★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

図書館幻想

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その重い扉を開けると薄暗くほこりっぽい館内には果てしなくもなく書架の森が広がっていた。

 


▮第1の森

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左右には高い木が立ち並び小径はやがて狭まって途切れがちな抜け道となっている。それは複雑に入り組んだ草深い道で、草々が両側から触手を伸ばし閉じ込めようとする。旅人はふと道に迷うことを怖れる。そこで近代知の巨人の声を聞く。「森で迷ったときの最もそとに出る近道はひたすらまっすぐ歩いていくことだ。途中で左右へと延びる道がお前を幻惑するだろう。それでも迷わずにまっすぐに歩いていくことだ」

 


 
▮第2の森

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木々の隙間からすれ違うように人影が見え隠れしている。それは寂しげな黒衣の人たちの葬送の列である。旅人は進路を変えてそちらに合流しようとして道ならぬ道を進む。やがて明るい小径に出たときにはすでに葬列は通り過ぎた後で、そこには墓標だけが果てしなく連なっている。ふと生暖かい風が通り過ぎていく。一人残された旅人は累々たる墓標をめぐって各々の墓誌に刻まれている記憶を一つ一つひも解いていく。

 



▮第3の森

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旅人は深く茂った葉の葉擦れの音に無数の人たちの声を聴いた。そこは原生林とは違う然とした秩序に支配されている。時折吹き寄せる風に木々はひとたびは撹乱されるが、やがて静寂が訪れてふと見上げると一段と高度に組織化されている。ここに通底する秩序らしきものの正体は紛れもなく「約束」である。人々の声が怒号へと変わる。生まれ変わるための陣痛のように。

 



▮第4の森

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旅人は1本の樹を見上げる。それは我々を荒野に放擲した禁断の真紅の果実をつけている。大きく時を隔てて、とある人物がこの果実が地面に落下するのを目撃した。そして、大地と木の実の間、そして万物の間に存在する物の摂理を理解した。その瞬間、我々の永い放浪は終わりをつげ、それまで畏怖と脅威の対象でしかなかったこの森と真っ向から対峙する時代を迎えた。我々の関心はさらに無辺の宇宙、矮小な粒子の世界へと広がり続けているが、この深遠な森はその全貌をいまだに明らかにしてはくれない。

 



▮第5の森

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森全体とそれを構成する樹木には古代建造物にも似たシンメトリーが施されている。木の枝、葉たちが織り成すタペストリーには無駄やむらがない。採光も巧妙かつ最適に設計されている。旅人は木の幹を指で触れてみる。どこまでも無機質で生気が感じとれない。この森に充満しているのは調和とそしてそれがゆえの空虚さである。

 



▮第6の森

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この森を支配しているのは目的という言葉。木々は同じ方向を向いてともに活動し、毛根から葉脈にいたるまで常に何かを生み出そうと熱気に満ちあふれている。遠くから生産にあずかる人々の明るい声が聞こえている。これらが向かう先にあるのは幸福な未来。そしてそれは繰り返しをいとわない明快さと単純さで森の地下に潜む底知れない深淵をひたすら隠し通そうとしている。 



▮第7の森

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この森の奥深くには美をつかさどる麗しい女王が君臨しているという。その威光からかここの木々、大地、空はすべて生き生きと脈動してまるで熱帯雨林のようにその生命力を直接訴えかけてくる。そこには表現という気迫で満ち満ちていて足を踏み入れたもの達を空間的、時間的に幽閉してしまう。旅人は女王を一目みたいと願う。しかしその真の姿をみたものは一人もいない。

 



▮第8の森

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旅人が草むらに足を踏み入れた途端、色鮮やかな蝶の大群が一斉に宙に舞いあがる。それは空を覆うような大きな波となったあとゆっくりと雨のように森全体へと降り注ぐ。そして蝶たちは迷うことなく定められた枝葉を探り当ててそこに収まっていく。静まり返った森には翅を休めた蝶たちが自己主張をするでもなく詩人たちによって摘み取られるのを息を潜めて待ち続けている。

 


 
▮第9の森

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ここは広大で豊饒な森。草花は美しく咲き誇り、大地は起伏に富んでいる。森全体は光に満ちあふれて、鳥たちの声はまるで詩のように響き渡る。うっそうと茂った森の奥に一箇所だけ明るい舞台がありそこに一人の少女が番人として立っている。少女は旅人たちに手を差し伸べて一本の鍵を渡す。受け取った瞬間、少女の姿は消えてそこは断崖が広がる。旅人はその眼下に滔々と流れる大河と、対岸からまた果てしなく続く森が空へと続く山脈にまで連なっているのを見る。

 



▮第0の森

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最後の森にたどり着く。小川が弧を描いて流れていて、それをたどっていくと再び元の場所に戻る。この小川はこの森を囲んで無限に流れているのである。「私は道標」という声を聞く。9つの森の中心にこの森があると信じられてきたが実は9つの森全体を取り囲んでいることにここで気づく。ここは終着点であると同時に出発地点。そこで旅人はこの世のあらゆるものが一斉に反転する錯覚に陥る。

 

 

我に返ると私は再びこの広大な書架の森の扉の前に立っていた。  

 

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