★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

ニワトリと電球

 俺の住んでいる町は、日本で一番殺虫剤が売れる町らしい。なぜかと言うと、ハエの数がハンパではないからだ。では、なぜハエが多いか。それはこの町が日本有数の卵の産地で、養鶏場がいたるところにあり、ニワトリのフンを栄養にしてハエがどんどん産まれるからだ。

「うえっ・・・」

 頬かむりをしてサングラスに黒の帽子、という物騒ないでたちで、俺は、ニワトリのフンの山の前に立ち、思わずそうつぶやいた。

「生まれて17年、このにおいをかぎ続けているんだけど、いまだに慣れんな・・・、このにおいは。」
「情けないの。あたしはぜんぜん平気だよ。」

 加奈は平然とした顔で、手にした菓子を頬張りながら言った。加奈は俺と同じ高校の同級生。彼女、といいたいところだがそうではない。

「俺はにおいに敏感なんだよ。俺んち養鶏やってねーし。おい!のんきに菓子なんて食ってんじゃねーよ。」
「だって、おなかすいちゃったんだもん。」

 俺は頬かむりの下でため息をついて加奈の横顔をみつめた。俺たちがいるのは、町外れにある養鶏場の中だ。町で一番大きい養鶏場なのでいつでも人はいない。俺たちは学校の帰り道。とある目的のためにこんな物騒な格好をさせられている。それは加奈に無理やり頼まれたことだ。

「本当にあいつはここを通るんだろうな。」

 俺は加奈に聞いた。

「絶対通るって。学校からあいつのうちまでここが一番近道だもん。」

 俺はさらに、手にはスコップをもっている。我ながら情けない格好だ。でもちょっと緊張して手に汗をかいている。というのも今からひとつやばいことをやらかそうとしているからだ。

「本当に俺がやるの?」

 俺は、また弱気になってつぶやいた。

「今更、何をいってんの?他にだれがやるっていうのよ。」

 加奈は菓子を食べながら、あたりまえという顔で言った。

「そりゃ・・・、お前の彼氏とかさ・・・。」
「清水君にこんなこと頼めるわけないでしょ?だって嫌われちゃうよ。」
「ふうん。俺には嫌われても言いわけ?」
「だって。あんた嫌わないもん。」
「・・・・、そうだけどよ。」

 コケコッコー、ってひときわ大きな声でニワトリがないた。そろそろ夕暮れ時だ。こうした企てには都合のいいムードだ。お膳立てがそろい始めている。

「それにあんたなら、絶対ばれないって。あんた学校だと影みたいに目立たないし、誰もあんたがやったなんて思わないよ。今までだってバレなかったじゃん。」

 その通り、こんなことは初めてじゃない。俺は過去に2回、加奈のために人を襲ったことがある。いや正確にいうと、1回は犬だ。小学校の頃、近所に誰にでもほえかかるシェパードがいた。そいつの鎖がはずれて加奈に襲い掛かかり、スカートを食いちぎったのだ。俺は仕返しにでっかい石を投げてやった。そしたら当たり所が悪くて、そのときからこの世にいなくなった。

「来ねーんじゃねえかよ。」
「うーん。」

 加奈は不安そうな顔になっていたが、相変わらず菓子は食べ続けたままだ。

・・・2回目は、加奈の2番目の親父だ。その男はいつも酔っ払っていて、加奈のお袋を理由もなく殴ったりするヤツで、「あんなやつ、いなくなっちゃえ。」と加奈が俺に言ったのだ。そこで俺は、ある夜、酔っぱらって自転車で帰ってくるその親父にすれ違いざまにケリを入れた。自転車は、道をはずれてうなぎの養殖場に落ちて、そのまま浮いてこなかった。警察とかも自分で落ちたんだろう、とあっさり決めつけ、新聞にも小さく記事がで出ただけだった。

「あのクソ先公、ハゲのくせに断りもなく、わたしのおっぱいさわったんだよ。それも3回。」

 加奈はようやく食べ終わった菓子の袋をぎゅっと握りつぶしていた。

「わたし絶対ゆるさないんだから。」

 俺は、頬かむりをはずして加奈に向かって言った。

「俺、ただでやるのやだな。」

 加奈は驚いた顔をした。

「やったら、俺にもさわらせろよ、おっぱい。」

 加奈はしゃがんでひざを抱えて少し考えているようだった。

「・・・おっぱいだけならいいけど・・・。その先は清水君に怒られるし。」

 俺は清水の名前を聞いて、思わずかっとなった。

「その先なんかしねえよ!清水がなんだ!・・・くそ!前払いだ!」

 俺は興奮して加奈に飛びかかった。

「やだ!こんなところで・・・・ストップ!」

 俺は加奈の着ているブラウスをたくしあげ、無我夢中で加奈の胸をもんでいた。

「来たって!先公よ!」

 俺は、ちぇっと心の中でつぶやきながら結局、加奈の言いなりだった。先公は自転車でゆっくり近づいてきた。俺はまた頬かむりをすると、スコップを持って先公に殴りかかった。先公はとても驚いた顔をしていたが、一撃の前に自転車は倒れこんだ。そして俺は何度もスコップで先公をなぐった。

