★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

里山合戦記

当時小学5年生だった僕と両親は、父の実家のある里山の村にしばらく身を寄せることになった。理由は父が事業で失敗したからだ。というのは実は大分あとから知ったことだった。里山は僕の住んでいた町からはるか遠く離れたところにあり、海を渡り、汽車に乗り、その終点からバスを幾度も乗り継いだところだった。元気のない両親とは裏腹に、僕には目にするものすべてが新鮮でピクニック感覚で一人はしゃいでいた気がする。

バスを降り立った僕の目の前に里山はまさに春であった。


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父の実家には父の兄にあたる叔父夫婦と兄と妹の二人兄弟が暮らしていた。叔父の家につくと、玄関先にあらわれた叔父は父に向かって優しくこう言った。「ここでしばらくゆっくりするといい。そうしたらまた次の仕事をやろうという気もおきるだろうよ」僕たちが玄関先で話をしていると、家の奥の方で騒がしい音が聞こえたかと思うと台所への入り口と思われるところから二つの顔が飛び出した。叔父があきれた顔で言った。「お前たちはあいさつもできないのか。タケシ君を見習ってちゃんと挨拶せい」兄妹二人がやっと玄関まで出てきて並んで僕たちに頭を下げた。マサジは僕よりも一つ年上、坊主頭で大柄なわんぱく少年という感じだった。妹はまだ幼稚園生だった。

両親と僕は離れの部屋に通された。両親はそこで荷物の整理を始めていたが、マサジがドアのところにやってきて僕に出てくるように手で合図した。僕はマサジに連れられて家の外に出た。妹も大きなサンダルを履いて僕たちのあとをついてきた。マサジは「俺たちの秘密基地を教えてやる」と言って山道をすたすたと登って行った。道端には小川が流れ、都会では見たことのない春のきれいな黄色い花が咲いていた。

僕たちは小高い山の頂上まできた。
「俺たちの家はこの東の里山のふもとにあるんじゃ」その里山は東山と呼ばれているらしかった。里山というだけあってさほど高い山ではなく子供達でも簡単に登れるようななだらかで小さな山である。東山の頂上は広場になっていてそこでは子供たちが何人かでサッカーのボールをけって遊んでいた。広場のはずれには大きな木があってその真ん中の高さくらいに小屋のようなものが見えた。それがマサジのいう秘密基地だった。

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マサジは仲間たちを呼び集めてその梯子を上って基地の中に入った。「ここが俺たちの秘密基地じゃ」そこにはお菓子やリンゴ、大人の雑誌なども無造作に置かれていた。マサジは僕を仲間たちに紹介した。そしてリンゴをかじりながら基地の窓に立って隣の山を指さした。ちょうど同じくらいの里山が見える。「あれが西の里山、西山じゃ」そして二つの山のちょうど中間のあたりにある白い建物を指さして、「あれが俺たちの学校じゃ。明日の朝一緒に行こ」

翌朝、学校に行くと先生は僕を紹介した。学校は小さくて生徒数も少ないので高学年、低学年の2つのクラスしかない。1クラスは10人余りである。この学校には先生も二人しかいないのである。僕は高学年組で学年が違うマサジと同じ教室で勉強することになった。先生は僕の紹介が終わると僕の席は教室の一番後ろだと説明した。

僕が席に向かって歩き出したとき、マサジが立ち上がって言った。「タケシは俺のいとこだから、いじめたら承知せんぞ」僕は机の間を歩いていく途中で足元の何かにつまづいて転んでしまった。マサジは大きな声で言った。「おい、サヨコ、何する?」サヨコと呼ばれたおかっぱ頭の女の子が言った。「しらね、勝手につまづいたんじゃろ」サヨコはマサジと同じ学年で僕よりも年上だった。ズボンをはいて上下を黒ずくめで、男の子と言われても信じてしまうほどがっちりとした体格だった。マサジはサヨコをにらみつけていたがサヨコはどこ吹く風と横を向いて相手にしていなかった。


