駅前には商店もなく、人影もない。
タクシー乗り場があるがタクシーすら置かれていない。
駅から歩いてすぐに海岸に出る。
南に向かって10分ほど歩くと、仁右衛門島が現れる。
とは言え、ここが目的地ではない。
仁右衛門島への船着場を通り過ぎてすぐのところにあるのが目的地。
ここはちょうど仁右衛門島の正面に位置する住宅街。
ここがなぜ、聖地とまで言われるかというと、この絵のモデルになった場所だから。
つげ義春氏の『ねじ式』の有名なシーン。確かにこのあたりは階段が多く、歩いていて不意に階段が登場するので驚いたりはするが、機関車が登場とまで連想することはできなかった。
さて、ここがあまりにもさりげなくあっけない場所だったので引き返すのも憚られた。隣にあった洒落た喫茶店に立ち寄り、アイスコーヒーを注文した。
女主人との会話。
ー島を見にこられたのですか?
ーいいえ、隣の家にきました。
ーあら、○○さんのお知り合いですか?
ーいいえ、ある漫画家の有名なシーンを探しに来ました。
ーそうだったんですか。時折、そういう方が来られます。
ー説明のパネルがありましたが、漢字が間違っています。よしはるの「はる」は治めるではなく、春の春です。
ーそうでしたか。町内会に言っておきます。あ、柿のシャーベットがあるのですが如何ですか?サービスでお付けしますが。
ーありがとう。戴きます。
この付近は海岸に向かって背中まで山が迫ってきているので、狭い斜面に細い階段をうまく利用して家や神社などが詰め込まれている。階段の途中に立って海を眺めていると『背中から巨人になる恐怖』というのを実感することができる。自然と家々の距離は近くなり、額と額を突き合わせてヒソヒソと相談をしているようにも見えた。