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★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

ミル・シティの旅(On the Road)

●ミル・シティ

 「On the Road」の中でケルアックは2度サンフランシスコを訪れている。最初の大陸横断の旅ももともとは彼の友人からの手紙が発端である。友人の名前はレミ・ボンクール、サンフランシスコの北にあるミル・シティに住んでいるということだった。


Amazon.co.jp: 路上 (河出文庫 505A): ジャック・ケルアック, 福田 実: 本

 ケルアックはサウサリートという漁村を抜けてミル・シティにたどりついたと話していることから、このミル・シティは、サンフランシスコ郊外で、ゴールデン・ゲート・ブリッジ北に10kmほどのところにある、ミル・バレイであろうと推定した。  

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             <Mill Valley>

  高速道路101をミル・バレイで降りて北に向かっていくと、小高い丘の南側の日当りのいい斜面に瀟洒な邸宅が立ち並んでいるのが見えた。

 『レミの住んでいるミル・シティは一つの谷間に掘立小屋の集まったもので、それは戦時中海軍工場の労働者のために建てられた公営住宅の掘立小屋だった。町は峡谷、しかも深い峡谷の中にあり、斜面はおびただしい樹木に覆われていた。人の話によると、ここは白人と黒人が進んでいっしょになって暮しているアメリカでは唯一の社会であるということだった。(On the Road、11章)』

  丘を通り抜けると道は急にせまくなり、曲がりくねりながら小高い山を迂回しながらさらに奥まで進んでいく。しかし、まだケルアックの言う峡谷という雰囲気はない。サンフランシスコからの高速道路が整備された後、急速に開発が進んだのであろう。 

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            <Old Downtown, Mill Valley>

  やがて小さなモールに到着した。どこにでもあるような街並みだ。なぜか、「SAMURAI」という名前の日本食レストランもある。 

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           <Old Downtown, Mill Valley>

  モールの中の売店で、コーラを購入して、店員にミル・バレイのダウンタウンのことを尋ねた。それによるとここは旧ダウンダウンで、さらに奥に進んだところに新しいダウンタウンが最近できたということだった。   

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           <Street, Mill Valley>

  二分ほどで新ダウンタウンに到着した。それは一転して雰囲気が変わったのですぐに分かった。明らかに最近作られた町だ。まるで、お洒落な店が並んで、犬を連れた人たちが散歩や店先の会話を楽しんでいる。サウサリートまで、6 Mileという看板を見つけた。 

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             <Street, Mill Valley>

 

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          <City Center, Mill Valley>

 

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         <The Depot, Café, Mill Valley> 

 ケルアックはこの街で友人のレミに「僕はサウサリートという小さな漁村を通ってきたばかりだ。サウサリートには沢山、イタリア人がいるにちがいないな。」と話している。 

 On the Roadの登場人物はすべて実在する。このレミ・ボンクールとは誰か。作中でケルアックは彼をこう紹介している。 

『レミ・ボンクールと僕は幾年か前に大学の予科で知り合った。二人を結びつけたのは僕の別れた妻だった。最初に彼女を見つけ出したのは彼だった。レミは背が高くて色の浅黒い男前のフランス人だった。いくらか学生風を取り入れてきりっとした服装をして、気まぐれな金髪娘をつれてふんだんに金を使うことが好きな男だった。』

  さて、レミ・ボンクールのモデルは、ヘンリー・クルー(Henri Cru, 1921-1992)である。フランス人の父とアメリカ人の母を持ちマサチューセッツに生まれた。ケルアックとはニューヨークの大学で知り合った。ケルアックは別れた妻(Edie Parker)のことをレミから紹介されたとさらりと書いているが、実はレミの方は将来を約束したつもりだった、という話もある。これが原因かどうかは分からないが、実在するヘンリーは1947年にサンフランシスコに引っ越しをする。そこからケルアックを呼ぶことになる。それがOn the Roadの長い旅のきっかけになった。ミル・シティにケルアックが滞在している間に二人の共著で一つの脚本を書きあげた。それは結局一度も上演されることはなかったが今でも残っている。ただ、ヘンリー自身はサンフランシスコでその後も船員としての一生を送った。 

 

●サウサリート

 サウサリートは今でこそ、アーチストたちがたくさん住むおしゃれできれいな街である。ケルアックは、オークランド・ベイ・ブリッジからサンフランシスコに入り、そのままサウサリートを抜けてレミの住むミル・シティに向かった。「On the Road」の中でサウサリートは、 

『サウサリートという小さな漁村』

 とだけ、説明されている。 

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             <Sausalito>

  こんなまるで地中海のような風景をケルアックは想像しただろうか。

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                <Sasalito>

  明るい輝きに満ちた町。そこにはケルアックがみた漁村のイメージはもうどこにもない。 

●マーケット街

 『オークランド湾橋を渡ると、デンバー以来はじめて僕はぐっすりと眠った。マーケット通りと4番街の角のバス駅でガタガタゆられて目が覚め、やっとニュージャージー州ペーターソンの叔母の家から3,200マイル離れたところにいる事実を思い出した。やつれた幽霊のようになってさまよい出ると、そこにシスコの街があった。(On the Road, 11章)』

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            <Market and 4th>