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学校が終わると、マサジと僕と仲間たちは東山の基地に集合した。10人ほどである。マサジの話によると、子供たちは家の場所によって、東山と西山に分かれて対立している。どちらも10人ほどで、こちらの大将はマサジ、西山の大将はサヨコ。こちらは男の子が多いが向こうは女の子が多い。そして毎日、捕虜ごっこなる遊びで争っているのだそうである。「説明するよりも実際に見るのが一番じゃ」マサジはそう言って、みんなを連れて西山に向かっていった。山道をくだってまた登っていく。ほどなく西山の頂上に近づいた。そこに3人の男の子がサッカーをして遊んでいた。

マサジは指を口元に立てて静かに近づくように仲間たちに伝えた。「いけー!」マサジが号令をかけた。仲間たちは奇声を上げて草むらから一斉に飛び出した。西山の子どもたちはいっせいに逃げ出した。僕は立ち尽くして見守るだけだった。やがてマサジは向こうの男の子の一人を捕まえた。みんなは追いかけるのをやめて集まってきた。そしていやがるその男の子を東山へと連れ帰った。基地の下までくると、みんなはその男の子の服を脱がせて裸にした。そして4人がかりで手足を抑え込むと、マサジが出てきて、裸の男の子に向かってあろうことか放尿を始めた。それが終わると男の子は解放され、服を片手にして今来た道を逃げ帰っていった。みんなはそれをみて、笑いながら勝どきを上げた。

僕は茫然とそれを見ていただけだった。マサジがこう説明した。「これはな、昔、ここの氏神様がこうやって悪霊を退散したという言い伝えからきたシンジじゃ」僕はマサジに「シンジって?」と尋ねると「神様に代わってやってあげてる良いおこない、ということじゃ。次はお前も相手を捕まえるんじゃ」マサジはそう言った。

次の日、学校に行ってみると、サヨコが怖い顔で睨みつけていたが、教室では捕虜ごっこの話を口にするものもなく、かと言って先生に告げ口するものもなく一日が過ぎた。

学校が終わると僕たちはすぐに基地に集合した。マサジがその日の作戦を説明した。サヨコたちは昨日の復讐を計画するために集まっているはずだ。でも、こちらが昨日続いて攻撃してくるとは思っていないのできっと油断しているはずだ。そこを狙うんだ、ということだった。僕たちはすぐに西山に向かった。

西山の頂上には木がないので、東山のような基地は作られていない。意に反してサヨコの仲間たちは草むらでみんな輪になって楽しそうに話をしていた。輪の真ん中にいるのがサヨコであった。西山の子どもたちは女の子が多かった。僕たちは草をかいくぐりそうっと近づいていった。やがてマサジは叫んだ。「それ行けー!」女の子たちはすぐに逃げ始め、僕たちは追いかけた。僕も一緒に飛び出したものの、どうしていいか勝手がわからない。ふと見るとすぐそばの岩場で小さな女の子が影に隠れていた。ミキという名前の下級生である。僕は
うしろからそっと近づいて抱き着いた。女の子は怖がっているのか身動きもしなかった。僕は慌てて「捕まえたぞー」と自然に声を出していた。仲間たちが集まってきた。

「初めての合戦で捕虜をつかまえるとはなかなかやるな」マサジがそう言った。僕たちはミキを連れてまた東山まで凱旋した。マサジは「俺たちが押さえててやるから昨日の俺と同じようにやるんだ」僕は引くに引けなくなってしかたなくマサジの言うとおりにした。びしょびしょに濡れたミキはすぐに解放されて、服を抱いて泣きながら走り去っていった。マサジたちは指をさしながら笑い転げていたが、誰かが僕にこう教えてくれた。「あれは、サヨコの妹だ」僕は初日から大変なことをしでかしてしまった、このままでは済まないだろう、そしてこれからどんな運命が待ち受けているのだろうかと不安になった。

