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★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

幻灯会の夕べ

  小学生の頃、お盆の時期になると町内会主催で幻灯会と呼ばれるものが催されていた。それは町外れの公園の花壇の上にスクリーンを設置して行う映画鑑賞会のようなものだ。娯楽の少なかった時代なので町中から大人も子供もうちわを片手にみんな集まってきた。

 

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 そこでは毎年映画が二本上映される。1本目は子供向け、2本目は大人向けだった。子供たちは映画を見るというよりも夏休み中にあまり会えずにした同級生の顔を久しぶりに見ることのほうがうれしかった。僕たちは夏休みに何をしていたかを話し合った後、普段ならば遊ぶことはできなかった夜の公園で鬼ごっことかかくれんぼをしようということになるのだった。そこには当然、同級生の女の子たちも集まってくる。気になる女の子もいたけれど僕たちはそんなことはおくびも出さずに男の子たちだけで遊ぶのだった。

 その年の幻灯会での子供向けの映画は「巨大怪獣ガッパ」という特撮物だったのでけっこう真剣に見ていた。でもそれが終わって大人の映画が始まると僕たちはさっさとスクリーンの前から抜け出して、男の子同士で集まってかくれんぼを始めることにした。遊具も少ない質素な公園だったので昼間は到底かくれんぼなどはできなかったが、夜ともなると話は変わる。公園の片隅とか小さな植木やベンチの裏とかちょっとかがんだだけで見えなくなる隠れ場所はふんだんにあり、いつもと違う夜の不思議なムードも手伝って僕たちは、気持ちが妙にはしゃいでいた。映画を見ている大人たちにうるさい、静かにしろと注意されながら公園中を走り回っていたのである。
 
 その日、僕は鬼から逃げて公園の片隅にあるベンチの裏に隠れようとしてベンチに近づいた。すると、そこには大きな黒い荷物を隣において座っている人影があることに気がついた。暗闇の中なので顔は見えない。僕は恐る恐る近づいた。僕はその荷物をみて、彼が薬売りであることに気がついた。当時は富山の薬売りが家庭の常備薬だった時代である。彼らが家に届けてくれる腹痛の薬の名前はトンプクといってとても苦くて飲めない代物だった。それを届けるというだけで逆恨みしていたのでよく荷物を覚えたのだ。僕は彼の荷物を見て、とっさにその薬の袋に描かれた毒々しい赤いダルマの絵と薬の苦さを思い出した。勿論、彼の顔を覚えていた訳ではない。荷物に見覚えがあっただけだ。

 そっと近づいてみるとその男は僕の家に来る年配の人とは違って若い男だった。彼はそこから遠くのスクリーンに見入っているようだった。スクリーンの明滅に合わせて男の顔がいろいろな色に浮かび上がっていた。僕は彼が映画をみる邪魔にならないように横から近づいてベンチの後ろに回り込もうとした。男は僕に気がつくと「こんばんは」と小さな声で言った。僕も同じくそれに答えた。僕が後ろに隠れている間も男はだまって映画を見続けていた。

 僕は、そろそろ立ち去ろうと思って横を通り過ぎようとすると男が背中から声をかけてきた。

 「ねえ、君。さっき、この公園でビー玉を見つけたんだ。君たちのだろう?」

 男は手のひらでそれを転がして見せた。そしてそのビー玉を親指と人差し指でつまむと目の前に当てて、スクリーンのほうをじっと見つめた。

 「こうして動く光を見ていると夢の中の世界みたいにきれいだよ。」

 僕はなんと答えていいかわからなかった。そして男はビー玉を僕に差し出してきた。僕はそれを受け取ろうとしたとき、男は僕の顔を見ながら尋ねてきた。

 「ねえ、君。君にも好きな女の子がいるのかい?」

 僕は気持ちを見透かされたような気がして驚いた。思わずスクリーンの前の人ごみを振り返っていた。僕は男の顔を見ないようにして「いないよ」と答えた。男は「そうか」とだけ言ってまただまって映画を見続けていた。僕は友達の声のする方に戻ろうとしたそのときに彼の横顔をちらりと見て気がついたのだが、彼は泣いていたのだ。

 僕はその晩、映画が終わるまでその男のことを忘れて友達と遊んでいた。夜10時近くになって大人の映画も終わり、家に帰る頃になってふと男を思い出して公園隅のベンチをみてみたが、その若い薬売りはもう姿を消していた。

 その日上映していた映画は何だったのだろうか、あの薬売りはなぜそこにいて泣いていたのだろうか、この季節になると僕はいつもこのことを思い出すのである。