 『市街電車の架線を張り巡らした長い、荒涼とした街並みが白っぽい霧の中にすっぽりと包まれていた。僕は数ブロックよろよろと歩きまわった。ミッション街と三番街の角の夜明けの暗がりの中で薄気味悪い浮浪者たちが銭をくれと行った。どこからか音楽が聞こえてきそうだ。(On the Road, 11章)』

 

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            <Mission and 3rd> 

『その紳士はしまいになって実は自分は金門競馬場の役員なんだが、と名乗ったのだ。彼は上品なパレス・ホテルまできて、僕たちをおろした。ポケットを金でふくらませ、昂然と頭をそらせてシャンデリアの中に姿を消していくその男を僕たちはじっと見送ったのだ。(On the Road, 11章)』 

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             <Palace Hotel>

 

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           <Palace Hotel, Entrance>

  

●アルフレッド・レストラン

 レミは叔父とサンフランシスコで会うことになる。ケルアックと恋人に彼が手紙で叔父に話しているように振る舞うようにお願いする。場所はアルフレッドというサンフランシスコ市内の高級レストランである。 

『われわれはみんなで食事をしに粋なレストランに出かけた。ノース・ビーチにあるアルフレッドという店だった。かわいそうにレミは飲み食いその他でわれわれ5人のためにたっぷり50ドル使ってしまったのだ。(On the Road, 11章)』

 

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            <Alfred’s Steakhouse>

 落ち着いて上品な店内。値段もそれ相応である。 

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            <Inside of Alfred’s>

  現在は、ステーキ・ハウスとなっており、サンフランシスコでは有数の老舗である。創業1928年とあるのできっとこの店だろう。今のアルフレッドはノース・ビーチで中華街に近く、店の前の通りからはトランスアメリカ・ピラミッドの三角形の高いビルが聳え立っているのが見える。 

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      <Trans-American Pyramid>

  ケルアックは、サンフランシスコからの出発の日、やや皮肉っぽく、 

『サンフランシスコの霧はそこから発生するのだ。そして若い男が恋人の手を握り、長い白い歩道をゆっくりと登ってくるのだ。それがシスコなのだ。またそこには美しい妻たちが白い戸口に立って夫を待っているし、コイト塔やエンバカルデロ広場や、マーケット通りや11の豊かな丘があるのだ。(On the Road, 11章)』

  と言っている。このアルフレッドのすぐ近くの通りからも、コイト塔が見渡せた。恐らく、フレッドレストランに向かう道すがら、ケルアックもこうしてこの塔を眺めたに違いない。 

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             <Coit Tower>

 

再びミル・シティ

 アルフレッドでの一件で気まずくなったケルアックは友人レミ、そして恋人のリー・アンに別れも告げずに、ミル・シティ、そしてサンフランシスコを後にすることに決める。 

『ここはアメリカの果てなのだ、これ以上先に陸地はないのだ、引き返す以外には他に行くところがない』

  そしてレミの部屋のベランダから山を見た時に、ここに来た時の気持ちをふいに思い出した。 

 『俺はあの山に登るまではここを去らないと誓ったのだ。その山は、神秘に包まれて太平洋に続いている峡谷の大きな斜面であった。』

 

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            <Mountain view from Mill Valley>

 

 翌日、ケルアックはこの山を一日かけて登る。そこで、「大きく膨らんだアメリカ大陸のむき出しの巨体」を見る。そしてカリフォルニアを「洗濯物の列のように白くて無知」といい、遥か東方のニューヨークを思い、その神聖さに思いを馳せるのだった。

 この時点で、ケルアックはこの旅をニューヨークに戻るアメリカの一周旅行とすることに決める。レミからの手紙では世界一周旅行に出掛けよう、と誘われて、太平洋を一周することを夢見ていた。それもレミとの確執で果たせずにアメリカの果てを確認してニューヨークに戻ることをここで決意する。

  さて、ミル・バレイのCaféには小さな本売り場があった。そこで店員にジャック・ケルアック関連の本はないかと尋ねてみたが、店員は首を横に振った。いつでもそうだが、作家の名前を知らないのか、発音の問題で伝わらないのか不安ではある。その後、店内を歩いていたら、強い顔をした女性の写真の本が一番手に取りやすい棚に置かれているのが目に入った。タイトルよりも作者の名前が前面に出ているが、ジャン・ケルアック。そう、ケルアックの実娘である。前書きを見ると、彼女は2年前に病院で亡くなったらしい。

 この本は彼女、そしてケルアックに関する思い出を集めたものである。やはり、ここはミル・シティだったのだと確信した。その土地にはその土地に関連する本をきちんと並べる、それは正しい本屋の在り方といえるだろう。 

 

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         <Jan Kerouac, “A life in Memory”>

 

 この本の中から見つけた一つのエピソードで締めくくりたい。
 1979年10月、サンフランシスコのノース・ビーチにあるスパゲティ・レストランで、「Beat」に関するイベントが開催された。それはジャック・ケルアックの没後10周年と同時に彼に関する本の出版を記念してのものだった。その席に二人の同じ年の男女の学生が呼ばれて出席していてそこで劇的な出会いをする。一人は、ジャン・ケルアックという女性、そしてもう一人がジョン・アレン・キャサディという男性である。ケルアックとキャサディ。

 そう、彼らはジャック・ケルアックとニール・キャサディのそれぞれの子供であった。

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