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君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

辞書の論理的循環

 広辞苑(第6版)で「右」と「南」を調べてみるとそれぞれこうなっている。

みぎ【右】
 南を向いたとき、西にあたる方向

みなみ【南】 
 日の出る方に向かって右の方向

 

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 二つを見比べて 何か気が付くことはないか。

 

 「右」の説明の中で「南」が使われ、「南」の説明で「右」が使われている。これらの一方を知っている人はもう一方を理解することができるだろう。でも、「右」と「南」の両方を知らない人がいたとするとどうだろう。その人はまず「右」を調べ、すると知らない「南」が出てくるのでさらにそれを調べてみると元々知らなかったはずの「右」が出てくる。これの繰り返しとなるわけで結局どちらもわからないままとなる。

 これを論理的な循環というが、辞書を作る人は極力避けたいと思っているはずである。今回の例では2つの間だから見つけやすいが、3つを超える循環の例も当然あるだろうし、その数はさらに多くなるに違いない。

 原理的に辞書だけですべての言葉を完全に理解することは無理という結論になる。辞書はアプリオリ(先験的)にある程度の数を理解したという条件の下で初めて有効、ということになるのである。