翌日、学校に行くとサヨコがいて僕をにらみつけるように見ていた。何も言わなかったが逆にそれが恐ろしかった。

それからも捕虜ごっこは延々と繰り広げられた。しかし僕は仕返しを恐れてあまり積極的には参加しなかった。転校生ということで遠慮もあるのか僕をあまり狙っていないようだった。ミキのこともおそらく忘れてくれたのだろう、と勝手に考えていた。



里山に夏が来た。

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村には夏祭りの日がやってきた。学校の校庭には盆踊りのやぐらができていて、片隅にはテント小屋も建てられていた。盆踊りが始まる頃にはこの田舎町にこんなに住んでいたのか、と驚くほど大勢の人が集い、みな我を忘れて踊っている。僕がいつも参加していた団地の盆踊りとは全く違う熱気に満ちていた。僕はといえばテント小屋が気になっていた。そこで曲芸師が芸を披露し、面白い見世物小屋が並んでいるらしい。でもそこに入るには入場料を取られるのだとマサジが教えてくれた。

「裏からこっそりと忍び込もう」僕とマサジはテント小屋をぐるりと回り、裏側に向かった。テントの中には明かりがともり、中を動き回る人たちの影がテントに映っていた。時折、中の人たちから歓声や笑い声が沸き起こっている。きっと曲芸師が何か芸を披露しているのだろう。マサジは言った。「俺がここで見張ってるから、ここから入るんじゃ」僕はどきどきしながら腰を低くしてテントの裾を持ちあげて開けて入ろうと頭を入れた。すると、テントの中には見張りの人がいて「駄目じゃ、駄目じゃ、そんなところから入っちゃ」僕はテントの外に押し出された。マサジは「こう、やるんじゃ」と言って、テントの裾に尻を向けてあとずさりする形で尻からテントの中に入っていった。またテントの中から見回りの男の声がした。「駄目じゃ、駄目じゃ」僕はやっぱり見つかったかじゃないか、と思った。しかし「駄目じゃ、そんなところから出ちゃ」そう声がして、マサジの体は魔法のようにテントの中に吸い込まれていった。

残された僕は同じことをする勇気もなかったので、その場を離れて盆踊りの会場に向かった。その途中でいつも通りのズボン姿のサヨコとすれ違った。僕を少しにらんだけで何も言わなかった。祭りが終わって家に帰るとマサジはテント小屋のことを僕と妹に得意げに話をした。そこにはヘビ女という薄気味悪い女がいてそれがサヨコそっくりだったらしい。



里山に秋が来た。

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里山は綺麗に色づいた。僕たちの里山での捕虜ごっこは相変わらず続いていたのだが、この華やかさの中でとうとう僕が捕虜になってしまう日がやって来た。

その日、僕たちはいつものように捕虜ごっこのために西山に向かって山道を歩いていた。すると、草むらから黒い影が一斉に飛び出しかと思うと僕をめがけて取り囲んだ。完全に不意をついた奇襲だった。あきらかに狙っているのは僕だけだった。マサジたちはさっさと逃げ出していった。僕は手を縛られて囲まれるように西山の基地に連行された。縄を持っていたのはサヨコの妹のミキだった。僕は逃げようともがいたが、サヨコは「大人しくしろ」と言って僕の股間をぎゅっと握ってきた。女の子とは思えない怪力だった。僕は悲鳴をあげて反抗をあきらめた。西山に到着すると僕はすぐに丸裸にされてしまった。

それから両腕、両足を4人に固定された状態にされると、サヨコはミキに向かって、
「さあ、復讐だよ」と命令するとミキは僕の上にまたがった。僕は悲鳴をあげた。ミキは僕の上でもじもじするだけだった。そして困ったような顔で「出ないなあ」とつぶやいた。女の子たちはみんなで笑い転げた。「じゃあ、私がやってやる」ひとりだけ笑っていなかったサヨコはそう言ってズボンを下すと僕の上に脚を開いてまたがった。「わー!」僕はおもわず悲鳴を上げて目をつぶった。


