★Beat Angels

君がすべきことはただ一つ、ニューヨークへ行くことだ -ジャック・ケルアック

猫男

1.花園家の邸内

  大きな洋風の邸宅、広々とした庭。白のブラウスの娘、洋子がなにかを探すように邸内を歩いている。
 洋子「バッキー、バッキーちゃん」
 飼い猫バッキーを探し廻る洋子。

 

2.舗道 
 邸内を垣根越しに覗ける舗道の淵に腰をかけて、邸内を覗く男、和夫(25歳)。
 白い毛並みのいい猫(バッキー)を抱いている。 
 和夫「お嬢様がお前を呼んでいる。」
 猫をみつめながら、
 和夫「いいなあ、お前は。いつもお嬢様のそばにいられて」
 バッキーの顔、ふてぶてしい面構え。ミャーと小さく鳴く。
 和夫「いなくなればああやって呼んでもらえて。お嬢様の細い指で背中をなでてもらって」
 探し続ける洋子の姿。声は聞こえないが、口元に添えた手でバッキーを呼んでいるのがわかる。
 春の草花が洋子の清楚な美しさを引き立てる。洋子の白く細い腕。

 和夫「お前は、この爪でお嬢様の白い肌にミミズ腫れをつくったりするんだ。」

 和夫、バッキーの前脚をまじまじと見つめる。度の強いめがねの奥で目が異様に光る。
 和夫「(ゆっくりと)この爪が白い肌を・・・・」
 和夫、不意にバッキーの前脚を口に含む。と、同時に暴れだす和夫。
 和夫「ギャー!」
 バッキー何もなかったように、ゆっくりと歩き出し、洋子の元へ進む。
 和夫の口元からは血が流れている。

 

3.再び邸内

 洋子のもとに駆け込むバッキー。バッキーを見つけると洋子の顔がぱっと輝く。
 洋子「バッキーちゃん」
 バッキーをそっと抱き上げる洋子。
 洋子「よしよし。いいこね。」
 洋子、バッキーに頬をすりよせる。

 

4.再び舗道

 和夫、邸内をのぞきながら、
 和夫「(つぶやくように)ああ・・・猫になりたい」

 

5.花園家の門前

 とぼとぼと歩く和夫。ふと見上げると花園家のいかめしい門構え。表札には「花園俊介」の字。和夫、ためいきをついて歩き出す。

 

6.高田家

 午後の穏やかな日差しが差し込む部屋。化学関係の専門書が並ぶ書斎。窓辺の大きな机に腰掛けた白衣の男。和夫の父浩一。ぱたんと部屋のドアが開いて和夫が入ってくる。
 浩一「(机に座って何かを書き続けたまま)おかえり。」
 白衣の浩一を映したまま、和夫のモノローグ。
 和夫「私の父は化学者ですが何の研究をしているのか知りません。ほとんど地下の実験室にこもりきりであまり顔も合わせません。」
 和夫「(背中に向かって)弟の太郎の姿が三日前から見えませんが、叔母様のところにでもあずけたのですか?」
 しばらくの間。
 浩一「あれは人体実験に使ってしまった。もういない。」
 和夫のあっけにとられた顔。
 浩一「あれは母親に似すぎていた。だから同じ運命をたどったのだ。」

 

7.和夫の部屋

 弟、太郎の遺影を抱いている。
 それをそっと机の上におく。母、姉、弟、犬の遺影のスナップショット。
 和夫「(モノローグ)とうとう父とふたりっきりになってしまいました。いやだなあ。」
 

8.高田家の居間

 和夫と浩一が向かい合って夕食をとっている。浩一ふと顔を上げて
 浩一「ところで君はまた会社にいかなかったようだね」
 和夫「あれ?」
 とぼける和夫。
 浩一「あれ、じゃない。明日来なければクビだと電話があった。」
 和夫、ナイフとフォークをおいて、
 和夫「だいたい僕はサラリーマンには向いてません。」
 浩一「ほー。だったら何が向いているのかな?」
 浩一は和夫に詰め寄り、ネクタイを引っ張る。
 浩一「頭は悪い。体力もなんの才能もない」
 和夫「・・・・」
 浩一「大体、君が働かなければ誰がこの家の生活費をかせぐんだ?」
 浩一、もてあそんでいたネクタイをペタンと和夫の顔にぶつける。
 和夫「ああ、いっそ猫になってしまえたら何も悩まなくてすむ・・・」
 浩一「猫になってお屋敷のお嬢様に飼われたいのか?」
 浩一、和夫の周りを徘徊。
 浩一「この恥知らずめ。毎日垣根越しに盗み見しおって。近所からヘンタイといわれてるんだぞ。」
 和夫「・・・・」
 浩一「だいたいこんな不細工な顔をしていてお嬢様に見初められるとおもってるのか?」
 和夫、がっくりと肩を落とす。
 浩一「君が僕の子供かとおもうといやになるよ」
 浩一、和夫に背を向けて歩き出す。
 和夫「僕はあなたに似たんです」
 浩一、きびすを返して歩み寄る。
 浩一「そういえばなかなか味のある顔をしている