 鶏舎のニワトリの下にたまったフンは、平らなところに広げられて、日に2度ひっくり返されながら1週間から10日間、天日で干される。そしてほどよく乾燥したら、1kg入りの袋につめられて肥料としてこの近所の農家に配られる。

 俺は倒れこんで動かなくなった先公を用意していたガムテープで目と口を覆って、鶏フンの中に埋めた。顔だけは外にだしてやったが、体はスコップで完全に埋めてやった。加奈は先公のなれの果てをみて、

「ぷぷ・・。あれじゃ1週間はにおいがとれないね。」

とのんびりしたことを言っていた。俺は、加奈の手をとって走り出した。

「笑ってないで早く走れよ。人にみられるぞ。」

民家の裏にはまで来て、俺はサングラスと頬かむりをはずした。

「あっ。」
「何?」
「忘れてた。おっぱい。」
「いまはやだよ。あんた手に鶏フンがついてるもん。」
「じゃあ。いつ?」
「うーん。あんたが大学に合格したらにしようかな。」

加奈はおれの手を離して歩き出した。おれも少し後をついて歩いた。

「東京の大学うけるんだよね。」
「一応は地元も受けるけど。」
「あんたが東京の大学生になるなんて似合わなーい。」
「おまえこそ、ずっとここにいるつもりかよ。」
「え?なんで?」
「だって。お前なら、原宿とか歩いていれば一発でスカウトされてアイドルになれるよ。」
「そんな根性ないよ。あたし・・・。あたしはここにいるよ。どうなるかはわかんないけど。」

 加奈は少しうつむいて言った。

「でも多分、お母さんが年をとったらあたしが後をついでタマゴとか、鶏フンとか作ってるんだと思う。」

 すると、ピピピと音がした。

「あ!ポケベル!清水君からだ。行かなきゃ・・・。じゃあね。」

 加奈は手を振って走り出そうとした。俺は声をかけた。

「おい!」

 俺は生まれて初めて、まっすぐに加奈の前に立った。

「俺、今度生まれ変わったら、おまえの幼馴染なんかにならねーからな。」

 加奈は黙って振り返り、じっと俺の顔をみていた。

「そんでもって、いい男に生まれ変わってお前と恋人同士になる。」

 加奈は言った。

「そういうの無理だと思うよ。あんたがいい男に生まれ変わったら、私もきっと男に生まれ変わるもん。」
「なんだよ、それ。」
「あんたが、ドラエモンに生まれ変わったらあたしは、スーパー魔美に生まれ変わるし、あんたが分度器に生まれ変わったらあたしはコンパスに生まれかわるだろうし・・・」
「わかった。もういいよ。」

 俺は言った。加奈は、ゆっくりと俺の前まで歩み寄った。そして、まじめな顔になって俺に言った。

「でも、あたしがニワトリに生まれ変わったら・・・、わたしがニワトリに生まれ変わったら、あんたは電球に生まれ変わって・・・」

 加奈はそう言うと振り向いてうつむいた。声が少しだけだが震えていた。

「じゃあ、明日学校で。」

 加奈は振り返らずに走り去って行った。俺は後姿が見えなくなるまで見つめていた。それから一週間、卒業までの間、俺は加奈と挨拶はしても話はしなかった。1週間後、俺は受験のために上京する夜行バスの中にいた。けど、大学には合格しないだろう。最初から合格する気などないからだ。バスは、町中を走りぬけると町外れのインターから高速道路に入って一路東京へと向かって行った。

 日没になると、鶏舎には1メートルごとにぶらさげられた電球にあかりがともされる。人工的に日照時間をふやしてタマゴをたくさん産ませるためだ。高速道路の高架を夜はしるとその明かりがよく見える。鶏舎とたんぼしかない俺の町をバスはゆっくり通り過ぎていった。無数の電球のあかりがあちこちで揺れている。そしてそれは俺の目にまるで夢の世界のように見えたのだった。