学生時代、虎ノ門のとある特許関係の事務所で期間限定のバイトをしていたことがある。最後の日の晩、事務所で一緒に仕事をした40才くらいの先輩に誘われて高円寺の駅前にある渋いバーに連れて行ってもらった。
私は生まれて初めて口にする度数の強い洋酒と暗く隠微な店内、そしてそこに集う大人達のムードに酔っていた。店のマスターと先輩の会話。
-最近、ちょっと元気がないですかね。
-うん、ちょっと疲れてて。
先輩はちょっとグラスを傾け、遠い眼をしてそう応えていた。私はこの「ちょっと疲れてて」に憧れていつか自分も使ってやろうと思った。
それから時は流れ、私は当時の先輩の年もとっくに追い越して、バーにも行って「ちょっと疲れてて」を口にすることもある。でも、結局、その通り本当にただ辛いだけのことだった。