★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

善意の拡散についての考察

 私はとある10階建ての集合住宅に住んでいる。仕事柄、帰宅する時間はいつも遅い。集合住宅のエレベーターは一基しかないので帰りついたときにエレベーターが地上階にないことが多く疲れているのにボタンを押して待つことになる。夜の9時を回ると外出する人はまれであり帰宅する人がほとんどであろう。それならば夜間はいつでも地上階で待ってくれた方が夜帰宅する人には都合がいいはずである。

 エレベーターにはそういった便利な機能もついているのが普通であり、自治会経由で具申してそれを設定してもらえばいいのだろうがここで一つ思いついたことがある。それは自力でこれを定着させられないか、というものである。夜間帰宅してエレベーターを利用して降りる際に、次の深夜帰宅者のために、地上階のボタンを押してエレベーターを地上階に降ろしておく。これが偶然ではなく善意だと気が付いた次の利用者も同じことをする。それが拡散していってやがては完全に定着し、それはいつの日か自分にも戻ってくるはずであろうという性善説に基づく発想であった。

 これを善意の拡散と呼んで数学的に取り扱う。まずモデルを定義する。

 

<善意の拡散モデル>

・N名の構成員からなる集団がある。
・構成員には善人と悪人の2種類がいる。
・善人は一日一善で構成員のランダムの一人に対して善行を施す。
・悪人が善行を施されると善人に変わり、翌日から善行を行う。
・善人は善行を施されても変わらず善行を繰り返す。
・最初の日(t=0)における善人の数を「1」とする。

 

 

 ある日(t)における善人、悪人の数をZ(t)、A(t)とする。計算の容易なA(t)について考える。

A(t)の漸化式は、

 f:id:taamori1229:20170908093119p:plain

ここで初期条件は、

 f:id:taamori1229:20170908093325p:plain

である。これを計算する。

 f:id:taamori1229:20170908093419p:plain

ここで、

 f:id:taamori1229:20170908093452p:plain

で与えられる全体数(N)に対する悪人の割合を示すA%を導入すると、

 f:id:taamori1229:20170908093521p:plain

が導かれる。この式を眺めるとtについての指数の指数という形式である。tが大きくなるにつれてA%(t)は通常の指数関数以上の急激さで0に近づいていくことが予想される。

 まず、tが小さい範囲での挙動を考える。Nが十分大きく、tが小さい範囲では近似式、

 f:id:taamori1229:20170908093558p:plain


が成り立つ。悪人について整理すると式はもう少しすっきりして、

 

 f:id:taamori1229:20170908093627p:plain

 f:id:taamori1229:20170908093657p:plain

 となる。序盤においては、ほとんどが悪人である。数少ない善人のほとんどは悪人を善化させるので善人の数はネズミ算的に増加していく。しかし、次第に善人の割合が大きくなっていくと善人が悪人に出会う確率も減ってくるので善人の増加は鈍化していく。次に中盤を考える。善人の割合が半分となるのに必要な日数を計算してみよう。そのためには、

 f:id:taamori1229:20170908093725p:plain

を解くことになる。両辺の対数をとると、

 f:id:taamori1229:20170908093757p:plain

となる。ここでNが1よりも十分大きいとき、

 f:id:taamori1229:20170908093820p:plain

という近似が可能なので、

 f:id:taamori1229:20170908093843p:plain

となりこれより、集団の母数Nに対してその半数が善人化する日数tは、

 f:id:taamori1229:20170908093909p:plain

で与えられることがわかる。これを具体例で数値計算してみる。N=100の場合、t=約5日、N=10,000の場合、t=約12日、N=1,000,000の場合、t=約18日。地球の全人口である74億人で計算すると、t=約31日つまり地球規模でもたったの1か月で半数が善人となる。

 さてこの考察によれば構成員約100名からなる私の住む集合住宅においては10日間もすればほぼ全員が善人化されて私が深夜帰宅してもエレベーターは地上階で待っていてくれるはずであった。ところが現実は何年経過してもそんなことにはなってくれない。おそらく善行そのものに気が付かないので善人に変わりようがない、という基本的なところに誤りがあった。こうして報われない善行は今後も果てしなく続いていくであろう。 

 ちなみにこの推論は善(Z)と悪(A)を反転させてもまったく同じく成立する。 

<悪意の拡散モデル>

・N名の構成員からなる集団がある。
・構成員には善人と悪人の2種類がいる。
・悪人は一日一悪で構成員のランダムの一人に対して悪行を施す。
・善人が悪行を施されると悪人に変わり、翌日から悪行を行う。
・悪人は悪行を施されても変わらず悪行を繰り返す。
・最初の日(t=0)における悪人の数を「1」とする。

 

 風評被害とか、伝染病の感染がこれに当てはまる。悪事千里を走る。こちらの方がはるかに現実味を帯びているように思えてしまうことが悲しい。