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君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

やさしい夜のために

 神田川の水源は河口からさかのぼること24kmにある三鷹市井之頭池である。御茶ノ水駅から見える優雅な流れとはうらはらにこの川の上流は三鷹市、杉並区、中野区の住宅密集地を流れている。川はまるで悪事でもしでかしたかのようにひっそりと町の裏側をすり抜けるようにして流れ、これに善福寺川、和泉川などの小さい川が一つずつ合流してあの堂々たる神田川河口の風景になるのである。

 

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 その風景の上流での実質的な川幅は1m程度しかないのにも関わらず、川幅のかなりの部分を水害対策用の護岸工事に費やした。そこに近隣住民の生活のための真新しい橋が緊密な間隔で架けられているので、無機質的な潤いのない風景が続いているだけになっている。近隣に住む住民の中でもこれがあの名曲で有名な神田川に連なるもの、あるいはそのものであるとは決して想像できないに違いない。

 これはそんな味気ない神田川が流れる住宅地で起きた話である。

 

 学生時代、地方から上京した私はS区のはずれにある町を選び、アパートを借りて暮らし始めた。暮らし始めるというと聞こえはいいが、一間のアパートで一人暮らしで風呂なし、トイレ・台所共用というもので「寝泊まりしている」がもっとも表現としてふさわしい生活であった。ある日、近所を散歩していて川を見つけ橋に書かれた「神田川」の名をみて目を疑った。あまりにも抱いていたイメージと異なったからだ。そこには住宅地としての下世話な日常であふれかえっていた。となりには小学校。その対岸には公園。どちらにもはしゃぎまわる子供たちがいて楽しげな歓声が響きわっている。犬をつれて川沿いの道を散歩する幸せそうな人たちが通り過ぎる、そして買い物かごを抱えた主婦たちが急ぎ足で橋を渡っていく。
 
 この川沿いの名もない橋のたもとに小さな定食屋があった。値段の割に大盛りで貧困学生の私にはもっともふさわしい店で頻繁に利用していた。もう30年前の値段になるが、野菜炒め定食が420円、そこにいくばくかの肉を加えた肉野菜炒め定食が470円であった。私は普段はただの野菜炒め定食、バイト代が入ったりすると肉を追加、という感じの利用の仕方をしていた。私と同じような学生達とか近所に住んで居酒屋代わりに利用してい常連の年配客などで結構繁盛しているように見えた。
 
 しばらくするとその店に女性の店員が働き始めた。店主からは「ミナちゃん」と呼ばれていた。年のころは私と同じくらいであろう。口数も少なく服装も地味で、お世辞にも可愛いとは言い難かった。話し言葉から察するに私と同じ、もしくはもう少し北の方の出身であることはすぐに分かった。彼女の方でも同じように気が付いていたのかもしれない。

 ある日のこと、その店で野菜炒め定食を注文した。食べ終えて彼女に岩倉具視肖像画の500円札を手渡した。するとおつりが100円反ってきた。おつりは80円のはずなのに、である。

 -あの・・・

 と彼女に言いかけたが、彼女からは目配せと手振りで制止された。「いいから黙ってて」と言っているようにみえた。私はよくわからなかったがそのままアパートに帰った。その後も同じように500円札や千円札を出した時におつりが20円ずつ多いことが2回、3回と続いて私にも事態が呑み込めてきた。恐らく同じ地方の苦学生である私を憐れんで少しでも安くしてあげようとする温情の表れでなのであろうと思った。表ざまにありがとうとも言うことができなかったものの、生活が苦しかった私は彼女の温情に素直に甘えることとした。加えていやらしことに喩え小銭を持っていても、500円や千円で支払うというすべを覚えた。彼女はいやな顔一つもせずにいつでも同じく多めのおつりを私に返してくれた。
 
 ある秋の晩のことである。アパートに風呂がなかった私は同じこの川沿いにある銭湯に通っていた。洗面器を片手に銭湯に入ろうとすると入り口でばったりとミナちゃんに出会った。ちょうど彼女も銭湯に入るところだった。右手が女湯、左手が男湯であって二人ほぼ同時に下駄箱にサンダルとしまったところでまた目があった。ミナちゃんは黙ってはにかむようにして扉をあけて番台に向かって入っていった。

