★Beat Angels

サル・パラダイスよ!誰もいないときは、窓から入れ。 レミ・ボンクール

短編小説

気丈

もう40年以上昔の話である。当時、学生だったぼくは地方の温泉街にあるホテルで住み込みのアルバイトをした。夏休み期間だけである。昼間は館内の清掃と部屋の片付け、そして夜は9時から午前1時まで最上階のスカイラウンジにあるバーでバーテンダーだった。…

みんなが私を待っている

リハビリ施設でたびたび病状が悪化しては病院に緊急搬送される、ということを繰り返していた親父が昨晩亡くなった。施設の担当者から連絡を受けたときは、またいつものことかと高をくくっていたのだが、今回は病院に到着するなり医師から今度は危ないことを…

聖夜伝説

クリスマスと言えば必ず登場するあの人。あまりにも有名で全世界の子供たちからも慕われていますが、その正体はよくわかっていません。なぜ聖者と呼ばれているのか、トナカイのソリはなぜ空を飛べるのか、あれだけたくさんのおもちゃをどうやって作っている…

セルンの憂鬱

スイスの素粒子物理学者であるセルンは憂鬱な日々を過ごしていた。セルンは素粒子物理学の発展にかかせない電子と陽電子の粒子加速器の建設を提案した。提案が採用され完成したのは1989年のことだった。そこからすでに10年が経過していたのだが目立った成果…

夢は野山を駆け巡る

-テツオ!そんなに急ぐなよ。-だめだよ。コウちゃん、裏山の沢でたくさん魚をみたんだ。急がないと。麦わら帽子をかぶったテツオ君は山へと続く道をまるで滑るように走っていきます。コウちゃんはそれに追いつこうと頑張りますが体が重くてそんなに速くは…

アリスのため息

-昔、学校の文化祭で君は不思議の国のアリスの英語劇をやったよね。君はたしか主人公のアリス役だった。 -うん。勿論、覚えてるよ。 -青のワンピースがとても似合ってたよ。 -一生懸命練習したんだからね。最後のシーンであなたたちに台無しにされたけど…

ノブヒコサンタ

クリスマスイブのことです。夕暮れ時のショッピングセンターはプレゼントやケーキの袋を抱えた家族連れや恋人たちでにぎわっていました。そんな中、一人のスーツ姿の男が丸いベンチに座っていました。精悍でがっちりとした体格でいかにもバリバリと仕事がで…

最後の晩餐

-え、これ、おいしい!ハンバーガーショップで母が素っ頓狂な声を上げた。その晩、僕たち一家は、近所のハンバーガーショップにいた。ここにくるまでの間、父と母は車の中でずっと言い争いをしていた。いつものことなので僕は気にとめず、持ってきた車のお…

行き先

ある冬の寒い夜のことだった。東京の都心から遠く離れた町で一人の男が道に立ってタクシーを探していた。すでに午前2時を回っていた時分だったのでこの郊外の町では人通りはとっくに途絶え、タクシーはおろか通り過ぎる車さえもまばらだった。タクシーを探…

級友、そして球友(後篇)

taamori1229.hatenablog.com 翌日、体育の授業は僕の運命を決めることになる野球の試合だった。男子が紅組と白組に分かれ5回までの試合をする。女子は審判員と応援団だった。監督も女子がつとめることになり、カオルは僕の属する白組の監督だった。僕はいつ…

級友、そして球友(前篇)

僕は東京の下町にある高校の1年生。自分で言うのもなんだが、学業優秀で教師からも一目置かれる存在だった。だから僕は教室ではいつでもヒーローでいることができた。 その日も英語の授業中、教師から問題が出たされた。わかる人は?といわれて手を挙げたの…

最後のミッション

あいつが死んだことをあいつの奥方からの電話で聞かされたとき、俺は驚いて言葉が出なかった。しかし、それと同時に最後のミッションが発動されたことを理解した。あいつの家で催された通夜の席には懐かしい友人たちの顔もちらほら見えたが俺はそれどころで…

ルリさん

静かな夜のことだった。その年老いた教授は湖畔の洋館の2階にある書斎でひとり本を読んでいた。教授はその日、窓を閉め切ったままで古い書物の整理をしたので、古ぼけた部屋の中にはほこりが舞っている。それでろうそくの炎はちりちりと小さな音をたててい…

里山合戦記

当時小学5年生だった僕と両親は、父の実家のある里山の村にしばらく身を寄せることになった。理由は父が事業で失敗したからだ。というのは実は大分あとから知ったことだった。里山は僕の住んでいた町からはるか遠く離れたところにあり、海を渡り、汽車に乗…

押絵と旅する娘

窓にもたれながら目を覚ますとその男を乗せた電車は音も立てずに夜の底を走っているところだった。男の斜め前の席には一人の娘が座っていて男を見ている。男は中腰になって電車の中を見渡してみたが電車の中には娘と自分の二人しか乗客はいなさそうだった。 …