その時である。大きな掛け声とともに草むらからマサジたちが一斉に飛び出してきた。それが反撃の始まりだった。そして大混戦となりその果てにマサジはとうとう大将のサヨコを捕虜にすることに成功した。「とうとう大将を捕まえたぞ!」マサジたちは勝どきを上げた。そして僕たちはサヨコを後ろ手に縛りあげた。サヨコを基地まで連行すると僕たちはまわりを取り囲んだ。
「さあ、脱がすぞ」マサジはそう言って、サヨコの着ていたセーターとズボンを脱がした。サヨコはあきらめたのかおとなしくなっていた。びっくりするほど大きな胸がみんなの前にあらわになった。

「大きい胸じゃのう。さあ、タケシ仕返しするんだ。もんでやれ」マサジは僕にそういった。僕は断ることもできず恐る恐るサヨコの胸に手を伸ばそうとしたときだった。「う、腹がつっぱる」サヨコが急に腹を押さえて身もだえ始めた。苦しそうな顔をして崩れ落ち、膝立ちの姿勢になった。僕たちは驚くだけでそれを眺めていたが、突然マサジが「わっ!」と叫んで飛びのいた。僕の目にもサヨコの白い内またを赤いものが伝って流れ落ちているのが見えた。みんなもあとずさりした。マサジは、「お、俺じゃない。タケシが悪いんじゃ」そう言い放つとマサジは逃げ去っていき、他の子どもたちも悲鳴を上げながらマサジの後を追って山を下りて行った。

そこには僕とサヨコだけが残された。サヨコは動かずにそのままの姿勢でいた。僕は草むらに放り捨てられていた黒のセーターを拾い上げてサヨコに着せてあげた。
「ありがとう。大丈夫だから」サヨコはそう言ったが一向に動こうとしない。あたりは暗くなってきた。僕は「早く帰ったほうがいいよ。じゃあね」とだけ言い残してその場を立ち去った。

その出来事以来、僕たちは捕虜ごっこの遊びを自然としなくなった。



里山に冬が来た。

 

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校庭を囲むように植えられた樫の木の葉もすっかりなくなった。そのころ、父の仕事に支援を申し出た人が現れて、父はもう一度事業にチャレンジすることが決まった。こうして僕たち一家はまた町に戻ることになった。

出発の朝、マサジの一家は駅まで見送りに来てくれた。「また遊びに来いよな」マサジは汽車の窓からそう言った。

その時である。駅舎の入り口からおかっぱの娘がひょっこりと顔を出したのが見えた。サヨコだった。サヨコは後ろ手に何かを隠すようにして少し恥ずかしそうにして僕たちの方に駆け寄ってきた。そしてマサジを押しのけるようにして窓の前に立つとその紙の袋を僕に差し出した。サヨコは顔が心なしか赤く、僕に目を合わせないように下を向いたままだった。「これ、食べて!」サヨコが言ったのはそれだけだった。僕に袋を渡すと一目散にかけ去って駅舎の中に飛び込んで見えなくなった。

「なんだ?あれ」マサジはあっけにとられて見送っていただけだったが、しばらくしてぽつりと言った。「あれ、あいつスカートはいとらんかったか?初めて見たな」

汽車は動き出した。僕は窓から身を乗り出してマサジたちが小さく見えなくなるまで手を振った。僕の前の席では父と母はここに来る時とは別人のような明るい顔でこれからのことを話し始めた。僕はサヨコから受け取った紙袋を開けてみた。そこにはまだ色づいていない青いミカンがたくさん入っていた。

当時の僕にはまだ理解できなかったのだが、今ではサヨコの気持ちが少しはわかるような気がする。今でも青いミカンが八百屋の店先に並び始めるのを見ると、あの美しい里山の四季とそれに包まれて過ごした夢のような日々のことを懐かしく思い出すのである。


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