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君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

一日警察署長アミちゃん

 アイドル歌手のアミちゃんは一日警察署長という大役を仰せつかって東京郊外にあるその町にさっそうとやってきた。
 

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 朝、駅前広場で就任式が執り行われた。朝早いのにもかかわらず大勢のファンが押し掛けて歓声を上げていた。そこで制服姿でタスキをかけたアミちゃんは挨拶に立ち、署長としての意気込みを堂々と語った。それから駅からの大通りをオープンカーでパレードしながら警察署へと向かった。沿道には多数の市民が並んでいたが、「テレビ見てるよー」と声がかけられるとアミちゃんは笑顔で手を振ってこたえた。
 
 警察署の前にはすでにテレビ局が多数押し掛けていた。アミちゃんはテレビカメラの前に警察のマスコットであるピーポ君と並んで立って、交通事故と振り込み詐欺の撲滅に向けた抱負を語った。その後アミちゃんは警察署の中に入っても署長室の席にのんびり座る暇もなく、交通事故防止に貢献のあった人たちや、犯人逮捕に協力した人たちの表彰式など署長としての仕事を目まぐるしくこなしたのである。
 
 午前中に予定されていた仕事が一通り終わってアミちゃんは署長室の重々しい机に腰を下ろして一息ついた。そこに本物の署長が登場して、
「アミさん、お疲れ様でした。午前中のイベントは終わりました。午後からは交通安全教室で自転車の運転もしてもらいます。きっと疲れると思うので午前中はここでゆっくりしていてください。」
と優しげな声で言った。アミちゃんは大きい椅子に包み込まれるように座って大きくため息をつくと署長に向かって尋ねた。
「署長さんというのは毎日こんなに忙しいんですか?」
署長は笑って答えた。
「普段はこんなことはありませんよ。ただ大きな事件があるとどうしても署をあげてドタバタしてしまいますが。例えばこれです。」
机の上にあった「xx河原幼児殺害遺棄事件」」という調書を指さした。アミちゃんは言った。
「ええ、新聞でみた覚えがあります。時間があるので目を通してもいいですか?」
署長は一瞬驚いた顔をしたが、
「もちろんどうぞ。アミさんは今日一日ここの署長さんですからね。この事件はもう発生から2年になるのに何の手がかりも得られていないんですよ」
 
 署長はドアを閉めて部屋を出て行った。アミちゃんは分厚い調書を開き、最初のページから読み始めた。それから30分ほどした頃、署長がお茶を手にして再び部屋に入ってきた。
「熱心に読まれていますね。ちょっと若い女性には見せたくない写真も多いですよね。」
「いえいえ、今日一日はこれが仕事ですから。」
 アミちゃんは顔をあげてこう言った。
「この事件を担当されている刑事さんと少しお話ししたいんですけど。」
「はあ?」
「ちょっと供述に気になるところがあって。」
「そうですか。わかりました。」
 
 署長は席を外したと思うと眼光鋭い初老の刑事を伴って再びあらわれた。彼はヤマさんと呼ばれるベテランの刑事だった。ヤマさんは事件で忙しいときにアイドル歌手の遊びの付き合いなどやってられないという苦々しい表情をしていた。
 
「あの、この写真を見てください。これは幼児が殺害された河原を橋の上からとったものですよね。」
「それがどうかしましたか。」
「この写真は発見からどのくらいの時間がたっていますか?」
「橋を通りかかった主婦がみつけてすぐに電話してきました。それから我々はすぐさま駆けつけてこの写真をとりました。」
「そうですか。幼児の遺体は川の流れのすぐそばにあって、ちょうどそこは川の流れが少し曲がっていて川岸にはよどみができています。そこにアヒルちゃんの人形が浮かんでますよね。」
 

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 アミちゃんはオレンジ色のアヒルの人形を指さした。遺体のすぐ横の淀みの部分でぷかぷかと浮かんでいる。
「だからそれがどうしたっていうんですか。」
 ヤマさんは不機嫌な口調で聴いてきた。署長があたふたしながらそれを必死でなだめた。
「遺体を見つけた主婦の供述によると、遺体があったのは橋の上から見て川岸がへこんだところが目印だと言っています。でも、もしも遺体のすぐそばにこのアヒルちゃんの人形が見えていたんだとしたらこのオレンジ色のアヒルちゃんが目印だと説明するはずなんです。」
 
 その瞬間、ヤマさんの目が鋭く光った。ヤマさんはすぐに刑事たちを署長室に集合させてこう言った。
「第一発見者の主婦のアリバイをもう一度洗ってくれ。この主婦は連絡してきたときよりもずっと前に現場にいた可能性がある。それとあの川の上流で犯行時間の頃にアヒルの人形を川に落とした、もしくは流した人物がいるはずだ。おそらく子供だろう。それを見つけてその時間を調べるんだ。」
 
 刑事たちはいっせいに部屋を飛び出していった。誰もいなくなった部屋の中でアミちゃんは大きな茶碗を手にして渋いお茶をのんだ。
 
 さて、午後になると交通安全教室が警察署の駐車場を利用して開催された。集まった子供たちに安全な自転車の乗り方を指導するのである。アミちゃんは駐車場に作られたコースの上できちんと右折、左折を乗りこなして子供たちの拍手喝采を受けた。しかしそれに気をよくしたアミちゃんは片手運転で手を振ってそれに応えてしまい、教官から注意を受けてしまった。安全教室が終わってアミちゃんは署長室に戻ってくるとそこには署長とヤマさんが待っていた。ヤマさんはアミちゃんに尋ねた。
 
「この事件のことなんですが、アミさんは、なぜこの主婦があやしいと思うんですか?」
 アミちゃんは机の上の調書をぱらぱらとめくりながら答えた。
「それは簡単です。この橋の写真を見てください。大きな石ころの砂利道ですよね。この主婦は小さな赤ちゃんをベビーカーで連れていたと書かれています。赤ちゃんを乗せたベビーカーを押しながらこの砂利道を歩いたとしたら赤ちゃんとか自分の足元を見守るのが精いっぱいで、川や川岸の方まで目が届く余裕があるはずがないんです。」
 
 ヤマさんは苦笑いをすると少なくなった髪の毛をかきあげた。さて、アミちゃんはと言えばまた署長の椅子に座って別な事件の調書を読み始めていた。しばらくしてドアがバタンと開いたかと思うと若い刑事が署長室に飛び込んできて大声で言った。
 
「主婦のアリバイが崩れました!そして自供を始めています!」
 
 みんなが一斉にアミちゃんを見た。アミちゃんは何もなかったような涼しい顔をして言った。
 
「あの、今度はこちらの事件の司法解剖調書があったら見せていただきたいんですけど。」
 
「あ、はい!お待ちください。署長!」
 
 そう言い残してその若い刑事はまた部屋を飛び出していった。
 
 こうしてアミちゃんと彼女を迎え入れた警察署の面々にとってあわただしい一日が終わり、翌日からはみんな普段の毎日へと戻っていった。そんな中で一つだけ変わったことがあるとするならヤマさんが生まれて初めてCDショップに立ち寄ったこと位であった。