春、雨、そして梨の花

温かい雨の降る春の日、ぼくは傘の列がすれ違う町の通りを当てもなく歩いていた。そこで不意に呼び止める声を聞いた。大学時代の友人Kであった。振り向いた僕には赤い傘がすっとKの傘の後ろにすっと隠れるように動くのが見えた。そこには楚々とした長い髪…

荒場の月

私は中央通路と呼ばれていたところに今でもおかれているベンチに一人腰かけていた。あたりには砂利、廃材、瓦礫などいくつもの山が無造作に積みあげられていた。日が暮れて月が瓦礫の山の向う側に上ると、その山々は黒い影となって私の座るベンチを取り囲ん…

ノブヒコと消費税

ノブヒコと店員の会話。 「お買い上げありがとうございます。消費税込みでちょうど4万円となります」「え?まさか?聞き間違えたかもしれないなあ。もう一度お願い」「消費税込みでちょうど4万円になります」「え?そんなばかなことがあってたまるか。あり得…

海辺の蛍

山肌を縫うように進んでいた電車の車窓からの視界が突然大きく開けて斜めの水平線が飛び込んできた。電車は身をひるがえすようにカーブを曲がった後、速度を落として次の駅が近いことを知らせた。そして僕はこの駅を目的地にすることに決めた。 その頃、テレ…

木枯らし紋次郎に必要なものはすべて人生から学んだ。あ、逆か。

小学校の夏休みの宿題に「動くおもちゃ」というテーマの自由工作があった。それは回転運動を直線運動に変換するいわゆるカムの原理を応用したおもちゃであった。僕は楕円型の円盤を回し上に載ったサーフィンの人形が上下に波乗りをするというものを製作した…

リカちゃんと滑り台

夕暮れ時、ケンタ君たちは町はずれにある公園の滑り台で遊んでいました。 その公園には近所でも評判の急斜面の滑り台が二つ並んでいました。あまりに傾斜が急なので男の子でも臆病な子は乗れないほどでしたので、女の子たちはめったに滑ることはありませんで…

男と女のいる風景

夜は若く、その男も、そしてその女もまた若かった。男はトレンチコートを着たままひとりその店のカウンターに座っていた。店の一番奥の席、それが男のお気に入りだった。やがて扉が開いて女が現れた。いつもと同じように何も言わず、男のとなり一つ席を空け…

ニワトリと電球

俺の住んでいる町は、日本で一番殺虫剤が売れる町らしい。なぜかと言うと、ハエの数がハンパではないからだ。では、なぜハエが多いか。それはこの町が日本有数の卵の産地で、養鶏場がいたるところにあり、ニワトリのフンを栄養にしてハエがどんどん産まれる…

青春素数小説(ノブヒコの素数)

ノブヒコという友人と出会ったのは、入社した会社の独房のような寮の中だった。僕が714号室、彼が隣の715号室だった。彼はいきなり部屋に現れるなり、自分は数学科出身だと名乗った。僕も物理学科出身だと話した。入社した会社は電気系の会社だったので理学…

一日警察署長アミちゃん(後日談)

一日警察署長を無事に勤め上げ、鋭い推理力と直観で難事件の解決にも貢献したアミちゃんはその後も警察署の署員たちの語り草となっていた。 taamori1229.hatenablog.com アミちゃんは一日署長を務めたその日、自由な時間を利用して署内を歩いていろいろな人…

黄昏時のホームで今日も無情に発車のメロディが流れる

とある城下町。駅のホームから見渡せる町並みには会社帰りの乗客を待つ明かりがちらほらと灯り始めるころだった。家路へと向かう乗客で混雑している下りのホームとは裏腹に、人影まばらな上りのホームでは始発電車が刻々と迫る発車の時間を待っていた。 少年…

朝のコージ君

横須賀線沿線に住むコージ君の朝は満員の通勤電車で始まる。始発駅の隣の駅から電車に乗り込むのでたいていは席に座ることができる。コージ君の勤める会社は横浜駅の次の新川崎駅にあった。座る席は降りる駅のエスカレータの近くの扉のすぐ横と決めていた。…

一日警察署長アミちゃん

アイドル歌手のアミちゃんは一日警察署長という大役を仰せつかって東京郊外にあるその町にさっそうとやってきた。 朝、駅前広場で就任式が執り行われた。朝早いのにもかかわらず大勢のファンが押し掛けて歓声を上げていた。そこで制服姿でタスキをかけたアミ…

ウメとサクラにまつわる話

ウメは若くして両親を亡くし下町にある古びた一軒家に暮らしている。そしてその家の近所にある小さな小料理屋を両親から受けついで細々と営んでいる。年の割に落ち着いているね、ウメはみんなからそうよく言われる。その日も早起きして家と庭先の掃除をすま…

僕たちの7時間戦争(三国志遊戯)

僕が小学5年生の時の話である。僕の通っていた幼稚園は小学校の中にあった。それはすでに別な幼稚園に統合されてなくなっていたが、園舎だけは残っていた。それがここにきて園舎の取り壊しが決まったのだ。昔幼稚園に通っていた大人たちが惜しんで最後に盛…