリーが堕胎の失敗で死亡したという衝撃の事実であった。

これらより事件の全貌が見えてくる。

まず、メアリーの1回目の失踪は、堕胎手術であった。父親はおそらくアンダーソンであろう。彼はその費用を支払ったに違いない。そして事件発生前の失踪、こちらも2回目の堕手術のためだった。行先は女主人ロスの宿屋である。御者アダムズがみたという浅黒い肌の立派な身なりの男はその施術師である。手術は失敗に終わりメアリーは死亡する。女主人ロスは裏稼業の発覚を怖れて、メアリーが暴行で殺害されたことにしようと考える。おそらくロスには彼女を助ける男がいたはずだ。男は死後のメアリーに暴行を加え顔に殴られたような跡を残す。そして死体をハドソン河まで運んで遺棄する。一方で匿名で警察に手紙を出して荒くれの男たちと一緒にいたことを演出する。検死で検出された凌辱の形跡とは実は堕胎の手術痕だったのではあるまいか。当時の法医学のレベルから考えるとそれが妥当だ。それからロスは森の中に争った形跡を作り出し、メアリーのペチコート他の遺留品をそこに遺す。そして、ロスは自分の子供にそれを見つけさせたのだ。

あとは推測だが、メアリーの母親は娘の堕胎を知っていたのだと思う。ロスに相談したのは実は母親だったかもしれない。では婚約者ペインはどうか。恐らく二人目の堕胎の父親はペインだったと思われる。しかし彼はメアリーが身ごもったことも知らされていなかった。事件発生後、ペインはその事実を母親から聞かされる。そしてそれが彼の自殺の大きな引き金となった・・・。

以上がメアリー殺害事件の推測を含めた真相である。恐らくポーも当時、同じ結論に到達していたと思われる。その発表は彼のプライドが許さなかった。真実を隠して自分に都合のいい部分だけ引用したのは虚栄心以外の何物でもない。しかし歴史は残酷でこの事件はポーという著名人の名声とその作品の影にその真実が埋もれてしまうことになった。小さな木の葉一枚が月を覆い隠してしまうように。

ちなみにこの事件は映画にもなっている。

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