★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

いつもの朝の向こう側には

 最近、休みの朝はできるだけ早く起きて家の近所のファミレスで過ごすことにしている。そこでトーストとコーヒーの簡単な朝食をとり、持ってきたノートとペンでとりとめないことを書き記してのんびりと休日の午前中を過ごすのである。そのファミレスは1階が駐車場になっていて客席は2階にある。店内には20席ほどの喫煙エリアも用意されていて、そちらは比較的空いているし、子供を連れた家族連れなども座らないので落ち着いて物書きに集中できる。そこには自分と同じように一人で来ている人たちが多い。静かに本を読んでいる人もいる。パソコンやタブレットを持ってきて仕事らしきことをしている人もいる。その空間はそれぞれがそれぞれのことをして静かに時間を過ごす場所となっていた。
 

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 ところがいつもそうとばかりも言ってはいられない。つい先日のことである。とあるグループがその喫煙エリアに集結してきた。不幸にも私もそこに居合わせてしまった。彼らと挨拶を交わしたわけでもないので本当にどういう人かははっきりしない。でも普段はあまり見かけない類の人たちなのは確かであった。ここでその日のことを書き記しておく。
 
 その日、私はいつものように2階の喫煙エリア室の片隅の2人掛けの席に座ってタバコをくゆらせながらペンを走らせていた。喫煙エリアは全体で30名ほどが座れるスペースがあったが、客は私を入れて4人だけだった。私の席は窓ガラスのそばにあり、2階のエントランスに向かって上ってくる客がよく見える場所だった。朝8時をまわるころになると喫煙エリアは少しずつ客で埋まり始めた。これまでも早朝の野球練習を終えてから店に立ち寄るグループとか朝まで遊び疲れた大学生たちなどのいろいろな集団も見かけていたので少しくらいは変わった人がいてもあまり驚かないつもりだった。でもその日はどこか違っていた。
 
 彼らはみな一人ずつ集ってきた。お互いは顔見知りのようなのだが距離を置いて座り、挨拶も会話もない、なんとなく必要最小限しか話をしないように見える。店員が注文を取りに来ても「まだいい」とみな一様に答えるだけ。そして風貌もさまざまであった。屈強な体格の人もいる。まるで病気のように痩せている人もいる。そして共通なのは注文するわけでもなく、またテーブルで何をするでもなくただ座っているだけなのである。なんとなく喫煙エリアには不思議な空気が漂い始めた。店員たちもこそこそと何やら相談めいたことをしている。やがて喫煙エリアは満席に近づいてきた。私のように先にきていた客の一人は4人掛けのテーブルに一人で腰かけて本を読んでいたが、あらたに現れたその一行と思しき客が彼の前に何もいわずに当たり前のように座った。彼は不穏な気配を感じとったのか、本をかばんにしまうとそそくさと帰って行った。同じように朝からいた客はすべて帰ってしまい、残ったのは私とその不気味な一団だけとなった。
 
 私のいたテーブルの向かいにもまた別の一人が座りこんできた。彼は小さな声で申し訳ありません、と私に挨拶をしたのだが、始終周りをぐるぐると見渡していて落ち着きがない。私はなんとなく帰るタイミングを逸してしまった。しかし、そのムードの中で一人黙々とペンを走らせる勇気を持ち合わせていたわけでもない。ノートとペンはかばんに入れて厭な予感の中でタバコをくゆらせながら手持無沙汰にコーヒーを飲んで事態を見守るだけだった。
 
 そのエリア内でちょっと気になることがあった。ほぼ中央にある2人掛けのテーブルが誰も座らずに残っているのだ。なんとなくみんなは示し合わせてそこを誰かのためにキープしているという感じだった。誰かの電話をする声が聞こえてきた。「あにさん」と呼んでいるのが聞こえてきた。「高速を降りてすぐです」このファミレスの場所を電話で教えているのだ。彼は電話を切ってみんなに向かい「今から来ます」と告げるとエリア内にはあきらかに緊張が走った。タバコを吸っていた人たちが一斉にタバコを消した。そして私も無意識にそして本能的にそれに従った。またキープしてあるテーブルをきちんと定位置に戻すものも現れた。別の一人は店員のところに走っていって何かを告げていた。
 
