★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

絶世美女描出

 古今東西の小説での絶世の美女の精密描写。

 最初は、テオフィル・ゴーチエの『クラリモンド』。田舎暮らしのまじめな僧侶がある日教会で偶然に出合った女と恋に落ちる。芥川龍之介の格調高い名訳で。

 おゝ如何に彼女は美しかつたであらう。理想の美を天上に求めて、其処から聖母の真像を地上に齎し帰つた大画家でも、其輪廓に於ては到底、わしが今見てゐる、自然の美しい実在に及ぶ事は出来ない。詩人の詩、画家の画板も、彼女の概念を与へる事は、全く不可能である。彼女はどちらかと云へば、背の高い方で、女神のやうな姿と態度とを備へてゐる。柔かな金髪は、真中から分れて、※(「需+頁」、第3水準1-94-6)こめかみの上へ二つの漣立さゞなみたつた黄金の河を流してゐた。丁度、王冠を頂いた女王のやうにも思はれる。すき透るばかりに青白い額は又静に眉毛の上に拡がつてゐる。其眉毛は不思議にも殆ど黒く、抑へ難い快活と光明とに溢れた海の如く青い眼の感じを飽く迄もうつくしく強めてゐる。あゝ、何と云ふ眼であらう。唯一度瞬けば一人の男の運命を定めるのも容易なのに相違ない。其眼はわしが是迄人間の眼に見る事の出来なかつた生命と光明と情熱と潤ひのある光とを持つてゐる。其眼は又絶えず矢のやうに光を射てゐる。そしてわしは確に、その光がわしの心の臓に這入つたのを見た。わしは其眼に輝いてゐる火が、天上から来たのか、地獄から来たのかを知らない。けれども、それは確に其二つの中のどちらからか来たのである。彼女は天使か、さもなくば悪魔である。そして恐らくは又両方であつたらしい。兎に角、彼女が我等の同じき母なるエヴの胎から生れた者で無い事は確である。それから此上もなく光沢つやのある真珠の歯が、紅い微笑みの中にきらめいて、唇のゆがむ毎に、小さなえくぼが、繻子のやうな薔薇色のうつくしい頬に現れる。そして鼻のあなの正しい輪廓にも、高貴な生れを示すなよやかさと誇らしさとが見えてゐる。半ばあらはした肩の滑な光沢つやのある皮膚の上には、瑪瑙めのうの光がゆらめき、大きな黄味のある真珠を綴つた紐は――其色の美しさは殆ど彼女の頸に匹敵する――彼女の胸の上にたれてゐる。時々、彼女は物に驚いた蛇か孔雀のやうな、をのゝくやうな嬌態しなを作つて、首をもたげる。すると銀の格子細工のやうに頸を捲いてゐる高いレースの襞襟ひだえりがをのゝくやうに動くのである。
 彼女は橙色がかつた真紅の天鵞絨ビロードの袍を着てゐた。其黄鼬てんの毛皮のついた、広い袖口からは、限りなく優しい、上品な手が、覗いてゐる。手は曙の女神オーロラの指のやうに、光を透すかと思はれる程、清らかなのである。

 

 次はエドガー・アラン・ポーの『眼鏡』。とある青年がオペラを観劇中、特等席にいた婦人に目を奪われる。

 たとえ千年生き延びようともこの人物を見つめた際の強烈な感動は忘れることができない。かつて目にしたもっとも美しい女の姿であった。彼女の顔は舞台のほうに向けられていたのでしばらくは見定めることができなかったが神々しい顔立ちなのだ。これ以外の言葉ではあのすばらしい釣り合いをいいあらわすことができない。いや神々しいという言葉ですら書いてみると愚かしいほど弱弱しく見えてくる。女性の美しい肢体の魅力ー女性的な優雅さの魔力は私として抵抗不可能な力があったが、このときには優雅さの体言、化身そのものであり私の途方もない熱狂的な幻想の思い描く理想美そのものであった。特等席の構造から彼女の姿のほぼすべてを見ることができたが背丈は平均やや高めで威圧感はなくてしかも悠長な趣があった。その完璧死肢の豊かさには甘美さが漂っていた。後ろ側だけを見せている頭部の輪郭はギリシャのプシケーのそれに匹敵し、軽やかな紗の優美な帽子によって隠されるというよりはかえって引き立って見え、私はアプラスのいわゆる「風の衣」を思い浮かべずにはいられなかった。特等席の手すりにたらしている右腕の精妙な均斉ぶりは私の神経の隅々までつたえずにおかないものであった。・・・私はまるで俄かに石と化したかのように30分ほどの間この女王のような夫人を見つめ続けながら・・・このときの私の感情はこれまでいかに巧妙な典型的な美女たちを前にしてもついぞ覚えた例のないものであった。

 

 こうしてみると西洋での美の基準はあくまで神がかり的なもの。そして日本代表は夢野久作ドグラ・マグラ』から。主人公の少年が謎の博士に連れられて西洋館にいき、その一室で寝台で眠る美少女に出会う。

・・・それ程に美しい少女が、そこにスヤスヤと睡っているのであった。
 その少女は艶々つやつやした夥おびただしい髪毛かみのけを、黒い、大きな花弁はなびらのような、奇妙な恰好に結んだのを白いタオルで包んだ枕の上に蓬々ぼうぼうと乱していた。肌にはツイ私が今さっきまで着ていたのとおんなじ白木綿の患者服を着て、胸にかけた白毛布の上に、新しい繃帯ほうたいで包んだ左右の手を、行儀よく重ね合わせているところを見ると、今朝早くから壁をたたいたり呼びかけたりして、私を悩まし苦しめたのは、たしかにこの少女であったろう。むろん、そこいらの壁には、私が今朝ほど想像したような凄惨な、血のにじんだ痕跡を一つも発見する事が出来なかったが、それにしても、あれ程の物凄い、息苦しい声を立てて泣き狂った人間とは、どうしても思えないその眠りようの平和さ、無邪気さ……その細長い三日月眉、長い濃い睫毛まつげ、品のいい高い鼻、ほんのりと紅をさした頬、クローバ型に小さく締まった唇、可愛い恰好に透きとおった二重顎ふたえあごまで、さながらに、こうした作り付けの人形ではあるまいかと思われるくらい清らかな寝姿であった。……否。その時、私はホントウにそう疑いつつ、何もかも忘れて、その人形の寝顔に見入っていたのであった。

 共通していえることはここまでの美女の精緻な描写は主人公と美女の間の距離感の証明でもあるわけで、悲恋で終わる伏線でもあるということ。ドグラ・マグラを悲恋というかは別問題であるが。