 

9.高田家全景
 柔らかな春の午後の日差し。
 和夫「気力もないくせに思い込みは激しいほうで、いったん仕事がいやになるともうすっかりやる気をなくしてしまいました」
 


10.和夫の部屋
 床に漫然とねそべる和夫。周りにちらばる雑誌。
 ドアがあいてかっぽうぎ姿の浩一が両手に食事の用意をもって入ってくる。
 浩一「飯だ。食べなさい。」
 足を使って器用にドアを閉める(猫を思わせる機敏な動作)。
 和夫「いりません」
 浩一、ひややかに
 浩一「勝手にするがいい!」
 浩一、食事をテーブルの上におく。椅子に座るとタバコを取り出して一服する。
 浩一「仕事もしない。飯も食わない。どういうつもりだ、君は」
 和夫「・・・・」
 浩一「そんなに猫になりたいんならばなれないこともない」
 和夫、がばっと身を起こす。
 和夫「本当ですか?」
 浩一「ただ、簡単にはなれん。何事にも努力が必要だ」
 浩一、足を組んで意味深げににやりと笑う。

 

11.浩一の自室

 頭を抱えて机に座っている浩一。それを後ろから心配そうに眺めている和夫。浩一、ふと立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出し、急いでページをめくる。ふと手をとめて読み出す。
 浩一「女とネス猫、ベルレーヌ。女がメス猫と遊んでいた。白い女の足、白い猫の脚。ほの暗い夕暮れに嬉戯するは見ものだった」
 浩一、声高らかに笑い続ける。

 

12.高田家全景
 夜、こうこうと灯りが灯されている。

 

13.高田家居間
 和夫「あのう・・・」
 和夫の姿がゆっくりと下から上にパン。
 頭には猫の耳らしい三角形の布。頬にはひげ。尻尾のついたトランクス。上半身は裸。
 和夫は尻尾を手で持ちながら、
 和夫「これが猫になるための努力ですか?」
 浩一、棚から一枚のレコードを取り出す。
 浩一「まず、外見から猫になりきる。そし毎日猫になりたい、と思い続ける。美しくなりたいと女が鏡に向かって自己暗示をかけるのと一緒だ」
 レコードから奇奇怪怪な曲が流れる。
 浩一「さあ、おどるんだ」
 和夫「・・・なんですか?」
 浩一「猫になりきって踊り続ける。そうすればおのずと猫の立ち居振る舞いが身につく」
 和夫「はあ・・・」
 浩一「その後の訓練は追って連絡する。今は踊り続けろ。私はこれから研究に没頭する。以上」
 浩一は部屋から出て行く。和夫は猫の扮装のまま、呆然。曲は流れ続ける。

 

14.商店街の魚屋

 夕暮れ時、魚屋の前で魚屋と主婦。
 魚屋「奥さん、今日はまた一段とおきれいで。何を差し上げましょうか?」
 主婦「そうね・・・」
 どこからともなく猫の鳴き声。
 主婦「あら?猫ちゃん?」
 主婦振り向くと和夫が猫の扮装でしゃがんでいる。あっけにとられる主婦。またか、という顔で頭をかかえる魚屋。
 和夫「にゃあん」
 魚屋「(主婦に)目を合わせたらだめです」
 和夫、店先の魚に近づき、魚を手でなでる仕草。不意にサンマを口にくわえる。振り返る。魚屋と主婦はぎょっとしながらも、無理にそ知らぬ顔をする。

 

15.帰り道
 サンマをぶら下げてうつむいて歩く和夫。ペタペタという足音。

 