 そして私が窓に目をやると一人の客が階段を上ってきた。年のころならば40歳くらいか。グレーの上下のスーツ姿に身を包み整髪もきちんとしている。長身で痩せていてどう見ても申し分のないビジネスマンスである。彼はやがて喫煙エリアに登場した。私を除いた全員が一斉に立ち上がり「ご無沙汰しています」と声を合わせて挨拶した。彼は中央に空けてあった2人掛けの席の壁側ではない方に座った。そしてまわりのみんなに声をかけ始めた。彼はどこか礼儀正しく話ぶりも上品であった。決してこのメンバの最年長という分けではないのだがおそらくインテリ系としてみんなに一目置かれているのであろう。そしてその場は少し和んだ雰囲気に変わり会話が聞こえ始めた。耳にはさんだ会話の内容から推察すると彼らは塀の中で一緒になったことのある人たちであり、これはいわゆる同窓会であったのである。だから「いつ入った」とか、「いつ出た」とかそういう話題で満載だった。私はその程度の事務的な会話ならばいいのだがあまりリアルな内容は聞ききたくない、と心の中で祈っていた。
 
 それから30分ほどした頃か、また一人が電話していて誰かに店の場所を教えていた。今度は前のように1回ではわからなかったようでその後5分ごとに電話がきて同じことを何度も伝えていた。電話の先の人は「おやっさん」と呼ばれているようであった。やがてやっと1階に到着したという連絡が入ったようで、再びエリアは緊張感に包まれた。そうであった。まだ中央の壁側が最後の席として一つ空いているのだ。男たちが5名ほど店を勢いよく飛び出して階段を走って降りていった。「あにさん」と呼ばれた男も立ち上がってスーツの襟を正して到着を待つ態勢が整ったようだった。さあ、いよいよラスボスのご降臨である。
 

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 ここまでくると開き直った気分で、もうどうとでもしてくれと私が思ったその瞬間から窓ガラスの向こうが騒々しくなってきた。やがて一団が円陣を組むような形で誰かを囲むように階段を一段ずつゆっくりと上ってくるのが見えた。私の目にはそれが祭りの神輿のようにも映った。そしてその一団が階段を上り詰めたところで円陣は魔法のように解かれた。そしてその中から現れたのがラスボスで・・・・それは杖をついた小柄でよぼよぼのおじいちゃんだった。誰かがささえてあげないと一人では歩くことはできない様子である。やがて「おやっさん」はみんなに抱えられるようにして中央の壁側の席、つまり「あにさん」の対面にやっとのことで腰を下ろした。彼は何も言わずすぐに震える手でタバコに火をつけて吸い始めた。彼の風貌だがたとえて言うならば柴又帝釈天の住職・笠智衆の中の人という感じで彼を一回り小さくしたようで、どことなくのようなものを漂わせていた。「まだタバコ吸ってるんですか?」みんなは口々に言って笑いあった。彼はもごもごと口を動かして何か答えたがまったく聞き取れない。それでまたみんなは大笑いしてエリア内には和気あいあいとした雰囲気が出来上がった。「おやっさん」はみんなの顔や名前を覚えているような感じではなかった。みんなの方も「おやっさん」のご尊顔を拝することができただけで満足であり、それ以上会話しようとしていないのもよくわかった。つまり「おやっさん」という存在は仲間みんなの偉大なるアイコンに他ならなかったのだ。こうして全員がそろったところで、店員が3人もやってきて一斉に注文をとった。意外なことに一行の注文は飲み物だけ、それもコーヒーか紅茶であってアルコール類はなかった。その店は実はいわゆるドリンクバーのシステムであり、原則自分で飲み物を取りに行くことになっているのだが、なぜかこの時、このエリアだけは店員が飲み物を運んできてくれた。
 
 こうしてその日、いつも通りのはずだった私の朝は意外な世界に変容したわけであるが、いまだに謎なのはそういう方々が時々同窓会で旧交を温めるのはいいとしても、なぜ日曜日の朝、そして場所がファミレスなのかである。またお会いする機会があったらその時にはぜひお尋してみたい。その時までラスボス、お達者で。