実は正座が大の苦手です。
今日は柄にもなく都内で催された初釜の茶会に行ってきました。広い庭園の中にいくつもの茶室が用意されていてそこをめぐってお茶をいただく催しです。
私はその場にいることを後悔していていました。すでに足先の感覚が薄れています。そちらばかりに気をとられ落ち着いてお茶を味わう余裕は全くありません。私の隣には女子中学生が座っていたのですが彼女も事情は同じようでした。腰をもじもじさせていて、その隣の母親に足が痛いと訴えています。すると母親が小さな声でこう助言するのが聞こえてきました。
-左右の足の親指の上下を入れ替えると痛くなくなるわよ。
これはいいことを聞いた、と私も同じことをやってみることにしました。しばらくして、娘さんはこう言いました。
-おかあさん・・・
母親が答えます。
ーどう、よくなった?
すると娘さんが答えていうには、
-おかあさん、大変!足がない!
これを聞いた私は思わず吹き出しました。私の感想もまさにそれで完全に言い当てられたからです。それに答えるように娘さんも吹き出して笑い始めました。静まり返っていた茶室には一変してしらけた空気が流れました。私は一緒に来ていた家人の厳しい指導もあって退室を余儀なくされ、衆人環視のもとで足をよろよろさせながら外に出ました。
私は少しふてくされて広い庭園の片隅でタバコをすっていました。すると青地の浴衣をきた女子高校生と思われる若い娘さんが近づいてきて「一服いかがですか?」と声をかけてきました。
-私たちは高校の茶道部で創作の茶会をやっているんです。
私はまた二の舞になると思い断ろうと思ったのですが、娘さんが指差すほうをみるとその茶室の中にはテーブルと椅子があるのが見えました。少し興味もわいたので娘さんの言うがまま連れられていきました。
そこは竜宮城をテーマとした茶室でした。部屋全体が青系統の色に統一され、娘さんたちもみな青色系の浴衣姿です。部屋の中にはBGM(ドビュッシーの『海』)も流れていてきわめて現代風の趣向でした。客は私一人で椅子に座って待っていると茶がお盆に乗せられて運ばれてきました。私はこう言いました。
-なるほど、それでそのお盆は、はまぐりの形をしてるんですね。
運んできた娘さんは「え?」という表情をして、手にしていた盆をまじまじと見ていました。そしてそそくさと隣の部屋に消えていき、なにやら裏で話す声がしたかと思うと、留袖姿のにこやかな女性が生徒たちをつれて出てきました。彼女は指導にあたる高校の顧問の先生でした。
-よくお分かりですね。竜宮城に御案内してそこでお茶を飲んでいただくというのがここのテーマです。ですからすべてにおいて海の底でくつろいでもらうことを第一に設計しました。そしてこのお盆も私が選びました。彼女たちにも内緒にしていたんです。やっと気がついてくれるお客さんにお会いできてうれしいです。みなさん、分かりましたか?お茶というのはもてなそうというこちらの気持ちと、それを理解してくださろうとするお客様の両方がこの小さな空間で調和するところにその結晶が生まれるのです。さあ、皆さん、お礼をいいなさい。
生徒たちは私の前に並んでお辞儀をしました。私は照れくさくなったのでお茶を急いでいただくとそそくさと茶室を後にしました。やがて家人と合流して茶会の席を後にしました。帰り道、家人からは、
-あなたはお茶の精神をまったく理解できていない。
と苦言を呈されました。
-そうだね。
私はそれだけ答えました。心はとても静かでした。