メビウスの輪は数学の話題であるが、これは物理の話題である。
まず、メビウスの箱を使った次のゲームを考える。
メビウスの箱を空中に放り投げる。それを落とさずに受取れれば勝ち、受取りそこねたら負け、という簡単なゲームである。箱は軽いので空気の抵抗を受けやすい。従って、コマの原理と同様に回転を加えて放り投げると回転を保持しながら落ちてくるので受け取りやすい、と考えられる。
この時、回転の与え方は図に示した通り、大きく3通りある。回転を安定にするためにはこの3通りのどれかを選んで回転を加えて空中に放り投げる。メビウスの箱は空中でその回転をほぼ保持して落ちてくることが期待される。確かにこの3通りの中で2通りについては初期の回転を保持したまま落ちてくる。しかし、1通りだけは空中で回転が安定せず、複雑な回転に変わって落ちてくる。
この事象を”メビウスの箱”と名付け、その運動解析を行う。
物体をある軸の周りに回転させる時に、回しやすさの指標として慣性モーメントが使われる。慣性モーメントは軸から遠い部分が多いほど大きな値となる。
メビウスの箱のように3辺の長さが異なる立方体の場合の3つの軸の周りの慣性モーメントをM1, M2, M3とすると、
M1 > M2 > M3 (1)
M1 = M2 + M3 (2)
という関係が成り立つ。そして回転が不安定となる回し方はこの中でM2に相当する慣性モーメントが中央の場合である。こういった事象は、一番大きい時や小さい時に生じるのいが相場であるが不思議な事象である。そしてそれがなぜ起こるかを解析するのが本稿の目的である。
まずは回転の運動方程式を導く。物体の回転に関する運動方程式はオイラーの方程式である。
3つの主軸に対する角速度を、ω1、ω2、ω3とする。また、空中での風の影響を考えない場合のオイラー方程式は、
M1・d(ω1)/dt + (M3 - M2) ・ω2・ω3 = 0 (3)
M2・d(ω2)/dt + (M1 - M3) ・ω1・ω3 = 0
M3・d(ω3)/dt + (M2 - M1) ・ω1・ω2 = 0
となる。ここで(2)M3 = M1 + M2を代入して、r = (M2-M1)/(M2+M1)となるrを導入すると、
d(ω1)/dt +ω3・ω2 = 0 (4)
d(ω2)/dt - ω1・ω3 = 0
d(ω3)/dt + r・ω2・ω1 = 0
が得られる。ここで計算の簡素化のためにもう少し形状が極端な場合、M1 << M2を想定すると、r ~ 1となるので、
d(ω1)/dt +ω3・ω2 = 0 (5)
d(ω2)/dt - ω1・ω3 = 0
d(ω3)/dt + ω2・ω1 = 0
となる。(なんとなくこの段階でω2が仲間外れになりそうな気配がうかがえる。)
解析のポイントであるが、回転を与えようとする軸のωに対して残りの2つのωの初期値は小さいとして、その小さい方の2つのωがどのように変化していくかを見ていく。
まず、主軸1で回転させる場合、(5)の第2項が無視されるほど小さいと考えると、
d(ω1)/dt = 0
となり、ω1 = 一定となる。残りの2つの方程式を解くと、途中は省略するが、
ω2 = a sin (ω1・t+ α) (6)
ω3 = a cos (ω1・t + α)
が得られる。aは初期の振幅であり小さい、さらに時間が経過しても増加傾向にないため、回転は安定していることが分かる。さらに、主軸3の場合でも同様に、
ω3 = 一定
ω1 = a sin (ω3 + α) (7)
ω2 = a cos (ω3 +α)
が得られ、同様に回転が安定であることが分かる。
さて問題の主軸2の場合であるが、初期状態として、
ω2 = 一定 (8)
まではいいのだが、ω1、ω3の挙動については大きく異なり、
ω1 ∝ a exp (- ω2・t) + b exp (ω2・t) (9)
ω3 ∝ a exp (- ω2・t) - b exp (ω2・t)
となり、時間と共に振幅が増加していく項が登場する。このexp (ω2・t)の項は無限大まで発散していくので、どれだけ初期に注意深く回転を与えたとしてもbが完全な”0”でない限り(現実問題としてこの仮定は正しい)この項が支配的となり、結果ω1、ω3は発散していく。
(8)はω1・ω3が小さい時間に限った近似式だったので、(9)の挙動によりこれが無視的できなくなると成立しなくなり、ω2の回転は時間の経過と共に、ω1、ω3の回転に置き換えられていくのである。
以上が"メビウスの箱"の動作原理である。
以上の解析は重力、風の影響などは度外視して得られた原理であるので、宇宙などの無重力空間でも同様の事象が観測されるはずである。