 

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 その銭湯の男湯には外に面した縁側とその向こうには池があって、池には立派な錦鯉が何匹も泳いでいた。私は湯上りにはその縁側に出て外の風に吹かれながら煙草を吸って鯉を漫然と眺めているのを習慣にしていた。ちょうどその晩は秋になりかけの季節で暑くも寒くもなくいつまでもそこにいることができる心地いい夜だった。私は悠々と泳ぐ鯉を眺めて時間の流れを忘れた。勿論、入り口でミナちゃんに出会ったこともである。ふと我に返ると1時間近く鯉を眺めていたことになる。そろそろ銭湯の営業終了の時間も近づいている。

 

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 あわてて銭湯を出て川沿いまで歩き出したときのことである。銭湯の看板を背景にしてたたずむ影があるのに気が付いて振り返った。そしてそれがミナちゃんであることにも。ひょっとしてこんな時間まで待っていてくれたのか。私はとても親しい気分になりいつものお釣りのお礼を言わないといけないという気持ちも働いて話しかけようとした時のことだった。自分の中からそれを止めようとする力が同時に存在することも感じていた。それは彼女の孤独や不幸に触れること、それによって自分では必死に打ち消していた寂しさみじめさと言ったものが現実のものになる、そんな怖れであった。彼女と親しくするというのことは、私にとって敗北を意味していたのである。そんな気持ちがたったの一言だけでも話しかけようとする私を拒んだのである。私はミナちゃんに向かってかるくお辞儀をしただけで川沿いの道を帰って行った。相変わらずの影のままの彼女の表情は読み取ることはできなかった。

 

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 次に定食屋を訪れた時、店にミナちゃんの姿はなかった。代わりに店主の奥さんと思しき女性が店内を切り盛りしていた。次もその次の時も同じであった。私は敢えてその理由を尋ねはしなかった。当たり前だが野菜炒め定食はメニュー通りの正しい料金になった。ある日、店に来ていた常連の男がお茶を運んできた奥さんに話しかけた。

 

-ミナちゃんはどうしたんだい?
-辞めてもらったよ
-そりゃまた急だねえ。いい子だったのに
-いい子なもんかい。売り上げをちょろまかしてたのさ
-へえ、そんな風には見えなかったけどねえ
-問い詰めたらすぐに白状したよ。だからすぐにやめてもらった


 私は心の底から罪悪感や後悔の念が混然一体となってこみ上げてくるのを感じた。その日の野菜炒め定食ほど味気ないものを食べたことがない。

 私はそれを聞いた日の晩あの銭湯にいって入り口でミナちゃんを待っていた。ひょっとしたらあの銭湯で出会った日、彼女はすでにくびを宣告されていたのかもしれない、そう思ったからだ。その日営業終了時間まで待っていたが彼女に会うことはできなかった。ひょっとしたら彼女はあの夜、すでにこの町を去ることを決めていてそれを私に伝えたかったのではないか、そうも考えた。お礼でもお詫びでもいい、とにかく彼女にやさしい言葉をかけなれば、と彼女を待つことを一週間ほど続けたが結果は同じであった。
 
 その一件以来、その定食屋からは自然に足が遠のいて行った。それから彼女には2度と会うことないまま大学を卒業、その町からも遠く離れて別な町で仕事につき、それからさらに長い歳月が流れた。

 今でも、秋口の季節になり、やさしい夜に湯上りで外の夜風に吹かれているとこのことを思い出す。そして浮かぶのはすでにおぼろになった彼女の顔よりもあの神田川沿いの銭湯の入り口にたつ彼女のシルエットである。そして彼女の表情は今でも読み取れない。彼女は孫がいてもおかしくない年代に差し掛かっているはずである。どこか遠い空の下で、こういうやさしい夜が彼女にも訪れていてほしい、そうひそかに願うのだ。

 

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