16.高田家の居間
 深々と椅子に腰掛け優雅に本を読む浩一。そこへ和夫が入ってくる。
 浩一「今日はなにをとってきたかな?子猫ちゃん。」
 浩一、和夫からさかなをとりあげる。
 浩一「まーた、サンマか。たまにはもっと高いさかなをとって来なさい。でも僕はタイは嫌いだからね」
 和夫「(浩一の言葉を聴かず)お父さん・・・」
 浩一「何だね?」
 和夫「あれから半年過ぎましたが、ちっとも猫になった気がしません」
 浩一「魚屋のご主人は君を人間扱いしたかね?」
 和夫「いいえ・・・・全然無視しています。」
 浩一「人間が魚を盗めばとがめを受けるだろう。しかし本能で動く畜生のするのはどうしようもない」
 和夫「・・・・」
 浩一「魚屋は君をとがめなかった。つまり君を猫を認めたのだ」
 和夫「しかしこの顔はどうみても猫には見えませんが」
 浩一「畜生がいちいち私は犬だ、猫だと自覚などしない」
 和夫「・・・・」
 浩一「周りが認めたのだから君は確かに猫だ。違うかな」
 和夫「あの・・・、猫がパンツはいているのはおかしくないですか?」
 浩一「好きにしたまえ。猫に理性はない」

 

17.花園家邸内

 洋子の付き人である若い娘が二人(付き人B太っては体格がいい)、広い庭の中央にあるテーブルの飾り付けをしている。
 付き人A「お嬢様、おやつです」
 洋子が現れる。付き人Bが、椅子を洋子のために引く。ゆっくりと腰を下ろす洋子。
 遠くからか細い猫の鳴き声。
 洋子「あら?バッキーかしら?」
 洋子、あたりを見廻す。
 垣根越しに猫の扮装をした和夫がみている。付き人Aはそれを見て何かを叫ぼうとするが、付き人Bが静止して、付き人Aに耳打ちする。
 付き人A「だめよ。刺激しちゃ。あれは自分が猫だと思ってるんだから」
 うなづく付き人A。和夫が垣根を越えて洋子に歩みよる。洋子のそばでぺたんとしゃがむ。
 訓練の甲斐あってどこか猫らしさが漂う。やさしげな笑顔で和夫をみつめる洋子。
 洋子「かわった猫ちゃんね。お菓子がほしいの?ひとつあげましょうか?」
 和夫「・・・・」
 付き人Aが大声で叫ぶ。
 付き人A「はやく!お嬢様を!」
 付き人Bはお嬢様を抱えて屋敷に走る。付き人Aは、いつの間にか手にしたほうきで和夫を容赦なく打ちのめした。
 その光景を屋敷の2階で眺めている洋子とその母。
 洋子「お母様。あの猫を飼いたいわ。」
 洋子の母「いけません。あんな汚い野良猫。それにうちにはバッキーがいるでしょ。」
 洋子、バッキーを抱き上げて、
 洋子「そうね」
 洋子の腕の中でバッキーが一声高くなく。

 

18.帰り道 
 シーン15と同じ道を、和夫がはらばいになって帰る。子供たちが近寄って見ている。野良犬が遠くでほえる。

 

19.高田家の庭

 庭先で浩一が白衣のままサンマを焼いている。ずり寄ってくる和夫に気がつく。
 浩一「おや?今度はワニにでもなったのかね?」
 和夫、やっとのことで顔を上げて、
 和夫「僕は猫になっていなかったのですね?」
 浩一、しばらく和夫の顔を眺めたあとで、
 浩一「なれるわけないだろ、バカ」
 和夫地面に突っ伏す。浩一のサンマをパタパタと仰ぐ音。

 

20.大通り

 正面から、和夫が歩いてくる。モノローグ。
 和夫「そんなわけで、猫になれなかった僕は生活のためにまた元のサラリーマンに戻りました」
 猫の泣き声。立ち止まる和夫。
 和夫「おや?」
 道端に子猫のはいった箱。和夫は歩み寄り抱き上げる。
 和夫「お前、捨てられたね。汚い毛並みだ。一生を幸福に過ごせるのは血統のいいほんの一部のやつらだけだ。
    お前はやすらぐ膝もなく、不安と苦しみと飢えに負われて生きていくのだ。」
 和夫、子猫を箱に戻す。
 和夫「けれど同情はしないよ。君は自由だ。強く生きていくがいい」
 和夫、立ち去る。後姿を箱のなかの子猫が見送る。

 

 おわり