★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

プロビデンス探訪記(第10回)

●チャールズ・ウォードの帰還

 まずはチャールズ・ウォードが少年時代にプロビデンスを散歩したときの光景から。

 ・・・曲がりくねった道を、サウス・メインからサウス・ウォーターへたどり、沿岸航路の汽船と測量船が横付けになる埠頭を歩き回ってからふたたび道を北にとり1816年に作られた急勾配の屋根を持つ倉庫前をすぎて、下町へ戻る。・・・ここにはクリスチャン・サイエンス派の新しい教会堂があった。ウォードは夕刻にこの地点を訪れるのをもっとも好んだ。落日の斜光が広場の公設市場と丘の上の鐘楼を金色に染め、遠く波止場のあたりまで夢幻的な魔力を投げかける。長い時間、詩人の愛情でこの光景によったのち、夕闇の迫る中を白亜の教会の前から狭い坂道を登って、家路に向かう習慣になっていた。

 次は、チャールズが成人して中欧に旅に出た後でプロビデンスに帰国するシーンである。実はチャールズの名を借りながらも、実は1926年にニューヨークから妻の事業失敗という失意のどん底でプロビデンスに帰還したラヴクラフト自身の心象に重なるのである。 

  ・・・しかし、チャールズ・ウォードの帰国はのびにのびて、1925年の5月になった。前もって何通かの手紙で連絡してきたあと、年若き遍歴者は汽船ホメリック号で、ニューヨーク港に帰還し、そこからプロビデンスまでの長い距離を乗り合いバスで横断した。緑の山脈がうねってつづくところ、香り高い花の咲く果樹園、春のコネチカット州に点在する、白亜の尖塔が聳え立つ町々。バスの止まるたびごとにチャールズは車を降りて体を休め、酒を飲んだ。それが4年の間に離れていた古きニューイングランドの最初に味わう味であった。バスがポートゥックスト街道をつっきって、晩春の午後に金色に輝くロード・アイランドに入るとチャールズの胸は新しい生命の鼓動に高鳴り、さらに貯水池とエルムウッド・アベニューに沿って、プロビデンスの町並みが近づくのをみて長期間禁断の古伝説の世界に沈潜していたにもかかわらず、彼の心は明るく踊るのだった。ブロードウェイ、ボゼット、エンパイアの三つの道路が合流する丘上の広場では前方と脚下に燃え上がる落日のもとにひろがる古き街の甍、その間にきらめく丸屋根と尖塔を眺めた。バスが終着場めざして丘を下ると巨大なドームはいよいよ巨大に、川向こうに連なる昔ながらの丘陵はその柔らかな緑をいっそう柔らかく見せてくれる。丘陵の中腹に点在する人家の屋根とそびえたつ第一浸礼派教会の植民地時代風の尖塔が幻想的な夕陽の光を受けて新鮮な春の緑の断崖を背にピンク色に映えるさまを目にしたとき、チャールズはめまいに襲われる思いを感じさせられた。

 そして、家に近づくにつれて彼はプロビデンスへの愛惜の念を隠さない。

 ・・・古き都会プロビデンス!彼が人となったのは、この伝統の街であり、長い歴史に秘められた不思議な力であった。古い街筋に漂う神秘と秘密の色が、どのような予言者も定めえぬ境地へ彼を引き入れた。事実この都会には時と場合に応じてあるいは驚嘆させ、あるいは戦慄させる魔力が漂っている。それが彼を中欧への旅に駆り立て、真摯な研究の数年を必要とさせたのだ。

 チャールズ・ウォードはバスをタクシーに乗り換えた。郵便局広場を抜けると河面のきらめきが目に映る。古い公設市の建物、ナラガンセット湾の突端、ウォークマン街からプロスペクト街へ降りきるカーブの多い急坂。その北方には、巨大なドームとイオニア式柱廊が残照に映えるクリスチャン・サイエンス教会。広場を八つすぎて幼児当時からの記憶に焼きついている古く楽しい住宅街に達する。彼の若い脚が日夜踏み続けてきた煉瓦焼きの歩道。そして最後に右側に年古りた白塗りの小農家、左側に煉瓦作りの堂々たる建物が見えてくる。アダム様式のポーチと格間作りの玄関をそなえたこの邸で彼は生まれた。そして育ったのだ。すでに黄昏時、チャールズ・デクスター・ウォードは帰宅したのだった。

 

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   <クリスチャン・サイエンス教会>

 

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   <チャールズ・ウォード邸>

 

 日中、ホテルに戻る途中でウェイランド・スクエアまで足を伸ばし、そこで古本屋に立ち寄った。

 そこで、ラヴクラフトの本を探したが見つからなかった。でも、地元の本のコーナーにおいてあった一冊に目を奪われた。

 

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 題して「呪われたプロビンス」、そして何よりその扉絵が、まさに前述の・フレル・ド・リースのアパートであったことである。この本の中でラヴクラフトは簡単に紹介されていた。そして彼の写真は、

 

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 少しはにかんだような笑顔の彼の写真である。この地まで来て初めてこういう笑顔を見た。 

 彼はプロビデンスという街を、彼の創造した宇宙的恐怖の小説の中心舞台としながらも、実はこよなく愛していた。幼い頃から病弱で、孤独で友達もなく、と語られる彼の境遇は、クトルフ神話と同期して肥大化して言ったことは想像に難くない。しかし、クトゥルフ神話自体、彼が望んでいた形に進んだのかは疑わしいと思う。彼の実像は「I am Providence.」という墓碑銘とこの写真なのかもしれないと思う。