「創世記」に記載の大洪水はキルヒャーの計算によるとキリスト誕生以前、2396年に起こった。雨の最初の一滴が地上にしたたった時から数えて、ノアとその家族がアララテ山の乾いた土にはじめて足を踏み下ろした瞬間まで洪水は365日間続いたという。
キルヒャーは創世記を執拗に解読した。彼は方舟の寸法がモーゼの「祭壇」と同じように人体の比率に対応していることを発見した。つまり方舟は地上的存在の嵐をかいくぐる魂の乗り物である人体を表象していると考えたわけである。キルヒャーはこの発見を活用して創世記の寓意の解読を進めていった。
ノアは方舟の建造に追われて自分で動物をかき集めることはできなかった。神がど動物たちを二匹ずつ案内して寄こしたと考えた。キルヒャーは動物を虫・四足獣、鳥、の3種類に大別した。そして3層構造の方舟に動物たちを配置していった。
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各階は中央の廊下で区切られている。上層には鳥類と人間用の船室、中層は食糧などの貯蔵庫、そして下層は四足獣が割り当てられている。
キルヒャーは結果的に四足獣を重量の順に並べている。従って先頭に来たのは象であった。さらに絵をよく見てみると、普通の動物以外に、一角獣、人魚、グリフォン、など、今では空想上の動物と考えられている動物たちも収容されている。
そして船底部を見てみると、そこには蛇が収容されている。キルヒャーはこの悪意に満ちた種を救出しようとした神の意思を分析する。それを成長と腐敗、創造と破壊という普遍的過程に寄与するためであろうと結論付けた。さらには博物学者らしく、蛇の医薬品としての効用についても一言触れている。
キルヒャーは洪水後の世界にも考察する。洪水直後は陸地でもそれがのちに海になった部分も多いはずと考えた。原因は海水による浸食、世界全体の老化などである。上図で陰影部は洪水の直後は陸地であったとキルヒャーが考えた部分である。
これは「口をきく彫像」と題されている。戸外の人々の声はらせん状のパイプを通じて伝わり、あたかも彫像から音が出ているように聞こえるというもの。目的は判然としないが一種の盗聴器なのであろうか、それともただビックリさせるだけなのか。キルヒャーはこのらせん形状を最も伝達効率のいい特別な形状として認識していた。