★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

語り部

 その地域に昔から伝わる民話や伝説を語り継ぐ人を語り部という。

 僕は中学生の頃、学校のクラブ活動で民話伝説クラブに入っていた。クラブの目的はそんな民話を集めることだった。僕がそのクラブに所属していたのはほんの気まぐれだった。どこでもよかったのだが、同級生の女の子たちからどのクラブに入るのかしつこく聞かれていて、それが面倒だったので一番人気のなさそうなクラブを選んだのだ。

 クラブのメンバは10名位。なんとなくおとなしそうな生徒たちばかりだった。顧問の吉田と言う先生もどこかやる気があるようには見えない。僕は成り行きで部長に推挙され、その年の活動計画を作ることになった。ひとりの女の子が手を挙げた。
「お年寄りでそういう話を知っている人に話を聞きにいくというのはどうでしょうか?」
そこで先生が言った。
「そういう人を語り部というんだ。代々民話や伝承を語り継いでいるんだ。」
同級生の正君が言った。
「俺の家の婆ちゃんは昔話をよくしているよ。同じ話を何度もするな、と爺ちゃんによく叱られているけど。」

 すぐにそれに決定した。日曜日、僕たちは学校に集合して自転車で正君の家に向かった。ひとり藤原君は自転車にのれないので僕の自転車の荷台に乗った。でこぼこの道をいくと藤原君は尻が痛いと悲鳴を上げた。先生はというと用事があるからと言ってこなかった。正君の家は村はずれにあって、庭先にある大きな一本の杉の木が目印だった。

 正君の案内で部屋に通された。お母さんが飲み物を出してくれた。粉末のオレンジジュースだった。袋には"オレンヂ"と印刷されているものだった。やがてお婆さんがやってきて前に座った。僕たちは神妙に耳を澄ました。お婆さんはゆっくりと話し始めた。
「それはそれは昔のことじゃ・・・」
 思ったよりも力強い口調だった。
「この村に大勢の人たちが移り住んできた。戦争を避けるためにやってきた女子供たちだった。子供たちはここの小学校に通って地元の子供たちと仲良くやっているようじゃった。」
お婆さんは一つため息をついて続けた。
「そんな中に性悪の女がおったんじゃ。子供が3人もいるくせに、ここいらの男たちをたらしこみ始めた・・・。駐在さん、寺の坊主にまで色目を使って自分のものにして行った。牧子巻きっていうのじゃろか、映画に出てくる女とおんなじような恰好をしていたから、ここいらの男たちはみんな騙された。うちの父ちゃんもその一人だった。俺は腹を立ててあいつの家までいって父ちゃんを連れ戻したこともある。この家のとなりの爺さんは当時役場に勤めていたけどやっぱり・・・」

 地方在住の一中学生の僕には理解できないことだらけだった。やがてお婆さんの話は、「その女は戦争が終わって帰って行ったけど、俺らの戦争もそれで終わったんだ・・・」と小さなため息で締めくくられた

 帰り道、僕たちは自転車を引いてとぼとぼと歩いた。お婆さんを紹介した正君は少し誇らしげな顔をして歩いていた。藤原君も面白かったと正君と楽しそうに話をしていた。このツアーを提案した女の子は一番後ろからついてきていたが、涙ぐんでいるようだった。僕は僕でこれを先生になんと報告したものかを考えあぐねていた。

 その年、民話伝説クラブは毎月一回の語り部ツアーを計画していたのが、この一回だけで中止に追い込まれることになったのである。