幼いころ、父親は仕事が忙しい人だったので一緒に風呂に入ることはまれだったが、一緒に入るといつも次のような問いかけをしてきた。
- 1足す1は?
- 2
- 2足す2は?
- 4
- 4足す4は?
- 8
これを延々と繰り返すだけであった。100を超えたあたりからわからなくなるのと同時に頭ものぼせてきて終わり、というパターンであった。
こうして得られる数列は、1,2,4,8,16,32・・・とネズミ算に従って急速に増加していく。それに伴ってどんどん桁も増えていってどんどん計算は複雑になる。しかし高校生になると対数というものの存在を知った。それを使えばこれらの数を等間隔に並べることができて、発散はしなくてもいいことになる。しかし世の中はそう甘くはなかった。
実際に、1,2,4,8の流れを順に書き出してみると、
同じ桁には3個か4個あることがわかる。そして特徴的なのは最初の数だけ縦にみていくと必ず“1”から始まる数字になっている。10桁、20桁を見てみても、同様に正しい。
これは2倍という操作から当然のことなのだが、“1”から始まる数字にはどんな特徴があるかを考えてみる。n番目で桁上あがりが発生するということは、ある整数mが存在して、
が成り立つことである。全辺の対数(常用)をとると、
となる。これは、桁上がりが発生するnについて、
が成り立つということを示している。
次にこの桁上がりがどのような頻度で発生するかを考える。nと桁数mの関係は、
となるので、同じように対数を取ると、
これをmについて整理すると、
ここでn→∞の極限をとると、
となり、前述の桁上がり発生時の小数点以下の範囲と一致する。
この一致の意味するところは、log2=0.3010…を順に2倍、3倍として小数点以下の部分だけを並べていったとき、それらの中で0.3010…以下となるものの数の割合は0.3010…となるということである。
同じ数字が並んで回りくどい表現となっているが、このことは次のことを予想させる。
一般に無理数を2倍,3倍としてその少数部分だけを切り出した数列を考える。この数列は0から1の間の数が並ぶことになるがそれらは0~1の範囲の中でどんな分布となるか、という問いに対して、α以下のものの割合はαそのものに等しい。言い方を変えると、それらは0~1の間に完全に一様に分布しているという予想である。
無理数の小数点以下は完全なランダムだと考えれば直観的には正しいと思われる。log2の場合はいろいろな偶然が手伝って部分的に証明ができたのだが、πなどを含めた一般的な証明は難しいに違いない。
そんな父も一昨年帰らぬ人となった。お風呂での思い出も懐かしいがどこかに割り切れぬ複雑な陰翳を残しているというのが今の実感である。