1967年頃、『怪獣王子』という円谷系列とは異なる一風変わった特撮番組があった。
主人公タケルは不慮の事故で遭難したがこのプロントザウルスに育てられた。ブーメランを武器に敵に立ち向かう。怪獣よりもむしろ恐竜なのでは、という気もするが当時の怪獣ブームという流れに乗ったものであろう。
さて、このブーメランに力学的な焦点をあてる。
主人公タケルはブーメランを投げるのだが、問題視したいのは、次の2点である。
問題1:ブーメラン投擲のフォームがサイドスロー(横投げ)である。
問題2:ブーメランは敵を何人も倒したあと、再びタケルの元に戻ってきてキャッチされる。
まず、問題1についてだが、サイドスローというフォームは誤りである。ブーメランは、古代エジプトでもすでに発見されていたが、
この壁画のように上から投げ下ろすのが正しいフォームである。ブーメランの戻ってくる原理は航空力学の「揚力」である。
ブーメランを水平に放ると揚力は飛行機と同じく上方向に働くので、宙を舞うようにして戻ってきてしまう。地面をなめるように飛んで敵を倒すという目的からは外れる。子供のころ、タケルの真似をしてほおってもうまくいかないのはこれが理由であった。絵柄的にどうしてもこのサイドスローを選ばざるを得なかった事情は分からないではない。
まずブーメランの基本構造と飛行動作を調べる。
これは2枚羽根構造であるが、3枚、4枚羽根のものもある。ブーメランを直進速度V、回転の角速度ω0で投げるものとする。ブーメランの質量をMとする。
この時のブーメランの軌道の半径をR、ブーメランが大きな回転(角速度ω1)で戻ってくることを条件としてこれらの関係式の結果のみを示す。
ここでcは揚力の係数である。ここでは揚力が速度Vの2乗に比例すると仮定した。この仮定に従うとVはRの計算から消去され、軌道半径Rは初速度Vに依存しないことになる。
また、計算の途上で2枚羽根よりも3枚羽根以上の構造の方が回転が安定するという結論が得られた。3枚以上というのは電気でいうところの3相交流の伝達の安定性と同じ原理に基づいている。
さて、次は問題2についてである。そもそもブーメランの戻ってくるメリットであるがこれは獲物を外した時に取り戻しにいく手間を省くことである。獲物に当たれば当然ブーメランはそこで地面に落下、あるいはあらぬ方角へと進路を変える。従って怪獣王子のようなブーメランの使い方は現実にはできない。正確に言うと怪獣王子のような用途でブーメランを用いるためにはブーメランに特別な条件が必要となる。次にその条件を調べてみる。
質量M、速度Vのブーメランが静止している質量mの物体衝突してもほとんどエネルギーを失わず、同じ速度を維持するという条件で運動方程式を解く。1回の獲物との衝突でエネルギーの変化率をαとすると、
という関係式が得られる。つまり速度Vには依存せず、ブーメランと獲物の質量の関係だけで決まる。
怪獣王子は1回のブーメランで2、3の敵をやっつけてそれでもブーメランが平気で王子の手元に戻ってくるので1回の衝突でのエネルギーのロスは5%程度と考えられる。これを上式に代入すると、
が得られる。つまりブーメランの質量は獲物の質量の80倍でなければならない。獲物の質量を50kgだとすれば、ブーメランの質量はM=4トン、材料を鉄(比重:7.85)を想定して上図のような形状を考えるとブーメランの大きさLは、L=2.3mという巨大さとなる。
これを王子が無事に投擲できたとした時の様子を下図に示す。
王子はV=60km/hの速度、ω0=10rad/sの回転でM=4トンのブーメランを投げた、とする。ブーメランは猛獣3頭と衝突するが、15%程度のエネルギーのロスで王子が投げた場所に戻ってくる。猛獣たちは衝突後、約120km/h程度の速度で飛び去っていく。
悲劇はむしろ王子側で生じる。仮に上記の速度でブーメランを投げられたと仮定すると反動で体重40kgの王子は、6,000km/hの速度で反対側に投げ出される。ブーメランは大まかな計算では半径約50mの円を描いて15秒後に戻ってくるが、この間に王子は25km先に飛ばされている計算となる。